第35話 なぐりあい宇宙(そら)

 唐突に始まった天使とグラコロ大尉のバトル。もちろん模擬戦だから使う弾丸はペイント弾だが、お互いの、少なくとも天使の方はかなり入れこんでいる。本気と書いて『マジ』と読む、そんな雰囲気だ。

 一方のグラコロ大尉は天使からの殺気を飄々と受け流していた。


『すざく』から次々とグラコロ隊の輝甲兵が発進してくる。

 天使達、2人の緊迫したムードを受けて、遂に東ソの戦争が始まるのかと身構えたが、その時に傍受した通信は……。


「おい、テレーザが新しい男を捕まえに行ってるぞ」

「じゃあ相手が逃げ出さないように我々で取り囲みに向かわないとな」

「テレーザって女が好きなんじゃないの?」

「あいつぁ気に入った奴ならどっちでもOKな奴だよ」

「あの黒い戦車(輝甲兵)の乗り手は東亜のエースって聞いたわよ」

「『四本腕(俺の事か?)』の女パイロットにも手を出してたよな」

「ドレス着て格納庫歩いてた娘だよな? あの娘可愛かったよなぁ!」

「何にしてもこりゃいい見世物だ、急げ!」


 うーん、ソ大連の皆様はプライベートまで共有してて、随分と仲がおよろしい事で。結構生々しい話も聞いてしまったな……。


 って言うか、そんな人の部屋にホイホイ遊びに行くとか、何気に鈴代ちゃん、貞操の危機だったんと違います?


 とりあえずあちらさん方は野次馬根性で集まっただけらしい。

 こうしてギャラリーも集まった所でいよいよバトルのスタートだ。


「んじゃあミユキが開始の合図をして頂戴」


 グラコロ大尉の言葉と相前後して長谷川さんからも通信が入る。


「鈴代、今集計してるからあと5秒待ってくれ」

 だそうだ。もちろん賭け試合の集計だろうな。


「もう! 長谷川あの人は何でいつもいつもこんなに手際が良いのかしら?!」

 呆れて嘆く鈴代ちゃん、長谷川さんとは俺より付き合い長いんだから、理解して上げましょう。


 鈴代ちゃんが手を上げる。律儀に5秒待ってから「始め!」と手を振り下ろした。


 両者の武器は共にAK47ライクな突撃銃アサルトライフル、『鎌付き』は剣を両手に持っていたようだが、グラコロ大尉は普通にライフルを使っていた。


《なぁ、グラコロ大尉ってどれくらい強いんだ? ランキング的な意味で》


「…うーん、それがソ大連は操者も含めて特機の情報を外に出さないのよ。テレーザさんも『鎌付き』のミェチェスキー少佐と言う人も、私は全く聞いた事が無かったわ」


《なるほど、能力に関しては全くの未知数って訳か… でも特機に乗れるんだから、あのグラコロ大尉もトップクラスの実力者なんだろうな》


「それは間違いないわね。…あといい加減覚えて。『グラコワ』さんだからね!」


 うむ、知ってる。だが断る。


「『鎌付き』のとんでもない強さと互角の力がテレーザさんにあるとしたら、とても心強くはあるけど、田中中尉は分が悪いでしょうね」


《まぁ零式で互角だったのに、今は30サンマル式だからなぁ…》


「でもまぁこれは模擬戦だし、幽炉を開放しない戦いなら上手くやれば30サンマル式にも勝機が…」



 鈴代ちゃんの言葉が聞こえていたはずは無いのだが、このタイミングで天使が幽炉を開放して・・・・・・・グラコロ大尉のT-1に突っ込んだ。

 腰に差していた鉈を手に、片手でライフルを撃ちながら突入する。


 グラコロ大尉もその攻撃を予期していたかの様に、幽炉開放し上に回避する。

 それを追って上に飛ぶ天使、お互いの得物がぶつかり合い火花を散らす。


 ライフルはペイント弾だが鉈は実物だ。まともに当たれば大怪我では済まない。

 今までの俺達のルールではこれで天使の反則負けになりそうなものだが、『すざく』ルールでは… 船から何のリアクションも無いあたり、どうやらオッケーらしい。マジかよ……。


 それにしても天使の本気度がヤバイ。普通に殺しに行ってる。これが核爆発から身を呈して守ってくれた命の恩人に対する態度か? ってくらいブチ切れているのが分かる。


 しかし『天使』って煽られるとここまでキレる人なのね。

 怖いわぁ『キレる若者』、俺も注意しとかないとな。


 いきなりの高速戦闘にギャラリーも盛り上がる。どちらに向けているのかは分からないが「ハラショー!」の大合唱だ。


 パワーは30サンマル式よりもT-1の方が上だ。突進の勢いも乗って押し込んでいた天使の鉈をT-1が押し返した。


 その押し返しの力を受け流す様に体をずらして回転、更に天使がT-1の頭上に位置取る。

 頭上は死角だ。天使のライフルがT-1の頭頂に突き立てられ、勝負が決まったかと思われた瞬間に、T-1の手にした剣が目にも止まらぬ速さで天使のライフルの銃身を払いのける。


《2段開放しやがったな…》


「ええ、もうこれ模擬戦じゃないわ。止めた方がいいんじゃ…」


 2人ともマジ過ぎる。見ていて怖くなってくるほど鬼気迫っている。

 でも止めるったってどうすれば良いものか? 『鎌付き』と零式の戦いにも俺らは何も出来なかったじゃんか。


 幽炉を2段開放したT-1は、スピード、パワーともに30サンマル式を凌駕する。機体の性能差だけなら、もう大人と子供ほどの違いがある。


 でもそれを技量で補える力が天使にはあった。

 T-1が膂力と速度を載せた必殺の剣撃を繰り出す。天使はそれを鉈で受けるが、相手の力に鉈を弾かれてしまう。


 回転しながら文字通り宙を舞う鉈、それを追って天使が飛び込む。

 鉈を追い抜いて再びT-1に対峙する。その際にいつぞや鈴代ちゃんがやった様な右脚の脹脛ふくらはぎに鉈を装着させていた。


 機動性とパワーに勝る相手に対して、リーチの長さと脚力で対抗しようと言うのだろう。片手がフリーになっているのも利点になり得る。


 銃身の跳ねるソ大連の武器を扱うなら両手で構えた方が命中率は上がるし、牽制目的なら脚を使って鉈を振り回すのも有効だ。


 天使がニールキックの要領でT-1に鋭い斬撃を浴びせる。T-1はそれを剣で受けるがパワー負けして弾かれる。

 なるほど、脚の力なら30サンマル式でも『鎌付き』とやり合えるのか。これは良い情報だな。


 弾かれてバランスを崩したT-1に、天使は追撃のライフルを斉射するが、ニールキックのせいで体を1回転させた分の1秒弱がT-1に退避する時間を与えていた。


 退避した先でT-1が斉射を返すが、天使は距離を取って難なく回避する。


 距離が開いて仕切り直し。

 今度はT-1が仕掛ける。ライフルを構えて2段開放からの直進、『鎌付き』を思わせる様な雷の如き疾さで突っ込んでくる。


 本体の動きと同一ベクトルに射出される弾丸は、弾速を倍加させて天使に襲いかかる。


 対する天使はT-1の進行方向と同じ方向に全速力で逃げながらローリングで回避運動をする。少しでも相対速度を減らして、避けようとする算段だろう。


 当然斉射しながら追うT-1、全速力で逃げる天使。

 追いながらT-1が弾倉を交換しようとしたその時だった。


 天使が今まで逃げていた方向と真逆の、つまりT-1の方向に急制動から急加速したのだ。

 普通なら中の人間はGで死ぬレベルの重圧がかかったはずだ。

 でも天使は死なないで攻撃態勢に入る。


 景色として比較対象のほぼ無い宇宙では、距離感が掴みにくくなる。弾倉交換で一瞬気を逸らしたT-1も互いの距離を見誤り、天使の接近を許した。


 これまた以前鈴代ちゃんがやって見せた『鉈キック』の形で、猛スピードでT-1に迫る天使。


 加速して天使を追い掛けていたT-1は、相対速度の更なる加速に対応出来なかった。

 ギリギリの間で突撃銃アサルトライフルの銃床を使い、天使の脚に装着された鉈を払う。


 T-1は右手に持つ突撃銃アサルトライフルを持ち上げ天使に突き出す。


 天使は払いのけられた勢いに乗って体を回転させT-1に突撃銃アサルトライフルを向ける。


 両者が至近距離でライフルを向けあった所で、時間が止まった様にお互いの動きが止まる。


 これもうこれで引き分けでいいんじゃねーの?


 この考えはその場にいるほぼ全員が共有したらしい。

 周りの輝甲兵と『すざく』艦内から巻き起こる拍手と歓声。鈴代小隊とグラコロ隊の皆も拍手している。

 …パイロットの動きにシンクロしているのは分かっているが、巨大ロボが並んで拍手しているシーンはちょっとシュールだと思いました。


「2人とももう良かろう。怪我せんうちにここで水入りとしておけ」


 壮年の男性の声が響く。多分この人が『すざく』艦長の永尾さんって人だね。


「…さっきは侮辱して悪かったね。アンタの本気が見たかったからさ」


 やはりグラコロ大尉は演技だった。


「…ふっ、肩慣らしにはちょうど良かったぜ」


 天使も怒りを熱いバトルで昇華できたみたいだ。


 和やかなムードが流れる。まだ少しぎこちない所があった『すざく』の東ソ共同部隊だけど、今回の一件で更に壁が取り払われたように見える。


「さすが連合のエース『天使アーンギル』だな。無敵のテレーザと引き分けるなんて…」


 ソ大連の輝甲兵の言葉の途中で、そいつは天使に無言で銃撃され、全身をペイント弾のピンクに染める。


 天使の奇襲にグラコロ隊が色めき立つ。せっかく取り払われたと思われた壁がシーナ、ローゼ、マリアの三重壁ほどにそびえ立つ様が目に見えた。

 彼らが天使に対して攻撃態勢を取ろうとした矢先に場違いな笑い声が響いた。


「あははははっ! セルゲイ、今のはアンタが悪いよ」


 グラコロ大尉の声に、両軍の張り詰めていた場の緊張感も溶け去った。


「ふぅ、部下が失礼したね。お詫びに一杯奢るよ。私の部屋で…」

 そう言ってしなを作り、天使の機体に腕を絡ませるT-1。


「…あぁ、一杯な。…って、え? 部屋って、えっ…?」


 急にキョドり出す天使。おいおい、クールな振りして実はビュアなのかな?

 代われるものなら代わって差し上げたいくらいだ。ていうか是非お願いしたい。


 状況を飲み込めないままグラコロ隊に包囲、拘束されて『すざく』へと帰って行く天使。ちくしょう、あんなセクシーなお姉さんに誘われて羨ましいぞ。


 長いこと無言で固まっていた鈴代ちゃんも今頃になってようやく事態を理解し始めたらしい。

 顔を真っ赤にして俯いてしまった。まぁ彼女には刺激が強すぎたかもねぇ。


《とりあえず帰りませんか、隊長殿》


 俺の声に鈴代ちゃんもハッと我を取り戻す。

「…え、えぇ。小隊各員、『すざく』へ帰投します」

 まだちょっと心ここに在らずな鈴代ちゃんであった。



 その後しばらくしてソ大連の基地から連絡があった。

「総司令部からの通達で『すざく』の入港は許可できない。補給物資は射出するから、それを受け取って先週から音信不通になっているG-29宙域の第2中継基地に向かえ。当該基地は諸君らの探している『はまゆり』と接触した可能性がある」


 との事だ。なんか露骨に『厄介事処理班』みたいな扱いを受けているが、そこに『鎌付き』やまどかの手掛かりが有るのなら、むしろ好都合だろう。


 よし、俺達の次の目的地が決まったようだ。

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