第24話 天使vs雷

 俺達の基地が燃えている。上空に数機の輝甲兵が飛んでいる。そして何者かと戦っている。

 確認できた味方の輝甲兵は12機。修理途中で第2中隊救援任務に就かなかった第1中隊と非番だった第3中隊の面々だ。


 ほぼ全員が幽炉開放して高速戦闘を行っていた。


 第2中隊を襲った連中は陽動で、本命が手薄になった基地を攻撃する算段だったのかも知れない。

 だとすると、こちらは情報面で敵にかなりの遅れを取っている事になる。これはヤバい。


 第3中隊はフルメンバー揃っていれば16体居るはずだが、空に浮かんでいる輝甲兵はそのほぼ半数の9体だ。

 非常呼集に間に合わなかったのか、既に落とされた後なのかは今の時点では判別できない。


 第1中隊は長谷川隊長が指揮を取っていたが、どうにも後手後手に回ってしまって精彩を欠いていた。

 左腕の欠けた輝甲兵と右足の欠けた輝甲兵が随行している。彼らの破損は今しがた付けられた物だろう、傷口が新しい。


 香奈さんの丙型は見当たらない。どこかに退避したのか、まだ格納庫の中に居るのか、あるいはもうすでに……。


 彼らの戦っている敵を見る。赤紫色の光を纏った高速飛行体が、今まさに輝甲兵の首と腹に同時に斬撃を打ち込んで機体を3つに割いている場面だった。


「あれは『鎌付き』…?」

 鈴代ちゃんの恐れを孕んだ声が静かに響く。俺達がどう足掻いても勝てない、と結論づけた敵がいま目の前にいる。


 さて……。

《何の対策も立てられなかったけど、どうするよ?》


「…愚問よ。ほら」


 鈴代ちゃんの目線の先、蒼い流星が赤い流星目掛けて飛び込んでいくところだった。そう言えば◯ンダムは『鎌付き』退治の為にやって来たんだったよな。こいつは心強い。


 …いい加減ネタがしつこい上に面倒臭いかな。俺も素直に『零式』って呼ぶ事にするか。


「第1中隊は零式の援護をしろ。我々第2中隊は基地内の生存者の救助だ!」

 知らない男の声だ。多分第2中隊の隊長さんなんだろう。

「了解!」と三々五々散っていく第1及び第2中隊の面々。


「周りに他の敵の反応は無いわね、まさか敵基地に単独で突入してきたのかしら? 正気の沙汰とは思えないけど…」

 呟きながら周りへの警戒を緩めず進んでいく鈴代ちゃん。正気だろうが狂気だろうが現実として基地が燃えているのだ、考えても仕方がない。


 だかしかし、単機で基地を強襲なんて普通はやらない。余程自信があるのか、何かの偶然なのか? 『鎌付き』がボスキャラなだけに判断しづらい。


71ナナヒト、あの2機の戦いに介入するなら…」


《皆まで言うな相棒、開放していいぞ》


 俺の言葉に鈴代ちゃんが頷き、3071おれの幽炉が開放され高速化する。零式と俺とで敵を挟み込む位置取りを狙う。

 渡辺さんや武藤さん、他のメンバーも幽炉開放して零式を追う。


 俺の幽炉残量はここ最近の激戦の事情もあり、既に70%を割り込んでいた。鈴代ちゃんはそれを気にして聞いてきたのだろう、そんな物を気にしてここで死んだら元も子もない。使える物は何でも使うべきだ。


 蒼い光と赤い光が激突する。『鎌付き』は文字通り鎌の様な両腕を振るい、零式はビームサーベルを… はさすがに無いか。鈴代ちゃんがよく使う鉈と同じ物を右手に、左手にはビームライフルを持っている。


 速すぎて俺の目で捉えられない剣戟が繰り広げられる。

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!


 …いや、俺が馬鹿になったわけではないぞ? 本当にそうとしか表現出来ない程に彼らのスピードレベルは高く、驚愕を通り越して滑稽ですらあった。


 ギンッ!!


 何合かの打ち合いの後、一際大きい音がして両者の距離が離れる。

 離れた瞬間に俺達第1中隊のその他大勢が『鎌付き』に対して集中砲火を浴びせる。

 しかし奴はそれらの弾道が見えているかの様に難なく躱して見せる。それでも手足に数発銃弾が命中したようだが、厚いバリアに防がれてしまった。


 零式が『鎌付き』を追撃する。しかし鉈を突き出して突進する零式を『鎌付き』は待ち構えていた。

 先程別の輝甲兵を3つにバラした様に体の横に、2本の鎌を『ニ』の字に構え零式目掛けて振りぬいた。


 対する零式は体をドリルの様に回転させ、突き出した鉈を使い『鎌付き』の鎌を弾き返す。そしてすれ違いざまに返す刀で『鎌付き』の腹に一太刀浴びせたのだ。


 俺と鈴代ちゃん、2人同時に「おぉ!」と感嘆の声を漏らす。


『鎌付き』の受けたダメージは小さくない。だが戦闘能力を奪う程でも無かった。

 体勢を立て直し、再び零式に挑みかかる『鎌付き』。

 今度は攻守入れ替えて『鎌付き』が下から上に突き上げる様に突進する。


 零式も鉈を構え迎え撃つ体勢、と思わせて鉈の下から奇襲気味にライフルを撃つ。

『鎌付き』は両手の鎌を交叉させてビームを受ける。奴のバリアと鎌に相殺されてダメージには繋がらない。


 2本の鎌の猛撃を鉈一本で受け続ける零式。俺達『脇役ーズ』が援護射撃しようにも、こうも接近されてると誤射しそうで撃てない。


 2機の特機はぶつかっては離れ、という機動を二重螺旋の様に繰り返しながら遠方へと飛んでいった。



「鈴代! 戻ってきたのか」


 香奈さんの声だ、無事だったようだな。


「香奈さん! 無事で良かった。一体何があったんですか…?」

 鈴代ちゃんも香奈さんの心配をしていたのだろう、声に安堵感が満ちている。


「隊長に上空に退避するように言われてたんだよ。姉さんがヤバい事になって、間を置かずに襲撃があったから、あたしも状況は掴めてないんだ。あたしも丙型も無事だけど、まどかがグッタリしててね…」


 ここで何機の輝甲兵が『鎌付き』に落とされたのかは分からないが、まどかはまたそいつらの『死の波動』を受けているのだろう。

 その度にあいつの精神も削られている。助けてやりたいが俺にはどうする事もしてやれない。


 高橋ならまどかを何とか出来るかとも思ったが、香奈さんの話によれば高橋にも何かトラブルがあったようだ。まどかの奴、マジで参ってるんだろうな。


 特機2機の描く二重螺旋がブーメランの軌道のようにこちらに向けて帰ってくる。


 そして『鎌付き』が丙型を見つけた。


 今まで嬉々として戦っていた零式にあっさりと見切りを付けて『鎌付き』が丙型へと突進してきた。


 そのスピードの乗った二連の斬撃を香奈さんは華麗に躱す。まどかの為にも開放せずに戦うつもりのようだ。


「…浮気してんじゃねーよ、ゴラァ!」

 零式のパイロットがオープン回線で怒鳴る。『鎌付き』の中の人にも聞かせようとしてるのか?

 いや虫=人って情報はまだどこにも流してないからそれは無いか。浮気されて寂しかったから叫んじゃったのかな?


 再び零式と『鎌付き』の高速バトルが始まる。とりあえず鈴代ちゃんは丙型を護衛する位置に俺を持ってくる。


「ありゃあ手が出せないね…」


 香奈さんの感想に俺も同意だ。俺や鈴代ちゃんだけじゃない。渡辺さんや武藤さん達も同様に手を出せずに(空中に)立ち尽くしている。


《見ろよ、あの凄い機動。さすがガ◯ダムさんだぜ…》


「何馬鹿言ってんのよ? 零式を援護するわよ!」


 すっかりweb小説のモブ気分だった俺は鈴代ちゃんに引き戻される。

 でも援護するったってどうやって…?


「あいつはまた必ず丙型を狙いに来るわ。その瞬間に一撃かますわよ」


 だそうだ。って言ってる間に零式が弾き飛ばされた。

 どうやらスピードは零式が、パワーは『鎌付き』がそれぞれ少しずつまさっているようだ。


『鎌付き』は香奈さんの事が余程好きらしい。またしても一直線に丙型に向かってくる。

 この『鎌付き』って奴は迂回行動や陽動機動フェイントを全く取らない。常に目標に向けて一直線の行動を取る。ある意味もの凄く男らしい奴だよね。


『鎌付き』と丙型の間に割って入り、『鎌付き』の2本の腕を俺の右手の鉈と左副腕の盾で受ける。

 出来れば盾2枚で防ぎたかったが、1枚は先刻の戦いで損耗してしまっている。

 でもまぁ襲い来る怪物から姫君を守る騎士みたいな構図で、我ながらカッコいいと思う。


 だがしかし、右腕の肩と肘の関節がギシギシと軋む。彼我の出力差は歴然、今の態勢を保持できるのは恐らくあと2秒半。

 その2秒半を全て使って鈴代ちゃんは左手に持った短機関銃サブマシンガンの残弾を『鎌付き』に叩き込んだ。


 前回の反省を踏まえて対『鎌付き』用に、本来は装甲の厚い対艦船用に作られた、貫通能力に特化した特殊徹甲弾を用意したのだ。

 撃ち出された20発程の弾丸は『鎌付き』のバリアを貫通し、本体にダメージを与えた。


 まぁこちらも貫通能力特化の弾丸の為に炸薬は通常より控えめで、致命打にはならずに当初の予定通り俺の体は『鎌付き』に弾き飛ばされた。


 でも期待されてた仕事はしたぜ。


 鈴代ちゃんの作った一瞬の隙に、渡辺さんの狙撃と武藤さんと強襲が続く。トドメは零式の突撃で、『鎌付き』の下腹部に手に持った鉈を根本まで刺し込んだ。


 大きくよろける『鎌付き』。やったか?!


 何とか踏み止まった『鎌付き』が体を大きく震わせる。


「ガァァァァァァァッ!!!」

 そして奴は叫びだした。死を覚悟した獣が敵に見せるような咆哮だ。


 音声その物は大した問題では無かった。奴の咆哮に乗せられた思念… いや『怨念』とでも言えばいいのか、その何とも表現し難い怨嗟の声が『鎌付き』の周囲に撒き散らされた。


『狩れ! 倒せ! 焼け! 叩け! 刺せ! 斬れ! 突け! 撃て! 奪え! 殺せ!』


 あらゆる悪意がステレオチャンネルで俺の頭の中に響いてくる。

 何も考えられない。何かを考えようとすると別の悪意が俺の思考の上から被さってくる。


 零式を『撃て!』

『鎌付き』を『刺せ!』

 丙型を『壊せ!』


 そして、鈴代ちゃんを『殺せ!』……。


 …俺は無意識に無様な悲鳴を上げていた。


 以前まどかから受けた思念なんか比べ物にならない程の思念、悪意の塊が俺の中で満たされていく。

 心がどんどん黒く染まっていく。悪意の衝動に身を任せたくなる。


 俺は… 零式を『撃ちたい』。『鎌付き』を『刺したい』。丙型を『壊したい』。そして鈴代ちゃんを… 『殺したい』!!!


 そもそもこの女のせいで、この世界に来てから碌な目にあっていないのだ。全部この女が悪い!

 この女… この… えっと、SUZUSHIRO-CHAN…とか言う女さえ居なければ、俺はもっと、もっと… なんだ?

 と、とにかく鈴代この女を殺せばもっと良い境遇に身を置けるはずなんだ……。


 今すぐこの女を殺して俺の……。



「しっかりして71ナナヒト!!」


 声と同時に強い衝撃を受けて俺は正気に戻った。『鎌付き』に弾き飛ばされてそのまま地面に叩きつけられたらしい。


《俺は一体…?》

 なんだか悪い夢を見ていたような気がする。俺が鈴代ちゃんを殺そうとするなんてあり得ない… よな…?


「『鎌付き』の叫びを聞いたら急に出力が落ちて、幽炉の制御が出来なくなったのよ。そして貴方が叫び出して、そのまま落ちたの。何人か同じ症状が出ているみたい…」


 周りを見てみると俺と同様に墜落、あるいは不時着した奴と、滞空したまま動きを止めている奴とで半々くらいだった。


 零式も長谷川隊長も落ちていた。『鎌付き』も叫び疲れたのか動きが止まっている。丙型も空に浮いては居るが微動だにしない。

 くそっ、今なら『鎌付き』に攻撃し放題なのに誰一人まともに動ける奴がいなさそうだ。


 鈴代ちゃんが機体おれを立て直そうとするが、出力が上がらないのか立ち上がる事も出来ないでいた。



《いやぁっ! 嫌っ! もう嫌ぁっ!!》


 まどかの声だ。泣いている。まどかもあの悪意の奔流を受けたのだろうか? 丙型が苦しむ様なジェスチャーをする。

 香奈さんがわざわざまどかに合わせてあんな仕草をする訳がない。今、丙型を動かしているのは、香奈さんでは無くまどかだ。


《もぉ止めて… もぉ許して… なんであーしばっかり痛い思いするのぉ…?》


 聞こえてくるのはまどかの泣き声だけだ。鈴代ちゃんがリアクションをしていない所を見るに、無線では無くまどかの思念が直接俺に届いているのだろうか?


 香奈さんはどうなったのか? 気を失っているのか、コクピットの中で必死にまどかをなだめているのか?


《おい、まどか! 気をしっかり持て!》

 俺の声があいつに届くかどうかは分からないが、声を上げずにはいられなかった。


「まどかさんがどうかしたの?!」


 鈴代ちゃんも丙型に意識を向ける。俺もここまでの状況を簡単に説明した。やはりまどかの声は俺にしか聞こえていなかったようだ。


《もぉヤダ… みんな、みんな『壊れ』ちゃえばいい! 『死ん』じゃえばいいんだ!!   ……みんなもそう思うよね…!》


 ヤバイな。まどかも『鎌付き』の悪意に飲まれている。それに『みんな』って誰の事だ…?


《あーしは腕を切られたり首を蹴られたりした… みんなも撃たれたり切られたりしたよね…?》


 …俺の心に恐怖の戦慄が走った。今唐突にまどかのやろうとしている事を理解してしまったからだ。


《ダメだ! まどか! それだけは止めろ!!》


 俺の声はまどかには届かない。

 くそっ、体が重い、立ち上がるだけで精一杯だ。まどかを止めないといけないのに……。


《じゃあ、『せーの』で行くよぉ。『せーの!!』》


《やめろぉぉっっ!!》


『鎌付き』を除く、空中に浮かんでいた輝甲兵の腹部ハッチが一斉に開かれた。


 そして何人ものパイロットが、何の支えも無くゴミクズを捨てる様に無造作に空中に放り出されたのだ。



 そして俺達が見た物は、丙型の腹から排出される香奈さんの悲しそうな顔だった……。

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