第183話 違和感の正体
駆け足程度のスピードで再開したわけだが、まだまだ遠い距離だ。10分もたつ前にスローペースに我慢できなくなり、ぐっとスピードをあげた。
それでもいつもよりは大分遅いのだが、警戒できるぎりぎりの速度で、一時間ちょっとで家が斜め下に見えるすぐ近くまで到着した。
「ふぅ、ここまでくればもう間違いないの。あの家がおかしいの」
「そうなの。じゃあ、不躾だけど、訪ねてみる?」
「うむ。何か知ってるはずじゃからの。行くぞ」
そう言ってフェイはすっと玄関に向かって下降を始めた。
「んぎゃっ!?」
「きゃっ、っと」
下降してすぐ、地上5メートルほどのところで急に飛行魔法が解除された。悲鳴をあげてフェイはリナを守るべく抱きつこうとするが、そうしてる間にリナはフェイを先に抱き上げて着地した。
肩にフェイをのせるようにして、リナは膝を折り曲げクッションとして衝撃を殺して静かに着地した。
「おおおっ! お?」
リナの頭を抱き締めるフェイが出した声の方が大きいくらいだ。
「ふぅ。びっくりした」
「び、びっくりしたの。と言うか、いつの間にかかつがれておる!?」
「え、今さら。はい、どーん」
「おお、すまんの」
効果音を言いながらフェイの両脇を掴む形で、リナはフェイを地面に下ろしてくれた。
「で、何で解除したの?」
「違うぞ。勝手に消えたんじゃ」
「えー? そんなことあるー?」
「何を疑っておるんじゃ。あんな危ないことするわけなかろう。するとしても、もっと格好よくリナを助けるわいっ」
「それもそうね」
自分で意図してしたなら、あれほど慌てふためくことはない。
二人して首をかしげていると、騒がしさに気づいたのだろう。玄関ドアが開いて住人が顔を出した。
「なんだぁ? おたくら、誰よ」
長く白い立派な髭の体格のいい長身の男性が、胡散臭い訪問販売員でも見るような顔で出てきた。
「ああ、すまんの。わしらは」
「あ! もしかしてあれか? あれだな!」
しかし家から出てきて二人の顔を見ると、ぱっと友人にあったかのように明るい顔になって声をあげた。
80は越えているだろう皺のよった顔だが、筋肉の盛り上がりが服越しにもわかる体格で、笑顔は無邪気さに溢れ、第一印象では老人ではないと見誤りそうな勢いだ。
「む? な、なんじゃ?」
「隠すなよ。俺の誕生日を祝いに来てくれたんだよな? いやー、一週間も前に来てくれるから、すぐでてこなくてごめんよ。で、誰だっけ? うちの卒業生かな?」
にこにこと盛大に人違いをしているらしい。フェイは少し申し訳なりつつ声をかける。
「いや、そうではなくての、わ」
「あ! じゃああれだ。門下生希望か! いやー、嬉しいよ。希望者少なくてさー」
「いや! そうではなくて!」
「へっ? な、なんだよなんだよ。突然大きな声を出して。聞こえてるって。ったくよー、俺はそんなに年寄りじゃないってのー」
「あ、ああ。すまんの。つい声が大きくなってし」
「でさぁ、俺の誕生日まで一週間待ってほしいんだけどさぁ」
「頼むから……わしの話を聞いてくれ」
全然人の話を聞かないジジイだった。年寄りらしく耳が遠いのかと思ったがそうでもないようだし、勝手にやって来た身で強気にも出れないし、ほとほと困り果てるフェイ。
なのでそっとリナを振り向いて助けを求めるが、リナは不思議そうな顔をしていた。
「リナ? どうかしたかの?」
「フェイ、翻訳魔法切れてるみたいなんだけど、もう一回かけてもらっていい?」
「む? そうか」
言われてみれば、先ほども飛行魔法が勝手に切れてしまったのだから、他の魔法も切れたと考えるのが自然だろう。
リナの手をとって再度翻訳するための魔法をかける。が、すぐに解除されたのがわかった。何らかの干渉をうけているようだ。
リナと手を繋いだまま、強引に魔法をかけたままにする。リナはにこっと微笑んでお礼を言ってから、そっとフェイの前に出てジジイに向き合った。
「すみません、勝手に入ってきてしまって。今、お話よろしいでしょうか?」
「ん? ああ、話な。全然いいぞ。と言うかな、もうかれこれ二週間は人と話をしていないからもう、寂しくて寂しくて。もう強盗でもいいから話がしたい気分なんだ」
「そうなんですか。私はエメリナ・マッケンジーと申します。こっちは相棒のフェイで、冒険者をしながら旅をしています」
「おお! これはご丁寧に。俺はエーリク・ハリネンだ。ここで学校をしている」
「学校ですか?」
「おう。俺流武術を教えてる」
人の話はあまり聞かないが、話したくて仕方ない状態らしく、べらべらと聞いていないことまで話してくれた。
エーリクは魔法使いの国で魔力が多く恵まれて生まれたが、魔法に頼りきりの生活に疑問を覚えて山の中で生活をして、肉体を使うことに魅せられ武術を何となく作り出した。
みんなに広めようとして元々つくっていたこの家をさらに大きく改築して、弟子をとっていこうとしたが、誰も入門しに来てくれない。仕方ないので自分からスカウトに行き、魔力が少なくてコンプレックスのある人や孤児を拾ってきては弟子にしてるらしい。
修行場として色々施設もつくっている他に畑もつくって自給自足できているので、弟子の誰もお金を払っていないが何とかなっているらしい。
そして今は自分の誕生日の為に色々なものを課題と称して手に入れてこいと送り出して一人ぼっちになっているところらしい。それで寂しくてたまらないとかアホだ。
「てな訳だ。こんなとこまで来るなんて、迷ってきたんだろう? 一週間後で良かったら送っていってやるから、うちにいたらどうだ?」
「いえ、迷ってきたわけではありません」
「皆まで言うな。女二人だから警戒するのもわかるが、こっちはお爺ちゃんなんだ。問題ない」
一通り話して満足したのか、ようやくテンションが落ち着いてきたエーリクはリナの言葉を遮らずに聞くようにはなったが、基本的に思い込みが激しいのは元からなので自分のペースで会話を続ける。
それに呆れていた二人だが、しかし思わぬエーリクの言葉に顔を見合わせて驚く。あっさりと女二人と言われてしまった。
「いや、あれ、フェイって、見てすぐ女の子ってわかりました?」
「ん? そりゃあな。骨格が違うからなぁ。そりゃあおたくら、格闘家をなめてもらっちゃあ、困るねぇ」
ふふんと得意気になるエーリクに、馬鹿なんじゃなかろうかと呆れていたフェイも感心する。確かにフェイの魔法は男と思い込めばそれをより強くする為のものであって、初見で女だと見破られると意味がないものだ。
これまでは単純に幼かったので男だと言い張れば問題なかった。しかし今後はそうもいかないだろう。どこで気づかれたのか、対策を考える必要がある。黙っていたフェイも口を開く。
「ほう。そう言うものか。よければ参考に骨格のどの辺りが差が出るのか教えてくれんか?」
「……まあ、雰囲気? まあまあ、それはともかく、どーぞどーぞ、あがりなさいて」
めっちゃ流された。適当に言ってただけではあるまいか。一気に嘘臭く感じられる。弟子うんぬんも疑わしい。
玄関まで戻ってドアを開けて促してくるエーリクに、二人は顔を見合わせてどうするかの首をかしげる。
「しーしょー! ただいま帰りましたよー!」
とりあえず頷きあってからフェイが声をかけようとした時、家とは反対側の左手側から大きな声がした。
そちらに振り向くと固く踏み鳴らされた坂道の下から誰かが上がってくるのが小さく見えた。エーリクを振り向いて尋ねるより早く、エーリクが笑顔でドアを放って門まで走る。
「おー! 遅かったじゃないか!」
「師匠が無茶苦茶言うからじゃないですか!」
申し訳程度の、道と家とを遮る木製の腰までしかない門扉越しにエーリクが声をかけると、人影は駆け足であがってきて文句を言った。
「と、おや? 師匠、また新しくスカウトしてきたんですか?」
そこで大きな籠を背負った薄汚れた青年はフェイとリナに気づいた。弟子らしい青年の問いかけにエーリクは肩をすくめる。
「いや、俺のことを知らなかったからな。どうやら迷子らしい。でも恥ずかしがってるから、指摘しないでやってくれよ」
「はあ? こんなところに迷子?」
「いや、迷子じゃありませんてば」
とりあえず弟子の方は話が通じそうだ。リナとフェイは長く立ちっぱなしで話を聞かされた疲労から、ため息をついた。
○
「ああ、それは多分、ここが魔法を使えないようになってるからですね」
「なに!?」
弟子であるロベルトが間に入ったことで劇的に会話は進展した。ロベルトの誘導でさっさと家に入れてお茶もいれてくれて話ができた。
そこで改めて自己紹介し、二人がここにやって来た経緯と落ちたことを話して尋ねると、多分とつけつつも弟子はあっさりそう答えた。
「ここは魔法に頼らず肉体のみを鍛える場所ですから。師匠は魔法が使えないようこの辺りに常時魔法をかけているのです。おかげで師匠の魔力はいつもすっからかんです」
「そうであったか」
それなら納得だ。フェイが感じた違和感は、ここだけ魔法が使えないようにわざと魔力が固まらないよう散らされていたからだ。
通常は僅かに大気にある魔力も常にくっついたり離れたりしているものなので、手を加えられているここには魔力を感じられず、違和感を感じたのだ。
「それにしても、空を飛んでくるとはまた、凄いですね。聞いたことがありませんけど、都会ではよくあるんですか? 師匠は使えますか?」
「さぁな。魔法とか興味ねぇし。てか、違和感とか感じるか? 自分の魔法だからよくわからん」
「師匠がわからないことを、魔力が1000もない僕にわかるわけないでしょう」
大きめの机にフェイとリナに対して向かい合って座るエーリクと弟子のロベルトは、普段から魔法を使わず疎いせいか、飛んできたと聞いても大して驚きはない。そーゆーの有りなんだーみたいなノリだ。
ちなみに、さりげなくリナは魔力が少ないの基準が1000以下であると言う会話に、改めて自分の魔力少ないなーと思っていた。
「とりあえず、まあ、折角来たんだ。俺の誕生日を祝っていけよ」
「師匠、知らない人にまでお祝いを強制しないでくださいよ。大丈夫ですよ」
強引に誘ってくるエーリクを嗜め、ロベルトはフェイたちにそう笑いかけてくれるが、フェイはいやいやと首を横にふる。
「いや、一週間後じゃろ? 武術とやらにも興味はあるし、勝手に入ってきたんじゃ。お望みとあれば、祝うくらいは構わんよ。のう? リナ」
「え? ああ、まあ。動物を狩ってくるくらいしかできませんけど。と言うか逆に、お世話になってしまって申し訳ないんですけど」
押し掛けてきたのだし、一週間後に祝えと言うなら構わないが、一週間も居候する形になるのがどうにも座りが悪い。
宿には泊まっても、他人の家に何日も泊まるなんて経験はない。精々あっても一泊だけだ。一週間もお客様なんて何だか申し訳ない。野宿の方が気が楽なくらいだ。嫌だけど。
及び腰のリナに、エーリクはリナの狩ると言う単語に反応し、むむっと視線をするどくする。
「そう言えばおたく、弓もってんじゃん。珍しいなー。使えんの?」
「もちろん。冒険者の前は狩人でした」
「おー! そう言えば他国から来たんだったな! 一生いてくれてもいいぞ!」
「フェイ、先を急ぎましょうか」
「じょーだんだって。興味があるならいつでも誰でも大歓迎だし、肉を狩ってくれるなら言うことなしだ。一週間くらいいいじゃないか。もうすぐ俺の誕生日なんだから」
「はあ」
別に急ぐわけでもないし、フェイがいいならいいのだが、このジジイ本気でちょっとボケてきてるんじゃなかろうか、とリナは少し心配になった。自分の誕生日って連呼しすぎだろ。
「まあ、お二人がいいなら、師匠も喜ぶので僕も嬉しいですけど。大したおもてなしはできませんよ? 女性の弟子はいませんし」
「構いませんよ。なんなら野宿しますよ」
「そ、それはさすがに。一応客間、と言っていいのか。とにかく空いてる部屋はありますから、用意しますね」
「あ、私も手伝います。えっと。あと申し訳ないんですけど、私、フェイがいないと言葉が通じないので、あとは身振り手振りで説明してくれると助かります」
「ん? なんじゃ? わしも一緒に手伝えばよいじゃろ?」
「片付けたりするくらいの肉体労働なら、会話がなくても大丈夫でしょ。一週間、ずっと一緒って訳にもいかないし。フェイは武術についてエーリクさんと話してみたら?」
立ち上がるロベルトに合わせてリナも立ち上がりつつ、異様に寂しがりアピールをしていたエーリクを一人にするのも気が引けたので、エーリクの元に残すことにする。
リナのそんな思惑は知らないが、事実興味があるので頷くフェイ。
「そうじゃな。エーリク殿、よいかな?」
「もちろん! だが、一緒じゃないと言葉が通じないってのはなんだ? さっきから手を繋いでいるのと関係があるのか?」
「あ、はい、私、異国出身で言葉がわからないので、フェイの魔法で翻訳してもらってるんです」
「まじか。便利になり過ぎだ。言葉なんて通じなくても、気合でなんとかなるってのに。やれやれ」
「まあそうですね、とにかく、そういう事なので、ロベルトさん、お願いします」
「わかりました。気合の練習だと思ってやってみます」
普通より面倒だろうに、ロベルトはそう笑顔で了承してくれた。さすがこんなところで生活してこんな師匠といるだけあって、懐が深い。
それを見てエーリクは満足そうににんまり笑うと、フェイに向かって拳を握ってみせた。
「うし、ならフェイには武術について語ってやるよ! 入門したくなるくらい語るぞ! 何なら体験入門するか?」
「ふむ。それもよいな。では師匠、頼む」
「おっ! いいねいいね。他人行儀なエーリク殿よりよほどいい」
「では師匠(仮)と言うことで」
「おう」
てなわけで、ここになんちゃって門下生、フェイ爆誕である。
○
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