第169話 アリーとの休日2

 気を取り直してお昼をとった。それなりに常連であるアリーのことを、髪の色だけでなく顔も正しく認識している店員らはすぐに気づいたが、やはりごく普通の客として対応してくれた。

 肝心の食事だが、確かにアリーがお勧めだと言うだけあって美味しい。

 スープはもちろん、ランチメニューであるチキンカツもできたてさくさく肉厚ジューシーで、甘辛いソースとからんでまさに絶品で、その上ボリュームもある。それでいて料金は平均的なお値段そのままだ。これは人気もでるはずだ。


「ううむ、実に旨かった。教えてくれてありがとう、アリー」

「いえいえ。気に入ってもらえて、私も嬉しいです。あ、そうそう、髪の毛なんですけど」


 食事を終えて店を出て笑顔で相槌をうってから、アリーははっとして、手を叩いて聞こうとしていたことを思い出しながらフェイに話しかける。


「む? おお、そうじゃな。とは言え、別に改まって説明するほどのこともないのじゃが。お主、髪が赤いからバレると言っておったじゃろ? じゃから、髪の色が違って見えるようにしたんじゃ。今日が終わるまで、魔法はかけたままにしておくか?」

「あ、お願いします。と、言いますか、髪の毛を染める魔法って、そんな簡単にできましたっけ? 確か粉末染料を水に溶かして、魔法で粘着力をつけて浸すやつですよね?」


 アリーの手持ちの魔法にはないので首を傾げつつ問われるが、その染め方こそフェイは知らない。


「ん? そう言うのではなく、わしがしたのは単に、髪の毛に対して魔力で色を重ねただけじゃ」

「え? そ、そんな魔法あるんですか?」

「あるの。と言うか、わしは余所から来た訳じゃし、この国で当たり前の魔法とそうでないのは知らんし」

「そ、そっか。そうですよね。うわぁ、私、他国の魔法とか全然考えてませんでした。凄く気になります。きょ、今日はあれですけど。よかったら今度、魔法について話しませんか!?」


 フェイがこの国にない魔法を知っている可能性に思い至っていなかったらしく、ぽかんとしていたアリーだったが、段々テンションをあげて興奮したように提案してきた。

 初対面の楚楚とした雰囲気はもはやどこにもなく、ただの少女らしい笑顔になっている。もちろんそれが悪いわけではない。


 魔法に興味津々と言った態度は、相手が誰でも好感を持てる。まして相手がすでにそれなりに人となりを知るアリーなのだから、拒否する理由なんてない。


「うむ! 望むところじゃ。わしも、この国特有の魔法があれば是非知りたいからの」

「はい! えへへ、また約束しちゃいました。今日は、このまま予定通りでいいですよね?」

「うむ。何処へ行くんじゃ?」

「元々案内するってことですし、どのお店とは限定しないで、一通り商店街をまわりながらいいお店とか説明しようと思うんですけど」

「よいの。それでお願いしよう」

「はいっ」


 元気よくアリーは腕をふってフェイを先導して歩き出した。


 フェイとアリーは複数ある商店街をはしごして、時々おやつを買い食いしながらあれやこれやと結局魔法についても話をしていると、時間はすぐに過ぎた。


 遠くから教会が夕方を告げる鐘がなって、アリーははっとしてもぐもぐ食べてた揚げ菓子を急いで飲み込む。


「フェイさん! 夕方です!」

「うむ。そうじゃな。なんじゃ。門限か?」

「はい。名残惜しいですけど、今日はこれで。えっと、あ、でも次回の約束とかどうしましょう」

「教会には顔を出すから、伝言でも残してくれればよいのではないか?」

「そうですね。わかりましたっ。じゃあフェイさん! また!」

「うむ! 気を付けてのー」


 アリーは慌てながら口にお菓子を入れてフェイを向きながら走り出した。

 危なっかしいながらも、案外とよく街を出歩くだけあっていつもぎりぎりなのか、人混みのなかすすっと消えていった。


「ふぅむ。わしも帰るかの」


 今日は楽しかったし、ただ楽しいだけではなくて色々と収穫もあった。今度はリナを連れて同じようにしてもいいな、とフェイはご機嫌で宿へ帰った。


「ただいま帰った」

「……」


 声をかけながら部屋に入ったが、返事はない。リナの姿はない。リナも出掛けているらしい。

 別に急いで帰ってきたわけでもないが、リナがいないならもっとのんびりしたらよかったか、と思ったが、お腹はまだいっぱいだからちょうどいいかと考え直してベッド寝転がる。


 一眠りすれば、お菓子分くらいは消化されるだろう。フェイは目を閉じた。









「ただいまー」


 部屋にいたなら聞こえるようにと声をかけたのだが、しかし返事はない。まだ帰っていないのか、と肩をすくめたリナは室内へ進み、すぐにフェイがベッドに寝転がっているのが見えた。


「ああ……」


 寝てたのか。それなら返事もできないはずだ。


 リナは一人頷きながら荷物を片付けた。フェイが出掛けると言うことで、リナはリナで街をぶらついてきた。


 いつもフェイにあわせてゆっくり歩いているが、今日は気分的に早足で歩いてみた。ぐんぐん進むのが何となく楽しくて、街の端まで行ってしまった。そうしてぐるりと大回りして、商店街なんかを見ながら帰ってきた。

 途中に入ったパン屋ではもちもちした触感が珍しくて美味しかった。昼食用にいくつか買って、適当に歩いた先の広場で食べたのでお土産はないし、目玉商品とされていた菓子パンは買わなかったし、今度フェイを連れていこうかな、なんて考えて、それなりに楽しい休日を過ごした。


 そんな訳で少しばかり疲れたし、まだ夕食には少し余裕もある時間だ。慌ててフェイを起こすこともない。

 静かにフェイの隣に座って、フェイを見つめることにした。


「ん……」


 ベッドなので座るときに揺れてしまい、声を漏らしたフェイだったが、枕元ではなく腰付近であるのが功を奏したのか、起きるほどではなかったようで、口元をむにゃむにゃさせてまた黙った。


 ほっとしながら、リナはそっとさらに慎重に左手をベッドについてフェイに体を寄せて右手を伸ばし、乱れている前髪をとかした。

 特に反応することもなく、フェイはすやすや眠っている。調子にのって頭も撫でてみたが微笑むだけだ。可愛い。


 何の苦悩も無いように安らかに眠るフェイは、見ているだけでほっと心を和ませる。(実際に何一つ悩みはない)

 まだ幼さの残る丸くやや赤みのある頬も、ゆっくりとされる呼吸にあわせて震える睫毛も、薄く血管の透けて見える瞼でさえ、フェイの可愛らしさが溢れているようにリナには感じられる。

 リナにとっては、フェイに関わる全て、存在してる肉体そのものを含め、呼吸でだされる吐息すら、何もかもが特別で、愛しくて、ずっと側で見守っていたいとまるで保護者の様な気持ちになる。


 頭を撫でていた右手を滑らせ、そっと頬を撫でるとむずかるように頭をふって、その勢いでリナの方へ寝返りをうった。

 リナは慈愛の笑みを深くして、背中を曲げてベッドに髪が触れるほど頭をさげて、フェイに口づけた。


 顔をあげて至近距離で見つめるが、フェイはなにもないみたいな相変わらずの天使のような可愛さだ。そんなフェイの誰より近くにいて、いつでもキスができる関係なのだ。とてつもなく満たされる、深い愛情が溢れてくる。


 そして、それと同時に、急激にむらむらしてきた。


 仕方ない。リナは聖女ではなくて、ただフェイが好きなだけの女の子なのだから。仕方ない仕方ない、と自分で自分に言い訳をしながらリナは重ねてフェイに口づけた。


 そのままそっと舌先でフェイの唇を舐めながら、右手をフェイの肩をつかんでゆっくり押した。違和感を感じたのか、フェイは自分の唇を舐めながら仰向けになった。

 それに微笑みながら、リナは左手に力をこめて起き上がり、フェイに覆い被さる様に体を寄せて、右手でフェイの胸元を撫でながらキスをして今度は中へ舌をいれていく。


 ちょっとだけ甘い香りがする気がして、ますます興奮するリナは遠慮なくフェイの前歯から舌まで、リナの舌がブラシならピカピカになるくらいまで丹念に舐めあげる。

 もちろん唾だらけになるので綺麗になるわけがないが、良いことしてるなーくらいのノリで舐め回しつつ、リナは思う存分フェイの胸元も撫でまわす。


 さすがに冬で厚手の服なのでそれほど楽しい感触ではないが、これはこれで、フェイに気づかれにくいと言うことだし、寝ているフェイにこっそりしているのだとより背徳的に思えて、こもる力は強くなる。


「……はぁっ」


 気の済むまでキスをしてから、息が苦しくなってきたので一度息継ぎに顔をあげた。


「……」


 あげたところで、フェイと目があった。ジト目をしていたので、とりあえず微笑んで見せる。


「起きたのね」

「起きぬと思う方がおかしいじゃろ」


 熟睡していたとは言え、舌まで入れられて起きないほど鈍感ではないし、そもそも後半は手だってそうとう力がはいっていた。

 呆れたフェイの様子を無視して、ことさら明るくリナは話を続ける。


「おはよう、気分はどう?」

「いや、何を普通に話しかけておるんじゃ」

「今日もいい天気よ」

「今日はもうおしまいじゃ」

「夜はまだまだ長いわよ」

「リナ」

「……いえ、謝らないわ。フェイが可愛すぎるのが悪い!」


 静かに名前を呼ばれて視線をそらしたリナだが、すぐに強い意思でフェイを見つめ返し、そう胸を張って答えた。そんな自分に満足するリナだったが、フェイは小さく息を吐いてからロートーンのまま声をかける。


「リナ、邪魔なんじゃけど」

「……はい。ごめんなさい」


 しゅんとわかりやすく肩を落として、リナはフェイの上から退いてベッドに腰を下ろす。


 キスくらいならともかく、あそこまで思いっきり上からしておいて、何もなかったみたいにしたり逆ギレするのは駄目だろう。と冷静になった頭で思って、リナはフェイが怒ってるだろうなぁとフェイの顔色をチラ見でうかがう。


 そんなリナにフェイはため息をついて起き上がり、苦笑してリナの頭を軽く叩くように撫でる。


「リナ、そう落ち込むな。別に怒ってはおらん」

「フェイ……!」

「呆れてはおるが」

「……」

「ともかく、夕食を食べに行こうではないか。続きはその後じゃ」


 ベッドから降りて立ち上がり、振り向いて手を出してそう微笑むフェイに、リナは一瞬だけ呆けてから、ぱあっと表情を明るくした。


「フェイ……それってその、そう言うことだと思ってもいいのよね?」

「皆まで言うでない。お主と同じくらい、私もお主が好きなんじゃぞ?」


 フェイもやや赤くなりつつもそう答え、感極まったリナは先程反省した反動でテンションを急上昇させて、立ち上がった勢いでフェイを抱きあげる。


「フェイ愛してる!」

「こ、これ! 抱き締めるでない! 先に夕食じゃと言ったじゃろ。お腹が減っているんじゃから」

「ええ!」

「って、ちょっ、ひ、一人で歩けるから止めよ!」


 そのまま歩いて部屋から出ようとするリナを必死に止めて、何とか下ろしてもらったフェイは、さすがに唇を尖らせて不快だぞとアピールする。

 抱き上げて移動なんて子供みたいだし、まして外に出て人に見られるなんて論外だ。お酒を飲んだわけでもないのにテンションが高すぎる。


「リナ、やはり今日は大人しく寝るべきじゃな。明日は仕事じゃしな。うむ」

「ええっ!? そんなぁ、フェイ、私が悪かったから、そんな意地悪言わないでよ」

「その言葉はちと遅かったようじゃ」

「いや! 遅くない! なんなら早いくらいだわ!」


 いや早くはねーよ。

 嘆息するフェイだったが、一度オーケーをもらった以上諦めきれないリナによって、結局寝る前には押しきられることになった。








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