第138話 魔法への疑い
「ふむ。では、次からはそう言うことで決まりじゃな」
「そ、そうね」
話し合いにより、いちゃいちゃの定義は決まった。
まずキスはオーケー。手を繋ぐのはオーケー。と言う前提の元、舌を出すのは禁止。胴体に触れるのは禁止。そして改めて、人目のあるところではいちゃいちゃも禁止となった。
ただし手を繋ぐのは、人混みの中ではぐれるなどの条件下ならオーケーとなった。
おかしい。定義を決める前より明らかに厳しくなっている、と言う思いもあるが、別に今更、四六時中手を繋がないと気がすまないと言うことはない、と密度の濃い触れ合いのもと冷静となった脳みそがそう結論を出した。
明日になればまた、手を繋ぎたくなるかも知れない、とまでは頭の回らないフェイ。
「さて、と。では、そろそろあがるかの。昼も過ぎたじゃろ」
「え、ああ、そうね。て言うか、やだ。一回も釣ってない」
太陽を見上げてのんびりとそう言うフェイに頷いてから、リナは慌てて釣具を引き上げる。魚がかかっている、と言うこともない。二人とも視界の端には釣具があったのだから、反応があればわかる。
ずっと放りっぱなしだった釣具には、まだ虫がつけられたままだった。
「あーあ、釣れず仕舞いね」
「む。じゃけど、釣ってお昼にしたいのぅ。今からでも無理かの? リナは魚をとったことはあるんじゃろ?」
「あるけど……じゃあ、ちょっと試してみましょうか」
あるけど海で深いし、川の経験とは違うと言いかけたリナだが、何もリナ一人でとらなければいけないわけではない。フェイと言う便利な魔法使いがいるではないか。
「フェイ、結界って動かせるのよね?」
「む? そうじゃな。球体であれば動かすのは簡単じゃ」
「じゃあ、それで魚ごと水を持ち上げたりできる? こう、桶で掬うみたいに」
「ふむ。やったことはないが、理論上は可能じゃ。やってみよう」
フェイは水面に向かって右手をだす。掌でわずかに魔法陣が発光し、すぐそこの海の中で結界を展開する。中心点を上昇させると、水をくりぬいたように球体の水玉が船の横で浮いている。
「ほぅ。これは便利じゃな」
魔法は便利だが、あくまで使い方次第だ。フェイも結界を湯船代わりにしたりもしたが、それはあくまで面としての結界を壁と認識していたからだ。魔法をよく知らないリナの方が、先入観がない分色んなやり方が思い付くものだとフェイは感心していた。
「でも、魚が入ってないみたいね。サイズはこの桶よりもう少し大きいくらいで、もうちょっと海の奥の魚がいそうな辺りから引っ張ってこれない?」
「うーむ。見えないところを中心点とするのは難しいんじゃけど……お、そうじゃ。こうしよう」
フェイは右手をつきだして、改めて魔法を行使する。しかし光ってすぐには何も代わらず、リナが首をかしげるのと同時に、ちゃぽんと言う音と共に透明の球体が少し離れた水面へ沈んで行くのが見えた。
「え、ど、どうやってるの?」
「あてなく水中で作るのは難しいが、ここから持って行った先で一端解除して、同じ場所につくるのなら魔力が目印になるからできるでな。ちと待て」
しばらくしてすぐに、水面から水の入った球体が浮かび上がってきた。先程の二倍以上の大きさだ。
「入っておるかの」
「んー、おっ、いいわよ。三匹も入ってるわ。じゃあ、掴むから、この辺で解除して」
「む? うむ」
掴むから、と言うのがぴんとこなかったが、リナがこの辺と指し示したリナのすぐ隣へ移動させて解除させた。
「よっ」
リナは何でもないように右手を動かして、解除した海水と魚が水面へ落ちるより先に、三匹を一匹ずつ船へ放り込んだ。まじかっ!
身体能力の強化は、五感や反射神経全てに通じている。しかしそれはあくまで本人の元々の素養を元にしてのことだ。フェイでは同じようにしようとしたってできない。
身体能力の強化をし続けても、それによって能力が進化することはない。逆に強化に頼ったからといって劣化することもないが、元々の素体で冒険者をしていた狩人であるリナは、フェイとは比べ物にならないほどの動きをしている。
冬眠明けのグリズリーでも、これほど素早く魚を確保することはできないだろうと言う、フェイでは手の動きを追うことができないほどの素早さだ。
本人はもはや強化を当たり前にしているので、自覚していないようだが、フェイとしてはその凄さにちょっとひいた。今までも依頼中のリナの剣捌きは見えてなかったが、こうして改めて、しょーもないことで凄さを見せられると、ひく。
「よし。とれたとれた」
「う、うむ。凄いの」
「ええ、この方法なら簡単にとれるわね。よし、じゃあもう一回お願い!」
「うむ」
リナはこの方法についてフェイが褒めたと思ったらしい。別にいいけど。
その後10匹を確保して、釣りを終えた。釣具屋のおっさんはいっぱいとったなーと褒めてくれて、おっさんの分の魚をあげることで、浜辺で調理して焼き魚にしてくれた。
○
「何をするかのぅ」
「そうねぇ」
一日デートをした翌日。お仕事開始である。
教会へ来て、はてさて何をするかと仕事を眺める。もう釣りも飽きた。と言うか、放っておいて釣れなかったしもうどうでもいい。
初めての土地なので、ここは大人しく低めの難易度からしていくべきだろうか。生態の違いはあれど、今までやったのと同じような依頼もある。
「お二人さん、この街は初めてかい?」
「む?」
声をかけられて振り向くと、日焼けした健康的な肌色をした赤毛の薄着の女と、その女の背中に隠れるようにこちらを伺ってくるフェイより小さな赤毛の少女がいた。こちらも日焼けはしているが、女より重装備だ。
「うむ。初めてじゃが、何故じゃ?」
「そりゃ、あんたら如何にも筋肉がないからね。どう見ても余所もんさ」
ひどい偏見もあったものである。しかし確かに、教会の依頼書の部屋を見回すと、いるのは女ばかりだが皆体格がいいし、半袖から覗く腕はどれも筋肉が見えている。道行く男たちもみな、筋肉質であったし、そう言うものかとフェイは納得した。
「で、なんじゃ?」
「ご挨拶だな。親切な私らが、一緒に依頼を受けてやろうってのに」
ショートヘアーの女はそう言って笑う。口は悪そうだが、自称通り単なる親切な人だろう。新人や見馴れない冒険者に声をかけるものは、そう珍しくない。お金やポイントにシビアなのも冒険者だが、命懸けで見ず知らずでもパーティをくむ冒険者には助け合い精神も根付いているものだ。
「そうか。よいのではないかの、リナ?」
「ええ、いいと思うわ」
「うむ。よろしく頼む」
リナと顔を見合わせてから、女へ向かってフェイが返答すると、女はにかっと気持ちいいくらいに笑って相づちをうつ。
「おうともさ。私はリディア・クーツェン、こっちは妹のリュドミラだ。お嬢ちゃんらは?」
「わしはフェイ・アトキンソンで、こっちはエメリナ・マッケンジーじゃけど……まさかとは思うが、わし、男じゃからな?」
「なに!? 嘘だろ!?」
「嘘ではないわ!」
嘘です。
「おいおいおい。お前、この、ほそっこい体で、男?」
リディアは信じられないとばかりにフェイに近寄り、フェイの左肩をばんばん叩いてから掴んで、その感触にやっぱり嘘だろ?と首をかしげる。
フェイは右手でリディアの手を掴み、力任せに離させてから手を離す。
「お主、失礼じゃろ」
「え、ええっ。今、めっちゃ力強かったな!? ま、まじかよ。余所の男はどうなってんだ……?」
「知らん。だいたい、わしは魔法使いじゃ。筋肉は必要ない」
「は? 魔法使い? ああ……はいはい、あの胡散臭いやつね。お前らあっちの大陸から来たのかい」
「む? 胡散臭いとはなんじゃ。まあ、一般的には魔法師と言うかも知れんけど? でも言い方くらいで、なんじゃその態度は」
魔法使いと言った途端に嫌そうな顔で態度の悪くなったリディアに、フェイはむっとしつつも、でも今までも散々、魔法師じゃねと言われてきたので、不本意ながらも説明しつつ不満を露にする。
しかしフェイの呼び方訂正に、リディアは余計に不可解そうに眉を寄せる。
「は? 呼び方とかどうでもいいんだよ。魔法そのものが胡散臭いんだよ」
「……何?」
胡散臭いと言う言い方がすでに腹が立つが、しかし意味がわからない。魔法そのものが、胡散臭い?
フェイとリディアが睨みあっていると、リディアの後ろにいたリュドミラが、リュドミラの服の裾を引っ張った。
「お、お姉ちゃん! 失礼だよっ。魔法使いさんと、お話してみたい!」
「駄目だ駄目だ! おい、さっきの誘いは忘れろ」
リディアはリュドミラを片手で抱えあげて立ち去ろうとする。
「待たんか。意味がわからんし、お主にいきなりそんな態度をとられるのも不愉快じゃ。説明せよ」
「そうですね。私は魔法使いではありませんけど、魔法は普通にあると思ってます。胡散臭い、と言うのがよくわかりません。よければ、少しお話しませんか?」
「はん? ……あんたは弓使いか」
リナの丁寧な声かけに、リディアはリナの姿をじろじろ見て少しばかり勢いを減らすが、それでも嫌そうな顔はやめない。
リュドミラがぐいぐいと、先程までの大人しそうな姿から一転して、リディアのおへそが見えそうなほど服をひく。
「お姉ちゃん! お話しよ! ね?」
「……仕方ないねぇ。じゃあ、部屋を移すよ」
リディアの態度は腹立たしいものだが、魔法そのものが胡散臭いと言われては聞き捨てならない。何か理由があるならば、それを聞きたい。
リディアに連れられ、フェイとリナは別室の、人のいない礼拝室の一つへと移動した。
○
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