ワーガスト街

第134話 海

 海に面する国、ワーガスト国では王都が海に面する港町てある。その王都ワーガスト街までの道のりは夜を除いて殆ど休みなく飛び続けて、約一ヶ月ほどだ。

 体感としては短くはないが、国を二つ分ほどの距離を横断していることを思うと、非常に早い。フェイが目を閉じて飛行して、リナが道を見張ってフェイに指示を出すと言う方法をとることで、かつてよりも早い速度での移動が可能となった。


「おおー……そ、空で見たときから思ってたけど、これは、凄いわね」

「うむ。見渡す限り、海しかないの。このむこうに、別の大陸があると言うが、疑わしいくらいじゃ」


 この街に入るに辺り、さすがに王都は大きくて厳重に見張っているだろうから、早くに降りていたので遠目に青い広がりが見えていただけだった。

 こうして入り、海を目の前にするとなんと大きく広がっていることか。


 その青さは、果てには空と共になり、果てなどなく続いていくようにすら思われる。浜辺では不思議にずっと水がひいては押してと波打っていると言うのに、空と海は僅かに違う青さでのみ区別がつき、その果ては停滞しているように静かに存在している。

 ざー、ざーとひっきりなしに流れる波の音はどこか心地よく、風景と相まってじっと見ていても、まるで飽きることがない。境界線の上を流れていく雲だけが、時間経過を知らせてくる。


 しばし二人は海に見とれて、

 ぐぅ。

 となったフェイのお腹によって中断させられた。


「うむ、お腹がへったの」

「さっき、変な臭いで食欲が失せたとか言ってなかった?」

「慣れたのじゃ」

「早いわね。私はまだ、ちょっと変な感じだわ。ずっと何となく生臭い、と言ったらちょっと違う気もするけど。まあ、だからお腹がへらないってことはないし、食べましょうか」

「うむ。やはり魚じゃな」

「そうね。とりあえずお店を見てみましょうか」


 海を見るのはやめて、昼食をとることにした。浜辺にはフェイたち以外にも数人が海を見ていた。観光地でもあるらしい。

 王都らしく、人口はアルケイド街の比ではないが、さすがに平日のお昼少し前と言う時間では、人だかりと言うことはなく、適度に空いていた。


 浜辺から少しあがったあたりから、飲食店が並んでいる。観光客あてだろう。値段が高めなようにも感じられるが、しかしどれも美味しそうだし、お金を換金屋で手持ちの通貨をワーガスト国のものに両替して来たところなので、まだ物価にはなれていない。

 他の店を探すのも手間なので、目に入った店に入った。


「飲み物と何かお昼を、おすすめでお願いします」


 フェイの魔法でリナは会話には不自由しないが、文字はわからないままだ。言葉が当たり前に通じたフェイは、理由はわからないがこれまた普通に文字も読めた。

 なのでフェイが読めばメニューは読めたが、料理名がよくわからない魚らしきものの名前が多くてわからなかったので、結局おすすめをお願いすることになった。


 空いていたため、すんなりと席につき、注文もすぐに運ばれてきた。


「お待たせしました。跳ね魚のムニエルと、香り茶です。ごゆっくりどうぞ」


 二人分の食事と、ポットとカップが二つの形でお茶が運ばれてきた。お茶は香ばしいような匂いがしていて、フェイは鼻先を近づけてポットの蓋をとる。


「変わった匂いがするのぅ」

「まずはそれから味わいましょうか」

「うむ」


 それぞれのカップにお茶を注ぐ。湯気と共に、はっきりと香りがひろがる。お祈りをすませてから、一緒に一口含む。


「……む? むーん」

「ああ、美味しいわね」


 香ばしさと共に、ほのかに甘味もある。お茶ではあるが、豆類のような風味もする気がする。不思議な風味だ。

 リナはその柔らかくも、舌の上でもったりしたような味わいに口角をあげた。しかしフェイは口をもごもご動かして、首をかしげる。


「なんと言うか、癖があるの。不味くはないが、あんまり、好んで飲みたくはない」


 飲めなくはないが、美味しいと言うこともない。と言うのがフェイの結論だ。その言葉にリナはえーと不満気な声をあげる。


「美味しいと思うんだけど」

「まぁよい。大事なのは、魚じゃ」

「そうね。じゃ、こっちも」


 まずメインの魚から。さっくりと切り分けて口に運ぶ。表面の衣がさくっとして、中の身は柔らかくて噛み締めると油がしみでてくる。香料の香ばしさと相まって、口全体にうまみがひろがる。


「うむ。うまい」

「ええ。そうね。川魚より、ちょっと油が多い、のかしら? でもそんな、わからないわね」

「そうじゃの。じゃがうまい」


 はじめての海魚は特別驚きはなかったが、しかし味はよかった。大満足で食事を終えた。

 店を出てフェイはふぅーと息をついて、右手でリナの手を握りながら歩きだす。意味もなく手を握りたいのもあるが、人が多いからと言う大義名分もある。


「さて、ではぶらぶらしながら適当に宿を探すかのぅ」

「なんか、いきなりやる気がないわね」

「じゃって、海を見て、魚食べて、満足じゃし」

「とりあえずここで生活するとして、教会の場所とか確認しておきましょうか」

「お、それはいいの。しかし、海じゃし、わし、釣りとかしたいのぅ」

「まあ、そうね。教会見ておいて、釣りの手伝いもあるかも知れないし、なかったら舟を借りて勝手にしてもいいし」

「そうじゃの。なんならしばらく観光としてもよいしの」

「うーん……確かに余裕はあるけど、あんまり働かないのって、落ち着かないのよね」


 移動中はそれに集中するし、仕事ができなくて当たり前なので気にならないが、何日もずっと仕事をしないとなると落ち着かない、幼少時から狩りの手伝いをしていたリナ。

 一方フェイは幼少時から魔法に関することしかしていないので、好きなことだけして日々を過ごしても何ら思うところはない。


「そうか? まあ、それならそれでよいが」

「ん。とりあえず行きましょう。すみません、教会に行きたいんですけど」


 通りすがりの人に道を聞く。言葉が通じるので恐れることはない。

 案外近いことがわかったので、予定通り教会へ向かう。歩いて15分ほどで到着。途中に通った商店通りではぴくぴく動く魚が当たり前のように並べられていてびびったし、ちょっと臭かったが、気にしない。


 たどり着いた教会は海を司るポルバリル神の教会だった。港町であるワーガストではポルバリル神教会が最もポピュラーなのだ。ワーガスト街だけでなく、海に面する国ではポルバリル信者は多い。


「おお、建築による雰囲気もずいぶん違うんじゃな」

「え? あ、そう言われると? え、フェイって、そう言うとこ、よく見てるのね」


 今までよく訪れていた太陽神ラーピス神の神殿は、すべて白い円形の柱を強調するようなつくりをしていて、太陽光を取り入れる窓を天井付近にも多く作られていた。小さな神殿で資金がない場合も、柱だけは絶対に白く磨かれていた。


 しかしポルバリル神の教会では柱の強調はなく、壁と柱を区別するようなことはなく、素材の区切りでのみ柱かどうかがわかる。そして天窓はなく、床がほのかに青い。ポルバリル教会では床の青さと、窓をあえて少なくして薄暗くしていることで、海の中をイメージしているのだ。

 資産がある大きな教会はより顕著にそれが表現されているが、小さな教会でも最低限、それぞれの神の象徴を意識してつくられるようになっている。


 複数の地方の教会をまわるほどの熱心な信徒であればそれなりに知られていることだが、元々自分の信仰教会にすら、依頼を受けれる憩いの場としてしか見ていないリナは太陽神を意識しているとすら気づいていなかった。


 フェイは何となく入信しているリナと違い、信仰に対してもそれなりに学んでいるので、元々教会の違いの知識があった。その為意識的に観察していたのだ。


「うむ? と言うか、まあ、柱の形などは見ておったけど、雰囲気が違うと言うのはリナも察しておるじゃろ?」

「え、あ、ええ、もちろん」


 信仰心の薄いリナは教会の雰囲気がいつもと違うと一応気付いてはいたが、ちょっと暗いな。明りの油ケチってるのかしら、としか思っていなかった。

 だがもちろん、そんなことを教会の中で言うほど不謹慎ではないし、フェイに不信心者だとも思われたくない。リナは真面目な顔で頷いた。


 言い訳をさせてもらえるなら、リナはちゃんと幼い頃から入信しているし、お祈りをかかしたことはない。普段は意識して神について考えないが、いざとなれば神に祈る。そんな一般的な信者であるのだ。世間的にもみな、同じような信者であり、心の底から神の存在を絶対的に信じて普段から意識している者は、現在においては少数派になってしまっている。

 しかしそれでも宗教は民の心の拠り所であることには違いなく、不信心であると言うのは半端な犯罪者と同じくらい世間の風当たりは強い。


 神を信じて疑わない信徒には、神へいい加減な態度をしているのを見せるだけで眉をしかめられることも珍しくない。フェイは百パーセント揺るがずに神を信じているのだから、リナも神への態度を曖昧にするわけにはいかない。


「うむ。礼拝室も見てみよう。ポルバリル神の像を見てみたい」

「ええ」


 全く興味はないが、リナはきりっとした表情のまま頷き、フェイの気の向くまま、教会内を見てまわる。


 最初に入った礼拝室は広く、また奥の中央には壁から切り出すようにダイナミックなポルバリル神像があった。壁を海に見立てているらしく、上半身だけが壁から突き出ていて、脇には波たつ水面を表すように凹凸がある。

 他にも神話の一部を再現したようなストーリー仕立ての像があるような礼拝室などいくつもあり、通路部分にもポルバリル神の使いであるとされる魚類の彫刻がされていたりと、王都のメインの教会だけあって、さすがに規模が違う。今までは一番大きな教会はアルケイドのものだったが、変動した。ダントツでここが一番すごい。

 フェイはポルバリル信徒ではないが、それでも芸術的な面でも素晴らしい教会のつくりに息を漏らした。


「ほぉ。凄いのぅ」

「そうね。神様すごいわね」


 リナはそんな、芸術品を前にして瞳をきらつかせて頬をゆるませるフェイの顔を見て、頬をゆるませながらいい加減に相づちをうった。神様に謝れ。


「ふむ。一通り礼拝室は回ったの。では、依頼書を見てから宿を探しに行くとするか」

「そうね。釣り系があればいいわね」

「あ、あったとしても、仕事は明後日からにしような。今日は休んで、明日は海に入りたいからの」

「ああ、そうね。それはいいわね。でも遊びで海に入ってる人はいなかったし、その辺りも詳しく聞いてみましょうか」

「うむ? そうじゃな」








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る