第129話 ベアトリスの恋愛事情

「つまんなーい」

「む? どうした?」


 恋人になってから2週間少々。ベアトリスにお願いされて揃って配達の仕事をした後、三人で夕食をとっていると唐突にベアトリスが膨れっ面をしだした。

 夕食を食べており、二人とも特にマナーが悪いと言うこともない。初見で来ている新しい店だが、味もサービスも悪くない。と言うかベアトリスの希望できたのだから、それで不機嫌になられても困る。


 フェイが問いかけるとベアトリスははーあ、とわざとらしく息をついて、半目でフェイとリナを見る。


「だってさぁ、二人、最初はすごーい、常にいちゃついてバカップル全開で、リナをいー感じにつっつけたのに。もう落ち着いてて、つまんなーい」


 それこそ最初はフェイはリナにたいして、人目を気にせずぎゅうとくっついたり、常にあーんしたりともはやリナにまとわりついていたような状態だったが、今はずっと手を繋いで以前よりにこにこしているくらいだ。

 二人の雰囲気は多少変わっているが、そもそも以前からべたべたしていたので、現在の状態ではリナをからかうのには微妙だ。


「あなたね、いい加減にしなさいよ」

「なにさぁ、エメリナ。私のおかげで付き合ってるんだから、ちょっとくらいからかわせてよ!」

「なんてことを言うのよ」


 あきれた調子でツッコミをいれるリナ。普通にしていれば普通に付き合いやすい友人なのに、こういうところが珠に傷だ。当たり前のようにからかおうとするんじゃない。

 フェイもまたやれやれと言わんばかりに肩をすくめて、ベアトリスにツッコミをいれる。


「ベアトリス、わしらは別にベアトリスを面白がらせるために恋人になったわけではないし、何より、別にいちゃついてはおらんかったじゃろ」

「ベアトリス、お願いだからフェイの今の発言は無視して」

「突っ込みにくいからそれはいいけど」


 フェイの発言はスルーされることが決定する。ツッコミどころか、ボケにボケを重ねるんじゃない。

 フェイとしては確かにテンションがあがっていて、リナといつもより仲良くしていたが、外にいるときは他に人もいるのだし、リナとばかり話すのもどうだろうか。他にこういう風にしている人もそうそう見ないでしょ?とリナに諭されたので改めた。


「と言うか、人のことばっかりじゃなくて、ベアトリス自身はどうなのよ? 好きな人はいないの?」


 食事をすすめながらも、リナは意趣返しにベアトリスの恋愛事情をつついてやることにする。ベアトリスはフライを飲み込んでから、フォークをぷらぷらさせてから答える。


「んー、あえて言うなら叔父さんかな」

「む? さきほどの店主か。確かに、珍しくも猫耳がぺたりとへたれておったな」

「いや、私ら別に猫耳にそう言う要素求めてないから。ベルカ人だからって、偏見よくない」


 今度のフェイのコメントにはしっかりツッコミをいれておく。ベルカ人は確かによそからは猫系要素が特徴とみられがちだが、内輪では別に猫耳猫尻尾はセクシャルな魅力を含んでたりはしない。耳は耳だし、尻尾は尻尾だ。形が変わっていれば、子供の内は好奇の対象になるが、そんなもの普通の人間でも同じだ。


「と言うか、叔父さんが好きとか、これまたつつきにくいとこもってくるわね。なに、ああいうタイプがってこと? それともガチで?」

「まぁ、半分ガチだけど、相手にされてないから、ああいうタイプならいいかな」


 ベアトリスの叔父のタイプだが、特に珍しいことのない筋肉質で、尻尾も普通の長めのタイプだ。珍しいと言えば猫耳か、眼鏡をかけているくらいだ。ベルカ人は基本能力が高いため、眼鏡をかけている人はとても少ない。


「眼鏡かけてる知的っぽいところがいいの? それとも筋肉?」

「筋肉は当たり前すぎでしょ。もち、眼鏡よ」

「そう言えばアーロンは、研究中は眼鏡をかけていることもあったぞ」

「情報提供ありがとう。でも筋肉が最低限ないと、ベルカ人的にはありえないから」

「その発言も十分偏見を招くと思うんだけど」


 ベアトリスの好みをまとめると、筋肉があってかつ文系、だろうか。ハードルが高い。ベルカ人でほどよく同年代で眼鏡と言うだけでかなりハードルが高い。それほど眼鏡は珍しい。そもそも視力が多少下がっても、眼鏡は高価なものだしあまりつける人はいない。ベアトリスの叔父は社長でそれなりに資金があり、また事務仕事に欠かせないためつけているが、本当に数は少ない。


「んー……他を探すのは無理ね。叔父さんと結婚してちょうだい」


 街並みの普段の様子を思い出して、リナはばっさりとそう結論付けた。だいたい眼鏡眼鏡ってフェチか。


「いやー、さすがに、法律はねぇ」

「ベルカの法律ってどうなってるの?」

「8親等以内は禁止」

「えっ、厳しいのね」


 法律は国が定めたものもあるが、全域に目を光らせるのは困難だし、地域性もあるので殆どが地方地方での領主や町長クラスでの法律がある。婚姻関係は基本的に地方に丸投げだ。リナの故郷では3親等まで禁止なので、ギリギリ叔父は不可なのだが、8親等はまた厳しい。

 リナの3親等がかなり緩めなのだが、国全体から見ても、8親等は厳しめの部類にはいる。


「んー、もともとベルカ人て、人間と猫の二人きりから始まったからね。血が濃いめなんだって。で、そうなってる。てか、その起源自体がうそだろうけど、まあ、そんな感じ」

「ふーん」


 神話から続く規則とはまた、古臭い法律を引きずっているんだなとリナは思いながら、まあどっちしろ叔父は近いし無理だろうけどと他人事として流した。


「じゃあ、叔父さんは諦めるしかないわね。一生独り身で頑張って。応援するわ」

「いやいや、待って待って。籍は無理でも事実婚ならオーケーよ。8親等以内の場合はそれですますのが多いし、みんなやってるから」

「みんなって誰よ」

「みんなはみんなだよ。うちの両親も再従兄弟で6親等だから事実婚だし」

「ああ……そう。なら頑張ったら?」

「でもさぁ、やっぱり、叔父だしねぇ?」

「応援してほしいのかしてほしくないのかどっちよ! てかそれ、半分どころかかなりガチでしょ!」


 ガチじゃなくてあくまで好みだしー、みたいなふりで出してきたくせに、諦めろと言われたら拒否をして、頑張れと言われたら叔父だしとか、めんどくさいことこの上ない。

 と言うか、叔父だからと言われたくないから予防線はってるだけでガチで好きじゃないですかー、やだー。


「そうかなぁ? 割りと好きだし、結婚できたらいいと思うけど、半分諦めてるし、好い人いないかなーとは思ってるわよ?」

「結婚したい時点でもう。告白は? したの?」

「んー、まだ。だって、恥ずかしいし」

「人にあれだけ告白しろって言ってたくせに」


 ちょっぴり腹がたってきたリナ。人には大口を叩くくせに自分の恋愛ではこの体たらくですよ。こうなったら、フェイと恋人にしてくれた腹いせに、この恩かえしてやろうじゃないか!とばかりにリナは気合いをいれて、ベアトリスと叔父をくっつけるべく画策することにした。

 間違えてベアトリスが頼んでいたお酒を口にしたことが、原因の内であったことは否めない。







「え、ベアトリスって、まだあのおっさんのこと好きだったの?」

「おっさんとか言うな!」


 本日はベアトリスとその親友アンジェリーナ、そしてリナの三人で作戦会議と言う名前の女子会である。

 なんのことはなく、六人で依頼をこなしたあと、フェイはガブリエルとカルロスの男組へ、リナは女組へと別れただけである。


 ベアトリスの叔父さんアタック作戦のため、興味のないフェイをはずして会議しようと言うのだが、それを説明したアンジェリーナははーんと半目になった。

 周知の事実のようで話が早い。お酒の席でのことなので、なかったことにしてもよかったが面白そうなので本気でベアトリスの応援をすることにした。


「ないわー。だって、筋肉たりないし」

「この筋肉至上主義者が」

「当然でしょ。筋肉がない男なんて、男じゃないわ」

「好みは自由だけど、あんたが好きな男って筋肉つけすぎてみんな脳みそまで筋肉の馬鹿しかいないじゃん」

「はあ!? あんた、私のこと馬鹿にしすぎでしょ!」

「こないだまでいた彼氏だって、結局二股だったあげくフラレたでしょーが! 見る目無さすぎ」

「う、うるさいわね。恋人いたことないくせにっ」

「ぐっ、い、一途なのよっ」

「はいはい、喧嘩はそのくらいにしてよ。いいじゃない、お互い好み被らない方が、奪い合いにならなくて」

「……それもそうだね。うん」

「まあ、一理あるわ」


 リナの執り成しによって二人とも矛を納めてくれた。リナからすれば、ベアトリスだって十分筋肉筋肉言ってるし、50歩100歩だが、二人の好みの筋肉には大きく差があるらしい。喧嘩は勝手にすればいいが、リナのいないところでしてほしいものだ。


「で、それを応援しようって? エメリナも物好きね。まあ、男の好みから変わってるか」

「フェイの良さは私だけがわかっていればいいんです。て言うか、アンジェリーナはなんでちょっと刺々しいの? 私なんかした?」

「別に? ただバカップルっぷりがうざかったから」

「ぐぐ。と、とにかく。作戦会議をしましょう」

「まあ、いいわ。私も協力してあげる。お礼は現金でいいわよ、ベアトリス」

「図々しい。うちの兄ちゃんあげるから手をうってよ」

「もっと筋肉がついたら考えるわ」


 三人よればかしましいが、とにかくとにかく、夕食を食べつつ作戦会議である。


 まずは情報収集である。

 ベアトリスの想い人、へルマン・アマトリアンは今年で34歳。アマトリアン便と言う宅配会社の社長である。バツイチで子供はなし。元妻はへルマンが会社を立ち上げるのに共に尽力してくれたのだが、仕事に夢中になりすぎて、アマトリアン便が軌道にのると共に、もっと色々な商売をしてみたいと街を飛び出して行ってしまった。

 可哀想なような、そうでもないような。現在の恋人はいないそうだが、あくまでベアトリス情報なので真偽のほどは不明。

 性格は真面目で温厚で優しくて紳士でかっこよくて素敵で以下略。お前どの面さげてのろけんなとか言ってた。


「まあ、真面目そうではあったわよね」

「私は興味ないし。あんま知らないけど。まあ、とりあえず、スキンシップでもはかったら?」


 アンジェリーナは非常に興味がなさそうだが、それでも一応ベアトリスを応援する気持ちはあるらしく、左手の爪を見ながら適当に提案する。


「そうねぇ。まずは意識してもらわないといけないし。普段どんな関係なの?」

「んーと、普通の叔父姪かな。たまに同じ布団で寝るくらい」

「……アンジェリーナ、ごめん、私この地域の普通に弱いんだけど」


 平然とされたベアトリスの答えに、リナは右手の人差し指をおでこにあてて少し考えてから、右向かい方面にいるアンジェリーナに回答を任せる。

 アンジェリーナは呆れ百パーセントの顔で、グラスをあけながら頬杖をついた。


「大丈夫、あなたの感覚が正しいから。ベアトリス、どこが普通の関係なのよ」

「だって、昔から面倒みてもらってたし、たまに寂しいよーってお願いして、添い寝してもらってるだけだよ?」

「うーん、普通かどうかは置いといて、それって、完全に女の子じゃなくて子供扱いよね」

「そうね。もう面倒だしお風呂でも一緒にはいって、女の子ですアピールしたら? それで無理なら諦めなさい。私、いい男紹介してあげるから」


 困って首をかしげるリナに対して、アンジェリーナはフォークでメインの肉料理をつつきながら、話をしめにかかろうとする。


「アンジェリーナのいい男ってただの筋肉じゃん。やだー」

「せめて筋肉人間って言いなさい。ただの筋肉ってそれ、生命体じゃないみたいじゃない」

「ともかく、さすがに急にお風呂はないわ。私変態じゃん」

「じゃー、ちょっと露出とか? エメリナ、あんたフェイつかまえたのは何かないの?」

「え、う、うーん。そんなこと言われても、私とフェイは別に古い付き合いじゃないし、参考にはならないわよ」


 そもそも女同士だし、とはどんなに酔っぱらっても言わない。


「アンジェリーナは?」

「んー、まずは気になった相手には胸を押し付けて、鼻の下のびてそのままにしてくれたら脈ありだなって見てる」

「雑っ。そんなんでひっかかる男だから、余計だめなんだよ」

「んですって? 人が優しくアドバイスしてあげてるのに、何様のつもり?」


 この二人、ほっといたら何回喧嘩するのか。リナは呆れつつも、自分用のお酒を飲む。今日は最初から多少は飲むつもりでいたので、二人とは別にアルコール低めのものを頼んでおいたのだ。

 あー、とっても美味しい。へルマンとかどうでもよくなってきた。


「さっきからめっちゃ雑じゃん。もー、エメリナだけだよ、真剣に親身になってくれてるのは!」

「あ、はい」

「あ、別にそんなでもない感じ?」

「そうでもないけど。でも胸を押し付けるのはともかく、スキンシップするのはいいんじゃない?」

「むー。まあ、そうするか」

「んじゃこの話は終わりね。私、エメリナとは一回色々話してみたかったのよね。質問しちゃっていい?」

「ん? なに?」


 本日のところは以上で作戦会議はおしまいとなり、後はただの飲み会とかした。








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