第121話 告白2

 宿に帰りついたフェイは、ベッドでうつ伏せで寝転んでいた。

 失敗した。花を差し出して、好きだ。恋人になってほしいと言うだけだったのに。それだけの簡単なことだったはずなのに。


 こんなに好きで、今まで気づかなかったのがおかしいくらい、リナのことが特別に好きで、どきどきしてしまう。ただの特別な仲良しでは嫌だ。フェイだけが特別の、キスをするような間柄になりたいのだ。

 だけど土壇場で言えなかった。それを口にだすのが堪らなく恥ずかしくなったのもある。勢いで飛び出したけれど、同じ好きでも今までとは違う。全身が熱くふるえるほどの感覚だった。


 だけどそれより何よりフェイの口をつぐませたのは、恐怖だ。もし断られたらどうしよう。リナもフェイのことを好きだと、一緒にいてくれると言ってはくれた。だけどそれは友達として、仲間としてだ。

 フェイがキスをしたいと言っても、リナがそうではないと言うことだってありえる。もし断られたら、もう今まで通りではいられない。今まででも十分幸せだったのに、それを全部失うかも知れない。

 フェイにはリナしかいないのだ。それを考えると、怖くて、どうしても恋人になってほしいと言えなかったのだ。


「はぁ……」


 リナはフェイの突然の花をどう思っただろう。そう言えばベアトリスはどうしたのだろう。まさか、リナに余計なことは言ってはいないだろうか。いや人を疑うのはいけない。だけど口止めをしていなかったし。普通に話してしまうかも知れない。


「……よし」


 こうして落ち込んでも仕方ない。まずはベアトリスに口止めをして、リナに何でもないとフォローしなければならない。

 フェイは立ち上がり


「フェイっ」


 部屋に飛び込んできたリナにまたベッドへ飛び込んだ。









「フェイ……よかった。ここにいたのね」


 リナは安堵して息をはきながら、ドアを締めてフェイの寝転ぶベッドまで来て、そっと腰をおろした。フェイはおどおどしながらも起き上がる。


「……うん。えと、さっきは、その、すまぬ。ちょっと慌てていての。いや別にどうと言うこともないのじゃが、色々あっての。色々と言うのはつまり、まあ、色々なんじゃが」

「フェイ、落ち着いて」

「う、うむ」

「あのね、フェイ。その……お花、ありがとう。嬉しいわ」


 慌ててフェイを探したリナだが、こう言おうと言う明確な目的があったわけではない。ただ、フェイを一人にしたくなかっただけだ。

 冷静になるとフェイのさっきの態度はどう考えても、告白のようにしか思えないし、どきどきしてきた。


 ずっと持っていた3輪の花を膝にのせて、リナは頬を染めてはにかみながらお礼を言った。そんなリナの表情に、自覚をしたフェイは今まで以上にどきまぎしてしまう。

 そして今までならリナ可愛いなぁで済んでいたのが、明確にリナ好きだなぁと自覚してしまって、それがなんだが恥ずかしいと思ってしまい顔が熱くなる。


「う、うむ。まあ、その、別に意味はないのじゃが、リナにプレゼントしたくなったのじゃ。喜んでくれたのなら、わ、私も、嬉しい」


 頬を紅潮させて視線をそらして答えるフェイに、リナはどきどきしながら、堪らない気持ちになってしまう。


 今までは無邪気に、何の照れもなく好きだと言われていた。それはそれで嬉しかったけど、こんな風に顔を赤くして意識しているのだと示されてしまうと、もうどうしようもなく嬉しくて、今までよりずっといとおしく感じる。


「ねぇ、フェイ」

「なんじゃ?」

「本当は、その、私に何か言ってくれるつもりじゃなかったの?」


 これはずるいと、リナは自覚していた。相手は同性の、年下の女の子なのだ。

 フェイの態度を見ればわかる。フェイは素直で、隠し事なんてできない。今までとは明確に違う態度、そしてさっきの花と途中で切られた言葉。自惚れなんかじゃなく、自分へ恋情を持ってくれてるのは明らかだ。

 土壇場で告白をやめた理由は推測になるけれど、リナと同じで怖じ気づいてしまったんじゃないかと思う。誰だって自分の気持ちをさらけ出して、それを拒否されるかと思えば怖いに決まってる。

 だから本来なら、途中までしてくれたフェイに代わって年上のリナから思いを伝えるべきだとすら思う。


「い、いや、別に、そんなこともあったような、なかったような。まあ、よいではないか」

「よくない。私、聞きたいわ。フェイの口から、聞きたいの」


 ずるいとわかっていてもなお、リナはフェイの口から聞きたかった。フェイから告白をされたかった。もちろん、フェイが絶対に嫌だと口をつぐんだままで話を終わらせるなら、リナからでも言うつもりだ。

 でも叶うことなら、告白をされたい。


 そんな乙女チックなリナの願いを知らぬフェイは、少しだけ視線をそらして考える。

 リナの今の言い方は聞き覚えがある。昔にカップを割ってしまって知らんぷりを決め込むフェイに、どうしたって犯人はフェイしかいないのは明らかで知ってるはずなのに、高祖父はフェイの口から言わせようとした。大事なことは、自分から言わなければならないからと。


 リナの顔を正面から見つめる。リナはいつもよりも赤くなっていて、可愛くて、自分もきっと同じように真っ赤になってるだろう。

 同じようになっていると言うことは、つまり、リナもまた、同じ気持ちでいてくれてるのではないか。それがリナもわかっていて、促しているのではないか。そうではないと、今の台詞の理由がつかない。


「……」


 ならば、何を恐れることがあるだろうか。元々フェイは今すぐにだって告白するつもりだった。さきのばしにしてフェイ以外を選ぶことを考えたら、この心臓のうるささも、指先がふるえるのも、大したことではない。


「……リナ、では、聞いてくれるか?」

「え、ええ」


 フェイは真っ直ぐにリナを見つめて、言葉を振り絞った。


「私は、リナが特別に好きじゃ。私と、恋人になってほしい」


 声が少し震えたのは見逃してほしい。全身が緊張し、燃えるように熱いのだから。

 フェイが告白した瞬間、予想していたのに、リナは泣きそうになった。


「っ……はい、私でよければ」


 リナの返事もまた、震えた。嬉しい。嬉しくて泣きそうだ。ずっとフェイのことを思っていた。仲間としてでもいいとさえ思っていた。そんな恋が叶ったのだ。こんなに嬉しいことはない。


「! よいのか!?」

「いいわよ、もちろん。だって、そう、言ってるじゃない」

「な、泣きそうじゃぞ? 本当によいのか? 嫌々、私のためにいいって言ってるのではないか?」

「うれ、嬉しいのよ、馬鹿。そこは、そっとしてよ」


 ああ、全く。女の子なのに、全然女心がわかっていない。だけどそんなところが、真っ直ぐで気持ちのままのところが、すごく好きなのだ。


「……好きじゃよ」


 膝の上で花を持っていたリナの手が、フェイの右手がそっと上から重なり、握られる。


「うん、私も、好きよ」


 その馴れたはずの体温によけいに胸は高鳴り、静かに幸せを噛み締めた。リナの涙がとまるまで、フェイはそのまま黙って寄り添った。








「フェイ……ありがとう」


 涙はそう長くは続かなかった。悲しみではなくあまりの幸福に心が震えたがためのものだったので、フェイが待っていてくれるのを心が実感すれば、自然と涙はおさまった。

 すぐに何かを言う気になれなくてしばらくそのままでいたが、ふと視線をあげるとフェイと目があって、その気恥ずかしさを誤魔化すようにリナはそう言った。


「いや。私こそ、恋人になってくれてありがとう。なんと言うか、うむ。嬉しい。えへへ」


 それに答えて照れ笑いするフェイの可愛さにきゅんきゅんするリナだった。しかし今の今まで好意を隠すのに徹していたリナとしては、素直に気持ちを表すのは難しく、元々の年上故の意地もあり、また誤魔化すように視線をそらしてしまった。


「う、うんまぁ。どういたしましてと言うか、お互い様だし、ね」

「それにしても、リナも同じ気持ちでいてくれたとはのぅ。びっくりじゃ」

「それはこっちの台詞と言うか、むしろ、フェイこそ、いつ私のこと好きになったの?」


 涙はおさまったとは言え、まだ心臓はばくばくしている。フェイに動揺しまくっていることを悟られらないように、雑談をして気持ちを落ち着ける。

 と建前を並べつつも、実際にフェイがいつリナを気にしてくれたのかは非常に気になるところだ。それによって今までのフェイの行動も特別な意味のあるものとなる。


「ん? 前からじゃけど、特別な意味で好きじゃったことに気づいたのはさっきじゃな。ベアトリスに言われての」

「あぁ……あのさ、ベアトリスに言われて、今だけその気になってるってことは、ないわよね?」


 告白されたのはもちろん嬉しいし、この際勘違いでもいいが、明日になってやっぱり嘘とかなったらさすがにキツイ。


「む。それは私の気持ちを疑うと言うことか。確かに、自覚はしておらんかったが、それでもリナをいとおしく思う気持ちに偽りなどない」

「うっ、嬉しいけど……でも、私たち、女同士だし」


 リナの不安げな問いかけに、フェイはむっと眉を寄せて真剣な顔で答えた。それに真っ赤になりつつも、疑った後ろめたさから視線をそらして言い訳をする。

 リナだって、女同士でなければこれほど不安になりはしない。女同士だからこそ、告白もずっとためらっていた。

 なのにフェイはきょとんとして首をかしげる。


「んん? うむ。そうじゃな。じゃが、それが何か問題かの?」

「えっ、あ、うーん、まぁ。私が言えたことじゃないし、問題じゃないと言えばないけど、その、子供とか?」

「うむ。やや子か。さすがにまだ気が早いのではないか? いや、もちろんいずれは視野にいれるが。そうじゃのう、リナが20歳くらいがよいかの、そのくらいで式をあげて、それから家を買って子をなすのがよかろう」

「うん、ちょっと待って」


 リナとの将来をそんな具体的に考えてくれてるのは嬉しい。嬉しいけど、ちょっと待って。今フェイがなんか大事なことを言った。



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