第106話 誕生日会

 誕生日会をすることに決めてからの一週間は瞬く間に過ぎ去った。

 明日はいよいよ誕生日会だ。とは言えそれは夕方からの予定だ。さすがに丸1日そうするつもりもない。なので夕方までは二人でぶらぶらする予定だ。


 二人ともそれぞれ用意したプレゼントは、部屋の隅に各々隠している。箱が見えてもそれに触れないのは暗黙の了解だ。

 特にフェイのプレゼントはむやみやたらと包装のリボンが長いので、棚からはみ出してしまっているが、リナには見えないったら見えないのだ。


 誕生日会を明日に控え、フェイは気もそぞろながらアーロンへの講義を終わらせて足早に帰ってきた。

 さすがにフェイほどではないが、それでも意識してしまうリナも今日はベアトリスに突っつかれるのも嫌になったので早めに帰った。


「! リナ!」


 そんなわけでちょうど帰りが重なった。フェイはリナの姿を見つけるとぴょこんと飛び上がって声をかけてから、小走りに近寄った。

 リナはそんなフェイが来るのを待って返事をする。


「フェイ、おかえり。今帰り? 奇遇ね」

「うむ。ただいま。ちょうどよかったのじゃ」


 合流してから宿へ入る。部屋に戻るとフェイはにんまり笑っていそいそと、自分のプレゼントを隠している棚の前に行き、鞄の後ろにちゃんとプレゼントがあることを確認する。

 見なくてもはみ出しているリボンでわかりそうなものだが、目で確認しないと気がすまないのだ。また、確認作業をすることで渡したときのリナの笑顔を想像して嬉しくなるので、まさに一石二鳥である。


 そんなにやける、傍目には不審にも見える行動をとるフェイだが、それを見ているリナにはもちろんその意味はわかっているので、それを見てリナはにやにやしていた。


「フェー、イ」

「なんじゃ、リナ」

「ふふ、何でもないわ。明日、楽しみね」

「うむ!」


 明日は食堂にも誕生日用の食事を用意してほしいとお願いしている。ついでに食堂と隣であるのをいいことに、気兼ねなくプレゼント交換してのんびりできるよう、部屋にご飯をもってきてもらう予定だ。

 そう言うサービスがあったわけではないので、無理を頼んで少し申し訳ない気もするが、しかしその分きちんと金額も払うし、食事を運ぶのはマリベルから言い出したことだ。少しくらいいいだろう。


 そう言うわけで明日の誕生日会の準備はばっちりだ。もう後は夕食をとって明日を楽しみに寝るだけだ。


「フェイ、ついてるわよ」

「む? うむ、拭いてくれんか?」

「はいはい。口つむってー」

「んー」


 口を横にひっぱるようにして真一文字に口を閉じるフェイは、生真面目なのはいいが頬に力がはいりすぎて、肝心の口元についたソースは拭き取りにくい状態になってしまっている。

 リナは苦笑しながらもハンカチを指先にまいてこしょこしょするように拭いてあげた。


 夕食後、入浴も終えていつもより少し早いが、二人はベッドに入った。灯りは消して、目を閉じる。


(明日、楽しみじゃのう。さぁて、明日に備えて早く寝て、生気を養わんとな。…………うーむ、明日、朝は普通にご飯食べるじゃろ? で、その後は出掛けて、どこにいくかのう。服はもう買ったし、買い物の類いはよいじゃろうし。うーむ、あー、しかしリナも、街を歩こうねと行っておったし、今一人で考えても仕方ないし、とにかく寝るかの)


「…………」


(………………眠れん!)


 フェイは寝返りをうって、ぎゅうと目を強く閉じる。


(ここは一つ数を数えるとしよう。猫が1匹猫が2匹……)


 頭の中で数を数えつつも、フェイは何だかからだの前に持ってきている腕の位置が気になってきた。もぞもぞと肘をあげて顔のそばまで手を持ってきたり、右手の肘を体を下にひいたりだしたりしながら数を数える。


(猫が61匹猫が62匹、あ、鼻かゆい)


 顔の前にある右手の人差し指をのばして、鼻の頭をひっかく。これでOKだ。


(さて、猫が8……ん? 60? 80? 80もなかったじゃろ。えーっと、72、じゃったか? あーもう! わからん! だいたい数えたからなんなんじゃ!)


 フェイは数えるのをやめて、もう一度寝返りをうった。腹立ち混じりのやや乱暴な動きに、ばふっとそれに合わせて掛け布団が動いた。


「フェイ、眠れない?」

「ん? おお、すまんの。起こしてしまったか?」


 声をかけられ、フェイは目を開ける。元の向きに戻ったので、右隣のベッドのリナと目があった。

 ベッドとベッドは人一人分離れていて、寝ている二人の間は2メートルほどでまだ目が慣れていないが目だけは光っていて見えた。

 何度か瞬きして目をならすと、リナの顔が普通に見えてきた。


「いえ、大丈夫よ」


 リナはそんなぱちぱち瞬きするフェイに苦笑する。リナはフェイに声をかける前から目を開けていたので、フェイの顔も見えていた。

 とても可愛らしかった。


「そうか、もしやリナも眠れぬのか?」

「まぁ、そうね。明日は楽しみだわ」


 楽しみは楽しみだが、誕生日会で眠れないほど経験がないわけではない。元々普段より今日は早くベッドに入っているのだ。フェイが明日に備えて!と言うならそれを邪魔する理由もないし、合わせてベッドにも入るが、すぐ寝るかと言えば話は別だ。

 リナとしては、眠るフェイの寝顔を眺めるのもまた日々の楽しみの一つなのだから、そうそう寝るつもりもない。


 さすがにそうも言えないので言葉を濁したリナだが、フェイは気にせずそうだろうと大鷹に頷いた。


「明日、何しようかのぅ。リナは何かしたいことはあるかの?」

「決めてないけど、ぶらぶらするのじゃダメ?」


 一応、ベアトリスからこの街のことについては色々と教えてもらっている。あっちが安いあっちが品質がいい、なんて嬉しい役立つお買い得情報からデートスポットまでバックアップ。

 別にデートスポットの情報なんて全然聞きたかった訳じゃないけどすぐにでも役立ちそうで非常にありがたいです。


 とは言え、あんまりここに行ってあっちに行ってとがちがちに決めてしまうのも面白みがない。まだまだ知らない街なのだから、できれば二人で新しい発見を求めて楽しみたい。なので候補はピックアップしつつも、それをフェイには伝えていない。


「別に悪くはないんじゃが、折角誕生日会の日なんじゃし、普段と同じ買い物めぐりなんかよりは、もっとはっきりした、思い出に残るようなことをしたいんじゃ」


 しかしフェイがそう言うつもりなら、もちろん案を出すのはやぶさかではない。


「んー、じゃあ、私ベアトリスからお勧めスポット聞いてるし、そこ行ってみる? 噴水とか、石碑とか、高台とか?」


 考えてみれば過密スケジュールでない程度に、一つ二つくらいは目的があった方が目安となって寄り道もしやすいと言うものだ。


「おお! そんなものがあったのか! なんじゃよう、出し惜しみしてくれるのぅ」

「そう言うわけじゃないんだけど」

「サプライズと言うやつじゃな!」


 物凄く食いつかれた。

 そんなにも喜ぶなら、早めに言ってあげればよかったか。まあ間に合っているのだからいいだろう。とりあえず、いくつかの候補から具体的に二つに絞って決めよう。


「ちょっと違うかな。まあ、フェイがそれでいいならそうしましょうか。でも、私も行ったことないから期待はし過ぎないでよ」

「よいよい。リナと一緒に初めて見て回るんじゃし、それだけできっと楽しいに違いないぞ」


 どきゅんと、無邪気にこちらの脈拍数をあげてくるのだから心臓に悪い。現状はリナだけに心を許してくれているので非常に嬉しいが、いつかフェイにリナ以外の親友ができて同じように対応するのかと思うと、無意味に歯噛みしそうになる。

 エア友達に嫉妬とか冗談にもならない思考は抑えつけ、高鳴りだす心臓は物理的に左手で押さえて、リナはフェイに笑顔で答える。


「そうね。私もそう思うわ」

「うむ。で、どんなスポットがあるんじゃ?」









「ふわぁ」


 朝、いつもの時間に目を覚ましたはいいが、ついつい欠伸がもれてしまった。右手であくびを押さえながら起き上がる。

 昨日は結局、ベッドの中でリナとお喋りをしていつもより遅くに眠ったので、少しだけ眠い。だけど今日のことを思うと自然と唇は弧を描き、フェイは腕をあげて伸びをした。


「んー、と」


 そうしてベッドから降りて着替える。リナはまだ眠っている。

 リナのこの、少しだけ寝汚いところはフェイは結構好きだ。頼りになるリナの弱点と言うべきか、気を許して甘えた面を見せてくれていると言うことだし、何より寝顔が可愛らしい。

 いつもリナは綺麗だけど、むにゃむにゃ寝てるリナは可愛い。


 いつまでも見ていたい気持ちになるが、もちろんそう言う訳にもいかない。着替えを終えたフェイはリナのベッドの脇に立って声をかける。


「リナー、朝じゃよー」

「……」


 返事はない。予想通りだ。いつも声をかける程度では起きないのだから。いきなり乱暴に起こすのも失礼なので、とりあえず声をかけてから揺することにしている。


「リナー、朝じゃってばー」


 と言うことで、リナの左肩を右手でつかんでがくがく揺らす。肩に遅れてかっくりかっくり頭をふるリナは、眉をしかめて口を開く。


「あー、ごめん、ごめん。起きてる起きてる」

「む、起きたか」


 手を離すと、リナは目を開けないままもぞもぞと身じろぎして、しかめっ面をやめてさらにフェイへ返事をする。


「うん。起きてるわよ、起きてるわ」

「そうか」

「うん、うん。フェイ、いい子ね」

「うむ」


 リナはややもごもごしているがはっきりと話しているので、目を覚ましたようだ。褒められて満足げにフェイは腰に手をあて、リナが起き上がるのを待つ。



「いい子、いい子………………」

「リナ、寝ておるじゃろ」

「ああっ、フェイ、危ないっ」


 しかし一向に起き上がらないどころか、目を閉じたまま口まで閉じるリナに、しびれを切らして再び声をかけると、意味不明なことを言われた。


「起きんか!」

「んあっ!?」


 声を大きくして無理矢理リナの手を引いて起こす。その衝撃にリナはびくっと肩を震わせて、反射的に自分をひっぱるものに抱きつきながら目を開けた。


「あ、あー……フェイ?」


 しがみついている手を見てから、そこから辿ってフェイの顔を見てリナは首をかしげる。


「うむ、おはよう」


 フェイの言葉に瞬きひとつしてから、状況を理解して照れ臭さにはにかみながらフェイの手を離した。


「おはよう。ごめん、私ちょっと今寝ぼけてたわよね?」


 何となく起こされた記憶があるが、そこからまた夢うつつで、急に依頼中に場面転換していて、フェイに怒り犀が襲いかかろうとしたところで勢いよく腕を引かれて目が覚めた。

 どうして夢の中だと、急に場所がかわったりあり得ないことがあっても夢だと気づかないのか、不思議でしょうがない。夢だと気づけば起きようもあるのに。


 リナとしても、寝起きがちょっぴり悪くて、寝ぼけ癖があることも自覚はしているので、少し恥ずかしい。特にフェイ相手にはそうなのだが、どうしても隠すことはできないので仕方ないが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。


「うむ。まあ、気にするでない。寝ぼけているリナは可愛いからの」

「かっ、ん、うん。あ、ありがとう」

「さぁ! 今日が始まるぞ!」

「…そうね!」


 元気に声をあげるフェイに、リナもテンションをあげた。最高の誕生日会になりそうだ。








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