第101話 アーロンの依頼2
アーロンの住居は教会のある地区からは少し離れた、住宅地の中のごく平凡な一軒家だった。そこにパーティーメンバーの男性と二人暮らしで、依頼をしたり魔法を研究して日々を過ごしていると道中聞いた。
「ただいま。ビクトール、少し来てくれないか」
「はい、ただいま」
玄関に入ってアーロンが声をかけると、すぐそこの居間から返事があり、すぐにそこから男が姿をあらわし、アーロンが二人を振り向く。
「彼は僕のパーティーメンバーのビクトール・チェルノワだ。ビクトール、二人が話していたフェイ君とエメリナ君だ」
こうして紹介されたパーティーメンバー、ビクトールは体躯のいいアーロンより少し若い男で特徴的なほど大きな鼻をしているが、それよりも先にTシャツと短パンの上にピンクのエプロンをしている体側に目が行く。
冒険者として体躯のいい筋肉人間はそれなりに見てきたが、半袖半ズボンとラフな格好でかつエプロン姿なんて初めて見る。フェイにとっては少しばかり衝撃的な姿である。端的に言うとひいた。しかもピンクだし。乙女か。
「どうも、初めまして。こんな格好で申し訳ございません。もう少し遅い時間だと聞いていたもので」
ビクトールは無表情なまま挨拶しつつ、そそくさとエプロンを脱いだ。
アーロンは昨日顔を合わせた時間を想定して、今より一時間遅い時間くらいに呼ぶとビクトール言っていたため、ビクトールは普段着で家事をこなしていた。訪問時間にはしっかりと服を着るつもりでいたのだ。格好から変人だと判断しないでほしい。
しかしもちろんそんなことは知らないフェイは、筋肉を見せびらかすような薄着に、可愛らしいピンク色のエプロン(脱いだことで分かったが背面の結び紐にはフリルつき)を身にまとっていたビクトールはまごうことなき変態であった。どんびきだ。
「……」
「そうなんですかー。初めましてー」
言葉を失いそそくさとリナの後ろに隠れたフェイをフォローするべく、リナは率先して明るく声をあげたがあからさまにおかしかった。声はいつもより高く無駄に間延びしていた。
しかし幸いと言うべきかそれを指摘するものはいなかった。
「じゃあ二人とも、僕の研究室へ案内するよ。ビクトール、お茶を頼む」
「承りました」
二人を奥へ促すアーロンの指示に、ビクトールは頷いてまた居間へ戻っていく。そのビクトールの後ろ姿を、リナの後ろから顔を出してまじまじと見るフェイに、さすがに失礼だろうとリナはフェイの目の前で右手にひろげてふる。
「?」
その動きにフェイは驚き顔のままリナを見上げ、それに対してリナは声にださないまま、右手の人差し指をたててめっ!といさめた。声に出して聞こえてはそれこそ失礼だ。
「!」
リナの動作にフェイははっとして、右手で口を抑える。特に意味はないがその反応にリナはわかってくれたかとうんうんと頷く。
もっともフェイは今のリナに、変な人に関わっちゃいけません!めっ!だと思ったのだが、まあ大した違いもないだろう。
「ん? 二人とも、どうかしたかい?」
「あ、いえ。今行きまーす」
歩き出してから二人がついてきていないことに気づいて振り向いたアーロンに、早足で追いかけた。付いていくと突き当たりに階段があり、地下へ通じていた。薄暗い中降りた先のドアをあけ、アーロンの研究室とやらに通された。
「どうぞ、僕の城へ」
御大層な物言いにフェイはいぶかしみながらも、中へ足を踏み入れた。
魔法師にとって、自身の研究成果は絶対に隠匿すべきことだ。それを見ることができる研究室へ誰かいれると言うことは、そのものへの絶対的信頼を表している。アーロンは会ったばかりであるがあえて研究室へ招待することで、フェイとの距離を縮めようとしているのだ。
しかしフェイには全く伝わっていなかった。研究成果を見せびらかすこともないが、フェイにとって魔法研究は当たり前のことだ。わざわざ研究室なんてなくても、頭がひとつあればいい。もちろん結果は本にまとめるが、自室の本棚で十分だ。
専用の部屋があるなんて気合いをいれているな、と言うだけだ。二人きりだった魔法使いに、魔法師の常識を求めてはいけない。
「ずいぶんとちらばっておるな」
「え、そ、そうかい?」
片付けておいたつもりのアーロンは頭をかく。実際他の魔法師の研究室に比べれば、かなり片付いているのだ。
室内はランプの灯り一つで、割合明るい。壁一面に本棚が並び、魔法に関する文献がところせましと詰め込まれている。他の三面の壁には魔法陣が書かれた紙が重ならないようにしつつも無造作に貼り付けられ、部屋の隅には魔法陣を書くための大きめの紙とインク壺が無造作に置かれている。
魔法陣の試作に置いては特殊なインクで魔法陣を書くのが一般的だ。一度限りの効力である分、間違った構成だとしてもそれほど大きな問題にならないため、使い勝手がいいのだ。
その紙以外にも本棚から溢れた本や、張り切れずに丸められた魔法陣が書かれた紙が部屋の隅にはまとめておいてある。その他にも、フェイには用途のよくわからないものも多く床に積み上げられていて、確かに三人が腰を落ち着けても紙をひろげるくらいはできるが、机の上もごちゃごちゃしておりどうしても平均の研究室を知らないものは散らかっていると言う印象を持ってしまう。
「うむ。じゃが、なかなか興味深いの」
しかしそんなフェイだからこそ、研究室と言うものそのものが全く未知の存在だ。普通の部屋でノートに走り書きする程度のフェイにとって、この如何にも研究していますと言わんばかりの怪しい感じはなんだかわくわくする。
「そ、そうかい? 君にそう言ってもらえると嬉しいね。さ、座って」
部屋に一つの勉強机についている椅子をひいて座ったアーロンは、予め自分の場所から向かい合う位置になるように用意しておいた二つの椅子に二人をすすめた。
言われるまま二人も座る。机の上の唯一のランプが目と同じ高さになるので、少しまぶしい。
「まあそう、緊張しないでくれ。そうだ、このランプ、僕がつくったんだけどどうかな?」
「ん?」
別に緊張はしていなかったが、アーロンが差し出したランプにフェイは目を細める。普通にまぶしい。
「なんなんじゃ? ランプをつくった?」
「ああ、結構頑張ってつくった自信作なんだけど、どうかな?」
さりげなさを装いながらも、アーロンは内心どきどきしていた。
この国で魔法師として身をたてるとならば、最も名誉で高級なのは宮廷魔法師だ。最も簡単なのは冒険者だ。それ以外で魔法師としての魔法力を生かせるのは魔法具師だ。魔法をこめた魔法の道具。
それ以外の職業でももちろん魔法をいかすことはできるが、しかしそれはあくまで魔法を使わなくてもできる職業に魔法を使ってるだけだ。魔法を使うことが必須ではないのなら、それは魔法師ではない。冒険者は魔法師でなくてもなれるが、魔法をメインに使えば名乗ることはできる。
だから宮廷魔法師をやめたアーロンはまず冒険者になり、そうしながら魔法具師を目指していた。
魔法具は一部のお金持ちだけが使っていると思われがちだが、実際は割合身近なところにある。例えば高価ではあるがそこらの商店で売っている魔物避けは精製するために、特殊な魔法具が使われている。そんな風に魔法具によって作られたり、魔法具によって水源が確保されたりと、意識されてないが魔法具の恩恵を受けている。
しかしそんな重要な魔法具を全ての魔法具師がつくっているわけではない。お金持ち用の小物だったりを作っているのが殆どだ。そもそも魔法具は魔力をこめなければ使えないため、庶民が実際に使うことは少なく、どうしてもそうなってしまうのだ。
アーロンが目指していたのは、庶民でも多少魔力があれば使えるくらい消費魔力が少なく、かつ強く長く照らせるランプだ。
ランプのデザインはありふれたもので、金属台がついた受け皿に、四方を覆う網目上の金属の囲いがされている。隙間から灯りが照らされるタイプで、ちらちらまぶしい。
デザインはともかく、通常受け皿の真ん中に突き出ている部分に蝋燭をさして使うのだが、魔法具なのでとんがり部分に炎がつくのだ。使い方は単純で、金属台にあるボタンに魔法陣が刻まれていて、そこに魔力を流し込むだけだ。
通常のランプが1回こめれば1時間ほどもつようになっているのが平均的だ。その魔力を1とすると、アーロンのつくったランプの魔法陣は1、5消費するが2時間もつようになっている。明るさに関してもやや改良されている。
現在唯一販売に出している商品で、アーロンの自信作なので、フェイのような凄腕の魔法師がどうのようなコメントをするのか、少しばかり緊張している。この街に来てから我流でつくったので、自分以外の魔法師の意見は初めてなのだ。
「ふむ」
アーロンからランプの説明をきき、なるほどなぁとフェイは感心しつつも、しかしそんなに自慢げにされてもなぁと困っていた。
確かに今までのランプよりすごくなったと言うことだけど、普通に魔法で灯りをだしたほうが便利だし、2時間たたないと消せないとか不便だ。魔法が使えないなら便利なのかも知れないが、フェイにはその便利さはぴんとこない。ランプが使われているのはよく見るけれど、自分で使うことなんてないのだから。
「わしはランプを使わんからよくわからんのじゃが、すごいのではないか?」
「そうかっ。ありがとう」
アーロンは適当なフェイの返事に、それでも見ておかしいとは思わなかったと言うことだと受け取り、嬉しそうに笑った。
デモンストレーションを終え、さてと、とアーロンはランプを元の位置に戻してフェイに向き直る。
「じゃあフェイ君、緊張もほぐれたところで、君のことを教えてくれないかな」
緊張をほぐしたのはむしろ、フェイではなくアーロンだったが、それよりもアーロンの発言にフェイは首をかしげる。
「なに? わしのこと? 魔法のことではないのか?」
「もちろんそうだよ。君がどうやって、どんな風に魔法を習い、認識しているのか。是非教えてほしい」
「ふむ……難しいことを言うのぅ」
「そんなことはないさ。まずは、僕が魔法を見たこともない初心者だと思って説明をしてみてよ」
それならばまあ、できなくはない。要は、フェイがブライアンから教わったように教えればいいのだ。最初の講義はずいぶん昔なのでうろ覚えではあるが、しかしその頃の初期の内容なんて忘れようったって忘れられないほど身に付いている。
「ではまず、魔法について話そう。魔法とは、人体に備わる魔力を変換し、奇跡を起こす技じゃ」
フェイは昔を懐かしみながら、請われるまま語りだした。
○
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