ディアリ街

第85話 橋

「うわっ」

「なんだあれ!?」


 ざわざわと回りが騒いでいるのは肌で感じていた。ベルカ領が近づくにつれ、徐々に人通りは増えていった。

 飛行魔法は魔法使いにとっても珍しいが、そもそも魔法使い自体がこの地方では珍しい。通りすがりにはただ単に驚かれるだけだが、見張りの人に見られていた場合はたいてい聞かれる。

 小さな村だったりすると割とよそ見したり、居眠りしていたりと言うのが少なくなく、気づかれないことがある。しかし街となればさすがに聞かれないことはない。


 特に今回、ベルカ領に入る手前のディアリ街は門前に見張りにチェックされるための列ができるほどの街だ。そんなわけで、二人が地味に浮かんで高速移動してきたのを目撃した人数は過去最大の多さで、じろじろと見られていて居心地がわるかった。

 しかしそれでも魔法使いだと説明すれば、普通に通してくれた。回りの目も奇異なものを見る目から、感心するものになった。


「ふぅむ、どうにも飛行魔法と言うのは人目をひくようじゃのぅ」

「今更?」

「今更とは言うが、これまであれほど注目されておらんかったじゃろ」

「街中では使わないし、たまたま見られなかっただけでしょ。そもそも魔法使いはこの国では珍しいんだから」


 インガクトリア国では魔法師は珍しい。しかしそもそも、もっと大きな視野で見ても魔法師の数が少ないのだ。

 魔法を覚えるためには幼い頃からの訓練や向き不向きがある。手間隙をかけて学んでも全く身に付かない可能性が高い魔法より、向き不向きがあっても努力すればある程度は確実に身に付く体を鍛えた方が確実だ。生活に余裕のある人間は魔法を学ぶこともあるし、フェイのように魔法を専門に使う人間もいるが、そうでない人間の方が圧倒的に多い。

 魔力は人間に備わっている資質の一つで、使わなければ退化すると言う点では筋力に似ているが、違うのがその資質が個人に収まらないことだ。例えば筋力なら人間がどんなに鍛えても本人が死ねば終わりだ。しかし魔力は本人が鍛えれば、その魔力総量は子孫へ受け継がれる。その代わり、本人が鍛えられるのは微々たる量で、子孫へ引き継いで少しずつ増やすしかない。


 現代において魔法は一般向けではなく、使わない人間の魔力は劣化して子孫へ伝わる。それによりゆるやかにだが、人間の魔力は退化していた。

 インガクトリア国だけでなく、この大陸全体で魔法師は珍しい。魔法を学ぶのは趣味や他の特技の片手間だったりで、フェイのように魔法メインの魔法師と言うのは本当に少ない。


「ふーむ、お爺様が言っていた感じでは、みな魔法の一つは使えて当たり前な感じじゃったんじゃがなぁ」

「ふーん、じゃあもしかしたら、フェイのおじいさん、他の大陸から来たんじゃないかしら」

「む? どういうことじゃ?」

「私も噂で聞いたことがあるくらいだけど、別の大陸には魔法使いが珍しくない、魔法使いばっかりの国があるとこもあるんだって。だから、その可能性もあるわね」

「ほぅ。そうなのか」


 インガクトリア国は内陸に位置する国だ。ベルカ領が一番南東に位置する端っこでここまでくるのに時間がかかったが、大陸の端っこ、すなわち別の大陸へ向かうための海に出るためには、ここからさらにもう国を2つ挟まなければならない。

 そこからさらに船で何ヵ月もかけてわたった先にある別大陸なんて、遠い遠い別世界の話だ。


「では、いつか行こうかの」

「……そうね」


 別世界だと思っていた。だけどそれはさっきまでの話だ。フェイは距離もかかる時間も知らず、何も考えずに言っているのだろう。だけどきっと、知ったとしても変わらないだろう。

 別大陸だって、全く行く方法がないわけではない。物流のやりとりだって僅かだがある。行こうと思えば行けるのだ。

 それは当たり前のことだけど、でもリナ一人では絶対に行くことなんてない。フェイといれば世界がどんどん広がっていくように感じられる。それはとても、わくわくする。


「さて、じゃあついにディアリ街まで来たけど、このまま橋を渡っちゃう?」


 ディアリ街には大きな橋がある。

 と言うか、領土端の大きな大河を渡るための橋を守り管理するための街がディアリ街だ。橋の両サイドに街があり、ディアリ街の西と東に別れている。

 橋を渡って東側から出れば、徒歩で半月、飛べば1日かからないくらいだ。しかしさすがに今日中に到着するかはわからない。


 渡ってそのまま一気に出発するか、今日はこのままこの街で過ごすつもりで、見て回るか。それにしても、一キロ以上ある橋を渡ればわざわざこちらに戻ってくる必要もない。ゆっくりするなら、こちら側から見て回るか。


「うむ! まずは橋じゃな! それからあちこち見て回りたいのぅ。ああ、じゃが、もう昼も過ぎておるし、まずは食事としようかの」

「そうね、そうしましょうか」


 フェイは今日はここに泊まるつもりのようだ。その方がのんびりできて良いだろう。リナは笑顔で頷いた。








 ディアリ街はベルカ領とを繋ぐ重要な街だ。

 インガクトリア国においてベルカ領は特殊な立ち位置をしている。通常国内において領地とはその一部である。体で言えば国が全身、王都が頭、領地はそれぞれの部位に当たる。しかしベルカ領はインガクトリア国の一部で一心同体、とはいかない。

 元はベルカ領は独立した地域だったのだが、国と言う形を取っていなかった。不穏な情勢の時期に他国との兼ね合いがあり、インガクトリア国に所属はすることになったが、吸収される際に協定によりある種の独立した特別独立地域となり、法律もインガクトリア国のものに沿わないままと言う治外法権な場所なのだ。


 そんな場所なのでディアリ街はある種の関所のようにもなっている。通常の街とは違い、ベルカ領には昔の名残で関所もないのだ。

 ベルカ領は両端に巨大な大河があり、それが関所の変わりをしている。その関所が発展したのがディアリ街だ。とは言えディアリ街は通常通りインガクトリア所属なのだが。


 そんなわけで、ディアリ街は通り道として非常に人が多い。他国に行こうとするとどうしてもこの街を通らないといけない。他に大河を渡るための橋はないのだ。もちろん、別途船を出せば別だが。

 アルケイド街よりさらに大きく巨大な街に、フェイとリナははぐれないようにとどちらともなく手を繋ぎながら歩く。


「さて、お腹も膨れたし、橋を見物してから宿をとりましょうか」

「うむ。長い橋なんじゃって?」

「私も噂しか聞いてないけどねー」


 結局、入り口すぐの食堂からしてくるいい匂いに負けて、二人は何も見ることなく食事を終えた。となればいよいよメインの出番だ。


「お、あれか? 確かに大き……お、大きいな!?」


 道の向こうに見えてきた橋は横幅が大通りと同じくらいの幅で、馬車が同時にいくつもすれ違えるほどだ。それだけでも凄いので声をあげかけ、近づくにつれ先の見えない奥行きに声を荒げた。


「うわー……すっごいわね」


 中途半端な時間で落ち着いているらしく、馬車や人がぎゅうぎゅうと言うこともないが、その分遠くまでよく見えた。通常の橋とは一線を画す巨大さだ。

 実に一キロを越えるほどの距離は、この大陸でも屈指の大きさである。


「すごいのぅ。でかいのぅ」

「そうねぇ」


 橋にたどり着き、感心して手すりを叩くようにしながらフェイは下を覗きこむ。さらに後ろからリナが覆い被さるようにして下を見る。


「わー、結構川が遠いのね」


 橋の入り口までもがなだらかな上がり坂になっていたが、すぐそこから覗き込んでも水面は遠い。ここからカーブを描く橋の真ん中まで行くと、水面との距離はかなりになりそうだ。

 高いところに慣れているので恐怖はないが、飛び降りてみたくなってしまう。


「氾濫してもいいようにじゃな。見よ、リナ、柱のあんなところまで線が来ておるぞ」

「んん? あー、あれ?」

「うむ」


 二人して身を乗り出して、手すりに載り上がって前方の方の橋の下を見ると、橋を支えるために並ぶ柱には綺麗に線がひかれたような跡がついている。あそこまで水位があがったことのある証拠だ。それを考えると、入り口と出口あたりは結構ギリギリだ。


「へー、凄い水があがってくるのね」


 リナの故郷でも川はあったが、橋をかけるまでもない小さなものばかりで、雨期で水量が増えても問題ないようなものばかりだった。またアルケイド街では湖があり、雨で量は増えるが困ることはなかった。

 しかしこんな規模の川で、水量が増えてもし橋を越えてしまったりしたら大変だ。橋をかけなおすのも大変だろうが、そもそも街に水が入ってくる可能性がある。


「うむ。大変じゃなぁ」

「あら、フェイもそんな風に思うのね」

「なんじゃあ、わしがどう思うと思ったんじゃ?」

「フェイなら、水が溢れるのも面白そうとか見てみたいとかそう言うかなって」

「そんな酷いことを言うものか。そりゃ、わしの家はある程度雨風も抑制しておったから、危ないことなぞなかったが、それでもお爺様から災害の恐ろしさくらい教わっておる」

「そう。それは悪かったわね。偉いわね」

「うーむ」


 リナはそう言ってフェイの頭を撫でたが、フェイとしてはちっとばかし納得いかない。

 そりゃあ、フェイは年下だし、頼りにならないけれど、災害を楽しむほど不謹慎な子供ではないつもりだ。そしてそれを褒められるのも、なんだか、凄く子供扱いがすぎるのではないか。まぁ、災害を知らないと思われているのなら、それも仕方ないかも知れないが。事実として引きこもりで、全く知らないのだし。


「リナ、わしは世間知らずじゃが、何も知らぬわけではないぞ」


 そう頬を膨らまし気味に文句を言うフェイに、リナは一瞬言葉につまる。誤魔化すために必要以上に子供扱いしてしまっているのかも知れない。


「……うん、わかってるわ。ごめんごめん、さ、行きましょう」

「うむ」


 フェイの手を握り直し、リナは橋を歩き出した。やっぱり少し、どきどきした。








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