第70話 岩亀

「ありゃ? 昨日の……何だっけ?」

「フェイだろ。一日で名前を忘れるな」


 リナがアントワネットと旧友を温める一週間の間、フェイは依頼をこなして過ごすことに決まった。

 教会を訪問するとマイラとレイモンドがいた。


「そーそー。フェイ君、やあ、久しぶり」

「何を言っておるんじゃ」


 昨日出会ったばかりだ。忘れているのは気にならないが、久しぶりと言うのは意味が分からない。ともあれ挨拶は大事だ。


「おはよう、2人とも」

「んお? おう、おっはよー」

「改めて、おはよう」


フェイのやや唐突な挨拶に2人は返事をしてから、目配せしてからマイラが少し屈んでフェイに視線を合わせて話しかける。


「フェイ君、また依頼すんの?」

「うむ。昨日を含めて一週間滞在することになったのでな」

「へー、じゃあその間、一緒にくまない?」

「できれば色んな依頼がしたいんじゃが、それでよいなら」

「いいよー。ね? レイモンド」

「ああ。魔法師と組むのは良い経験にもなるしな。よろしく頼む」

「そうか。こちらこそよろしく頼む」

「よろしくー」


 昨日から一週間、つまりあと出発日を抜いて4日間は2人と行動を共に過ごすことにした。









 本日受けることになったのは岩亀の甲羅の採集だ。防御力の硬さが売りで、とても重い。甲羅は武器や武具になるのでそれなりによくある依頼だが、なかなかの難易度だ。

 足が遅く臆病ですぐ甲羅に閉じこもるが、そうなってしまうと対処法がない。重くて持ち上げることはできないし、攻撃してもどうしようもない。

 火であぶれば一発なのだが、お腹側からでなければ意味がないので、大変なのだ。大人数でなんとか持ち上げさえできれば、簡単な依頼ともいえるが、そもそもそれほど数多く溢れかえっているわけではない。

 森の中の川辺に住み、川の中へ逃げてしまえば素早い動きで捕まえるのは困難だ。大人数でかつ、川から離れているところを見つけなければいけないのだ。


 そんなわけで単価はいいが2人はあまり経験したことのない依頼だ。


「期待してるよ、フェイ君」


 てなわけだ。


「それはよいが、川辺に行かんのか?」


 3人で歩いているのは川がすぐ視界には入らない陸地で、一応水の音がする程度には離れている。


「いやだからさ、川に入られたら困るわけ。陸地で見つけなきゃいけないの」

「いくらフェイが風の魔法師でも、さすがに川から岩亀を取り出すことはできないだろう?」


 フェイの風はすさまじいが、大岩と同じだけの重量を独りで持ち上げるのは無理だろう。レイモンドの予定としては普通に陸地で見つけて、フェイの協力のもと斜めに体を持ち上げて隙間から火を入れるというものだ。

 川の中からでは斜めにするどころではなく、完全に持ち上げなければいけない。それはさすがに無理だろう。


 しかしとってはそんなことは知らないフェイは、普通に宙に浮かせるつもりだ。確かに浮かせるのにも重量の限度があるが、見てみなければわからない。というか持ち上げるなら水中の方が楽だ。


「どれだけ重いのか知らんが、陸より川の方が軽いじゃろ?」

「だから早いんだって」

「川の中の高速移動する岩亀に魔法をかけるのは難しいと思うぞ」

「やってみなければわからんじゃろ」

「…まぁ、いいか。川ならすぐ見つかるは見つかるし、行って見よっか」


 意志疎通はできていないが、やらせれば諦めるだろうと2人が折れた。


 そして川辺に移動する。2人が移動したくなかった主な理由に川辺には魔物が多いと言うのがある。

 時には強大な魔物でさえ水を求めてやってくることがあるので、よほど腕に自信がなければ川に沿って移動するのは危険だ。


 岩亀一匹見つけるくらいならばと妥協して、2人は周りを警戒しながらフェイと共に川辺にやってきた。


「お、川じゃ。行くぞー」


 そんなこととはつゆ知らず、昨日からご機嫌なフェイは鼻歌でも歌いそうな足取りで、ぱたぱたと先行して川へ向かう。

 追い抜かされた先頭を歩いていたレイモンドが慌てて追いかける。後ろを歩いていたマイラは視線だけを走らせて、魔物を警戒しながらスピードは変えずについていった。


「お、レイモンド、亀じゃ。あれではないか?」

「フェイ、危ないから1人で先に行くんじゃない」

「おお、すまんすまん」


 草原での活動が多く、また魔法力への信頼から自由行動が許されていたフェイにはぴんときていないが、遮蔽物が多い森では魔物が意図せず近くにきてしまうことがあるのでパーティーは離れないのが基本だ。


「で、あれなんじゃが」


 フェイの態度にこのガキ聞いてないなと思いながら、レイモンドはフェイの指差す方を見た。


「ああ、あれは三亀だ」

「蜜亀? もしや甘いのか?」

「その蜜じゃない。三つだ。甲羅の模様が三角だろう?」

「ああ……なんじゃ」


 がっかりするフェイにレイモンドは改めて岩亀の説明を、身振りをつけてしてやる。


「岩亀はもっと大きいぞ。フェイより大きい」

「なに!? 依頼書には1メートルほどとあったぞ!?」

「1メートルは最低目安で、でかいのは俺よりデカいぞ」

「なんと」

「あと色が特徴的だからそれで見てくれ。三亀も茶色だけど、もっと赤みがかってるから」

「ふむふむ、なるほどの。わかった」

「というか、あれでしょ?」

「むっ!?」


 後ろから追いついたマイラが二人の間から指先をだして、川の上流を指差した。


「おおっ、確かにかなり赤いの」


 上流の川岸でじっと日向ぼっこをしている赤い甲羅岩亀がいた。目を閉じていて、こちらにもまだ気づいていないようだ。大きいがまだ完全な成体ではなく、存在感は大きいもののフェイよりやや小さい。


「どうするか。川から入って陸に追い立てるか」

「今紐投げたら首くくれないかなぁ?」

「さすがに無理だろ」

「うーむ」


 逃げ足が早いものも今までは風刃でしとめてきたが、しかし亀の相手は初めてだ。甲羅に籠もられたらやっかいだと言うが、どれほどの重さなのかが重要だ。

 ぱっと見た主観ではフェイに持ち上げられそうだ。


「あれは、どれほどのものなのじゃ?」

「ん? 重さか? そうだな、200キロくらいじゃないか」

「そんなにか。ふーむ」


 そんなに、と言いつつも全く重さにぴんとこないフェイ。数字は大きいので重そうな気はする。


「とりあえず、わしが魔法使ってみてもよいかの? 甲羅さえ残ればいいんじゃろ?」

「ああ、いいぞ」


 元々川辺で見つけた分は無駄足になるつもりだったので、レイモンドは気安く頷いた。


「うむ、では風刃」


 右手のひらを岩亀に向けて、フェイは首を狙って風刃を放った。

 ヒュン、と軽い空気音に気づいた岩亀はギリギリのところで首を甲羅内にいれた。


「むっ、よけたか」


 しかし首だけでなく手足も全ていれている。驚いた岩亀は川に逃げるではなく、甲羅に引きこもることを選択したらしい。

 フェイは駆け足でそれに近寄り、甲羅をノックするが反応はない。


「裏をあぶるんじゃったな」


 フェイは岩亀をひっくり返そうと手をかける。


「むっ、お、重いの。ふんっ、ぬぅ!」


 甲羅の下側の縁に手をかけ、膝を曲げて気合いを入れて一気に持ち上げて裏返した。がごん、と音をたてて裏返った甲羅が揺れている。


「は?」


 フェイの後ろから歩いて近寄ってきていた2人は、目を疑う光景に口を開け、意味もなく立ち止まった。

 普通ならフェイのような鍛えていない小柄な体躯では、絶対に持ち上がらない。身体強化してさえ気合いをいれる必要があるほどの重さだと言えば、逆にその重さがわかるだろうか。


「よーし、後は炙るだけじゃな。ん? 2人とも、早くこっちへこんか。わしは岩亀は初めてなんじゃぞ」


 揺れる岩亀を満足げに見てから振り向いたフェイは、固まる2人に不思議そうにしながら声をかける。

 火を炙る程度や、それからどうするのかなど詳しくないのだから、ちゃんと隣にきてくれないと困る。


「あ、ああ」

「あー、うん。えっとさぁ、フェイ」


 動き出した2人が小走りでフェイの隣まできて、顔をひきつらせつつもマイラが声をかける。


「なんじゃ?」

「君、何者?」

「は? フェイ・アトキンソン、魔法使いじゃよ?」


 何者と言われても、フェイとしてもそれ以上答えようがないのですでに伝えた情報だが繰り返した。

 だがもちろんマイラはそんなことが聞きたかったわけではない。聞き方が悪かったかと頭をかきながら、再度問いかける。


「あー、うん。そうじゃなくて、物凄い力持ちだからびっくりしてさ」

「俺でも、ああも簡単にはできないぞ。ちょっと腕を見せて見ろ」

「いやじゃ。気安く触るでない」


 レイモンドがフェイの肩を無遠慮に掴み、それから握るようにして腕へと降りていく。非常に馴れ馴れしくてうっとうしいので払いのける。


「そんなに細いのに、何だ今のは」

「そんなに詰め寄るでない。魔法に決まっておろうが」


 今までどちらかと言えばマイラのセーブ役のような落ち着いていたレイモンドの妙な気迫に、一歩引きながらフェイは答えたが、レイモンドはさらに一歩近寄ってくる。


「魔法? 今のもか? いつ使ったんだ?」

「普通に、普段から身体強化しておるんじゃ」

「俺もできるのか?」

「無理じゃ」

「そう言わずに」

「無理じゃ」

「そこを何とか」

「無理じゃと言うとろーが! 近いわ!」

「ぐえ」


 顔を寄せてくるレイモンドの暑苦しさに我慢できずフェイはレイモンドを突き飛ばし、レイモンドは身を持って身体強化の威力を味わうことになった。









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