第44話 ピクニック6
「よーい、スタート!」
エメリナの叫びのような合図で、フェイとドラゴンは同時に動き出した。
「食らえこの糞人間!」
小さくなったとは言え、ドラゴンはフェイよりずっと大きい。フェイを一飲みしそうなほど大きく口をあけて、フェイに飛びかかった。
「食らわれてたまるかっ」
フェイは魔法で飛び上がり、上空から落ちてくる勢いで蹴りを放つ。落下の勢いだけでなく、頭上から風で押しているのでそのスピードは風切り音がエメリナまで聞こえてきそうなほど速い。
「おせぇよ!」
しかしドラゴンは大きく体を回して、その尾でフェイを捉えた。ぶんっと振られた尾で弾かれたフェイは、さらに勢いをまして空へ向かい、見えない壁にぶつかった。
「ぐっ、いっ、たくないぞ!」
フェイは一瞬そのあまりの勢いに呻いたが、すぐにぶつかったドラゴン製の結界を蹴って、真逆の軌道でドラゴンへ突っ込んだ。
「死ね!」
ドラゴンは向かってくるフェイを待ち受けるように口を開き、自分から飛び上がった。
「死なん!」
フェイは風で勢いを殺して怒鳴り返しながら、ドラゴンが口を閉じるタイミングとずらしてドラゴンの歯の上に着地し、蹴ってまた飛び上がる。
ガアッーー!
フェイが蹴った牙が折れて自身の口内に飛び込んできて、ドラゴンは苦痛の声をもらしながら落下して地面に激突した。
ずどん、と地面が揺れるほどの衝撃にエメリナは軽く飛び上がりながら、ドラゴンにそっと気づかれないように木に隠れながら近づいた。
ほんの三メートルほど先に転がり、口から自分の歯を吐き出すドラゴンは、無防備に見えた。
「っ」
唾を飲み込み駆け出そうとして、ドラゴンと、目があった。
「!」
飛び出そうとした木の陰に、体全てを隠す。エメリナに気づいたドラゴンは一度光ると、先ほどまでの苦しげな態度を一変させ、快活にエメリナに話しかけてきた。
「くかかっ! 我を恐れる人間よ、お前だけは生かしてやるから安心せよ。今からあのくそ人間を殺して、俺の伝説を残す役割を与えてやる。光栄だろう!」
「……」
恐怖ではないが、返答に迷ったエメリナは無言を貫いた。そんなエメリナの態度にますます気をよくしたらしいドラゴンはエメリナには読みとれないがにぃと笑みをつくり、
「実に気ぶぼなっ!?」
さらに話しかけようとして、上から落下してきたフェイの蹴りをくらった。
地面に顎をしたたかに打ちつけたドラゴンの前に、蹴りつけた反動で一度飛び上がってから着地するフェイ。
その足が地面につくのを見るやいなや、飛びつくようにドラゴンは口をあけてフェイにかぶりついた。
(!)
その様子に一瞬飛び出そうになったが我慢する。エメリナが不意打ちできるチャンスは一度だけだと思った方がいい。この距離、この角度では確実に回避される。もっとフェイがドラゴンの気をひいて、エメリナに背中を見せる瞬間を狙う。
それまでは、フェイを信じて待つしかない。
フェイはかわそうと身をよじったが、間に合わずに左腕がドラゴンの口へ収まった。
「んが!?」
しかし声をあげたのはフェイではなく、ドラゴンだった。ドラゴンは慌てて口を開き、血を吐き出した。口から抜かれたフェイの左腕に傷はなく、その手には牙を一本持っていた。
「学習能力がないのぅ! やはりお主、蜥蜴ではないか?」
フェイは馬鹿にしたようにドラゴンを挑発しながら、エメリナからドラゴンを結んで直線になるように位置を移動する。
水属性のドラゴンは比較的他の属性のドラゴンより攻撃力は低く、あくまでドラゴンと比較するとだが、鱗の強度も低い。しかしその分、速い。
魔法や弓の遠隔攻撃は彼にとって視界に入ってからでも避けられるものだ。なのでもしこのドラゴンが回避に徹したならばフェイに勝つ可能性はなかった。
しかしドラゴンは攻撃をしかけてきた上に、フェイの出した勝負にすらのってきた。
ドラゴンからの魔法攻撃もまたフェイにはそうそう通らないので、直接攻撃が確実ではあるが、それはフェイにとってもチャンスでしかない。
「んなめんなー!!」
ドラゴンが首を振るとその体は光り、ドラゴンはさきほどよたついたのが嘘のように力強くフェイへ向かって突進する。
今度は口をあけずに頭突きをするように頭を突き出している。
「ふっ、んぬぅ!」
フェイはその力強い突進を正面から受け止める。身体強化をしていても巨体からの勢いを0にすることはできず、10メートルほど地面に二本の線を描いてフェイとドラゴンは止まった。
ぶぉぅ、とドラゴンの鼻息がエメリナの元に届くほどの勢いでされていて、ドラゴンが全力を出していることが認められる。
「んぐぐぐ」
フェイもまた初めてと言えるほどの全力を出していた。身体強化をしていて力をいれることなんてなかったが、ドラゴンの重さは規格外であった。
いくらドラゴンが間抜けでフェイが攻撃出来ているとは言え、ドラゴンは水属性のドラゴンだ。いくらでも回復することができる。これはドラゴンの魔力が先につきるか、フェイが先につきるかの、持久力勝負だ。
(! 今!)
しかしそれは、これが1対1であったならばに限られる。
ドラゴンが完全にエメリナを度外視して、フェイに集中していると確信したエメリナは木からそっと足音をたてずに出た。
慎重にドラゴンの背後から、死角から出ないように三歩前に出て短剣を構え、飛んだ。
エメリナには魔法は使えないが、フェイにかけられた身体強化は健在だ。その体でもって全力で大地を蹴り、斜めに浮かび上がるような角度でエメリナは飛び出した。
「、」
ガアアアアアッーーーー!
エメリナの気配に気づいて振り向き回避しようとしたドラゴンだが、フェイに気を取られて遅れたほんの一瞬のおかげで、エメリナのナイフはギリギリで弱点である深い緑の鱗に突き刺さった。
ドラゴンは魔法で伝えるのすら失敗して吼え、のたうち回りながらどんどんその体を小さくする。
ガアァ……ッ
息も絶え絶えに、本当の蜥蜴よりはまだ大きい、30センチほどの大きさになったドラゴンは悶えながらも暴れるのをやめ、弱々しく光った。
回復したのでまた大きくなるのかと身構えたが、そのままの大きさでドラゴンは顔をあげた。
「構えるな。お前たち、人間の勝ちだ」
ドラゴンの弱点である鱗は完全に砕かれると絶命するが、エメリナのナイフはギリギリで、ナイフの半分までに亀裂をいれるに止まった。
そのおかげでドラゴンは一命を取り留めたが、大部分の魔力は漏れ出してすでに巨大化はおろか攻撃魔法すら使えない。無理に使えば魔力の枯渇で、それこそ命にかかわる。
すでにドラゴンの敗北は揺るがない。だからこそドラゴンは潔く認め、意志を伝える伝達魔法でそう言った。伝達魔法はすでに魔力を消費して自身にかけたものなので、半日は自分の意志で対象に言葉を伝えられる。
「……そうか、わしらの勝ちか」
「ああ。確かに現状、お前らの勝ちだ。だがな、卑劣な真似をしたお前らに、勝ちを誇る資格などない!」
小さくなってもなお、ドラゴンはその誇り高さを失わずに激高してフェイたちに怒鳴った。エメリナはその迫力に、ドラゴンは嘘をつかないので勝ちなのは本当だろうが、フェイの隣に移動した。
しかしフェイにとってドラゴンはあくまで魔物の一種だ。死にかけの魔物に怯える道理などなく、ごく普通に、言われたことに対して首を傾げた。
「ん? 何が卑劣なのじゃ? わしらは最初に言ったとおり正々堂々戦ったぞ」
「ふざけるな! 1対1の勝負だろうが!」
「わし、そんなこと言っておらんぞ」
フェイのあっさりした返答に、ドラゴンは少しだけ視線を漂わせてから言葉を続ける。
「………1対1のは言ってなかったか。たが、そんな感じだっただろ?」
「わしが提示した勝負の条件は、『わしが攻撃に直接魔法を使わない』『お主は小さくなる』の二点じゃ。最初にも、正々堂々勝負と言ったが、わしとお主の2人だけでとは言っておらん。勝手に勘違いしたんじゃろ」
「………いや、しかし、いや! お前はその娘に、離れて活躍を見ろと言っただろう!」
悔しそうに歯を食いしばってから、目を見開いてドラゴンは反論した。しかしそれにもフェイは平然と返事をする。
「言ったが? あくまでお主とまずわしが戦うので様子を見る、というだけじゃろ? 何かおかしいかの?」
「……騙したのか」
「人聞きの、いやドラゴン聞きの悪いことを言うでない。しかしの、これはあくまで仮になのじゃが、もしわしがそのつもりで発言していたとして、それすら覆すのがドラゴンであろう? 簡単に引っかかって、あげくそれに文句を言うのか? わしのイメージではドラゴンとはもっと、誇り高いものかと思っていたぞ」
がっかりだ、と言わんばかりのフェイの口調に、ドラゴンは黙り込んだ。静かに黙ったのではない。何か言いたげに、歯を食いしばって、鼻息荒くしていて、だがそれでもなにも言わなかった。
これ以上に何か反論することは、何を言おうとフェイの言い分を認めるのに等しいと思ったからだ。
「……」
沈黙するドラゴンにフェイは満足げに頷いてから、さてとエメリナに笑顔を向ける。
「エメリナ、どうやって解体すればよいのじゃ?」
「え?」
「え?」
「な、なんじゃ?」
エメリナばかりでなくドラゴンからも同時に聞き返され、フェイはまばたきしながら首を傾げた。
○
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