第十話 俺は敬虔な信徒です。(平穏?)

「聞いてほしいって言うのは、より正確に言うのならお願いを聞いてほしいって意味なんだけど」

「う、うん」


 付き合ってください、というお願いなら全力でオーケーだ。いつでもウェルカムである。


「その……お願いって言うのは、佐藤君がいつも読んでるラノベなんだけど」

「う、うん。……うん?」


 ラノベ? あの巨乳エルフが表紙の奴のことか?


「実はアレ……作者私なんだ」

「…………」

「……」

「……?」


 えっと、え?

 どういうこと?


 作者が私、ということは、作者が阿知賀さん、ということになる。


 それはつまり巨乳エルフといちゃらぶニヤニヤ展開を執筆していたのが彼女ということで、ラッキースケベも微エロ展開も全て彼女が考え出していたということだ。


「えぇ!? ま、え!? えぇっ!?」

「ちょ、声が大きい」


 つまり俺の様なオタクにとって、阿知賀さんは神様ってことではないのか?

 そう、創造主たる主神——。


 俺の眼前には今、女神が居るのだ。


 その場に跪かなければならない。

 崇めなければならない。

 俺は敬虔な信徒なのだから。


「ほ、ホントに?」

「うん」

「その、証拠的なあれやこれやとかって……いや、その、べ、別に疑っているとかってわけでは無いんだけど、それでもやはりあまりにも、と、突拍子ががが」


 ダメだ、興奮と驚きで早口になっている。


「これ、私のツイッター」


 そこには、巨乳エルフラノベ——『異世界来たのでエルフとイチャイチャしながら無双する』と『押しかけ妹とラブコメるのはいけないんですか?』の作者である『洲巻うどん』のアカウントが表示されていた。


 確か彼は三十台のおっさんと自称していた気がするが——いや待て、そう言えばおっさんの癖にアップロードする写真はこじゃれたものが多かった気がするぞ?


「こ、これで信じて貰えたかな?」

「え、あ、うん。そうだね。うん、凄い現実感がないけど……」


 なんでおっさんを自称してたの? と言う疑問は残るが、兎にも角にも信じることは出来た。

 目の前にいる女神が俺の崇拝すべき相手であることは確認できた。


「そ、それで、なんで、その、俺に教えてくれたの?」


 教えて頂けたことは誠に光栄に思えるのだが、さりとてその目的が分からない。

 確か、お願いがあるのだったか。


「うん、実は——私の小説って、あんまり売れてないんだよね」

「はぁ」


 そうなの?

 個人的にはニヤニヤ出来てとても良きと思っているのだが。


「それで、エゴサとかで評判を集めてるんだけど」


 うん。


「売れてないから評価自体が少なくて」


 うん。


「酷評とかもあって」


 うん。


「だから、生の声が聞きたいなって」


 うん。


「より正確に言うなら、直接対面している状態なら酷評もされないだろうし、いっぱい褒めてもらって自尊心を満たしたいな、って」


 うん……うん?

 あれ?

 何か最後だけおかしくない?

 いきなり欲望出てきてない?


「え、えっと、それで俺に、その、感想を聞きたい、ということ?」

「うん」

「な、なんで俺?」

「だって、クラスでオタクなの佐藤君だけだし」


 嘘だ。絶対もっといるだろ。

 つーか、ばれてたのかよ。

 ブックカバー意味ねーじゃん。


「ほ、他にもいると思うんれすが」


 緊張で噛んじゃったよ。


「うーん、言い方がちょっと悪かったかも。正確には、私レベルの売れてないラノベを読み漁るぐらいのオタクが、佐藤君しかいないってこと。進撃○巨人とか東○喰種とか見て俺オタクだわー、っていう人を私はオタクと認めない。より具体的に言うなら麻生君とか」


 麻生君——確か剽軽者だったか。

 第三者目線で見ているだけだが、女子から嫌われている印象があるな。

 絶対あの自己紹介だろ。むしろ事故紹介。なんつって。てへぺろ。


「な、なるほど」

「うん。だから、聞きたい。——私の作品、どうだった?」


 ずいっと一歩身を寄せて尋ねて来る。

 良い匂いがするんでゲスが、どういたしやしょう。

 どうもしないけどね。

 とにかくここは褒めえておくのが最良だろう。


「い、良いと思うよ。エルフは可愛いし、妹の方もすごく、萌える」

「! お、押しかけ妹も読んでくれてるの!?」


 何かめっちゃテンションが上がったな。

 阿知賀さんの瞳はジトっとした半目だが、それでも分かる程にキラキラと歓喜に満ち溢れていた。


「う、うん。全巻持ってるよ」

「嗚呼、ありがとう……っ」

「ど、どういたしまして」

「その、押しかけ妹は、本当に売れてなくて……流行でもないし。でも、出来栄えにはすごく自信があったんだ。どうだった?」

「う、うん。よかったよ。さっきも言ったけど、妹との絡みが凄い萌えるというかニヤニヤというか個人的には一巻の中盤でのラッキースケベのシーンが反応も可愛くてもう最高って感じで——はっ!」


 しまった、オタク特有の早口で醜態をさらしてしまう所だった。

 と言うか晒しちゃった。

 何でこういうときって噛まずに言葉がすらすら出て来るんだろうね。不思議。

 泣きたくなるじゃんね。


「……? どうしたの?」

「いや、ちょっと、い、今の俺、き、キモかったかなって。ほ、ほら、オタク特有の早口っていうか」

「? そうかな。私は嬉しいよ。自尊心が満たされて気持ちいいから」


 何この子。自分の欲望に素直過ぎない?


 彼女は神様であるけれど、それでも少し引いてしまう自分が居る。


 でも可愛いと思ってしまう俺も居る。

 たぶんオタクだからだな。

 こう、人から必要とされたことが無い――じゃなくて、少ないから普通に嬉しいんだ。


 自己分析を行っていると阿知賀さんは、一歩近づいて来た。

 身長の関係上、上目遣いで見つめて来る阿知賀さん。

 とっても可愛い彼女は、しかし少し不気味な笑みを浮かべて告げた。


「ねぇ、もっと話して。話してよ、ねぇ」


 いや、こえーよ。

 アニメとかマンガだったらハイライト消えてるよ。


 それから三十分ぐらい話したところで下校しようということになり、別れるときにRINEを交換した。


 なんだろう。

 クラスの美少女で俺が崇拝する女神の連絡先を手に入れることが出来たというのに、全く嬉しくないんだが。

 嘘です。美少女の連絡先とか嬉しい以外の何物でもない。

 今すぐ小躍りしたいくらいです。


 それに、普段できないオタク話ができたので、総合的にはとても楽しかったです、まる。


  †


 私、阿知賀美奈穂は、駅で佐藤君と別れた後、彼のことを考えていた。


 そもそも、私はずっと悩んでいた。

 高校生になったら、アニメやラノベの話ができるオタク友達ができると、そう信じ込んでいたから。


 しかし、友人は出来たが、クラス内でオタクバレすることは絶対にできなかった。


 理由は「俺オタクだわ~」と必要以上に主張する麻生君のせいである。

 内輪ネタを外に持ち出す麻生君のせいで、オタクであるだけで嫌われる、という空気感が教室を満たしていたのだ。


 そんな中、五月になって席替えをし、出会ったのが佐藤君。


 クラスでも常に一人で、外をぼうっと見ているか、読書をしているかのどちらかしか見たことがない。


 おそらくオタクだ。

 スタンド同士が惹かれあうようにオタク同士も惹かれあう。

 私のアンテナが彼をオタクと判断していた。


 そして昨日のLHRの時、面談の為に彼が机の上に置いて行った文庫本。

 私は何を読んでいるのだろうと思って覗き込み、驚愕した。


 佐藤君は、私——『洲巻うどん』の本を読んでいたのだ。


 それも『異世界来たのでエルフとイチャイチャしながら無双する』の第二巻。

 つまり、一巻を評価したうえで、続刊も買ってくれたということだ。

 これを知って、私は話したいと思った。


 話したい。感想を聞きたい。


 私がその作者だとばらした時のリアクションを見て見たい。


 いろんな感情が胸中を支配し、最終的に一つの結論に至る。


 彼なら、オタク友達になれるのではないだろうか。


 それもニワカではなく、ディープな話ができる友人に。


 そして、友達なら、きっと褒めてくれるだろう。


 ここ最近、一切承認欲求が満たせていなかった。

 売れないし、友達は出来ないし。

 私はかまってちゃんだ。

 だから、私は誰かから必要とされているという証明が欲しかった。


 佐藤君なら、あるいは褒めて、もっとラノベを読みたいと、私を欲しがってくれるかもしれない。


 一人、電車に乗りながら先ほど交換した連絡先をタップ。

 彼に向かってメッセージを送る。


「……あれ?」


 既読にならない。


 送る、送る、送る、送る。

 佐藤君、見て、見て、見て、見て。

 早く見て。


 お話ししたいな。

 もっと褒めてほしいな。


「佐藤君」


 嗚呼、明日が楽しみだ。

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