23 厄介な魔法使い
『
『
2人の頭の中で、それぞれの魔法使いたちが促してくる。2人はポケットからコインを取り出し、襟にはバッジを装着する。
「「前世転身!」」
それを掛け声にコインをバッジにセットする。
『ブライト フェザー』
『ブライト リーフ』
読み込み音がして、バッジから糸が飛び出し、それぞれの身体を包んだ。芋虫が蝶となるように、繭の中では転生者から魔法使いへの変態が行われている。肉体を根本から作り替える。身長、筋量、声、人相など全て。
そして変態が終わると、繭を破って中から飾と聖が出て来た。そこに転生者の面影は一切ない。全てが完全に変化している。
「
「分かってるよ。
さらに2人がバッジに手を当てると、糸が跳び出す。それは徐々に形を作り、それぞれの武器となった。
『ストームサイス』
『ルートライデント』
起動音がして、魔法を操るようになれる。
飾の持つストームサイスは、鎌と杖の2形態で扱える。鎌のファングモードでは攻撃力を伸ばす魔法を発動しやすくなり、杖のステッキモードでは防御や移動などが発動しやすくなる。
聖のルートライデントは三つ又の槍。先端の刃は伸縮自在、大きさも変えられる。遠近大小、どんな相手にも対応ができる。
「甲羅さえ割ってくれたら、あとは私が切り刻める!」
吠えながら、飾が岩場を駆け下りる。聖も後に続き、甲骨蟹との距離を詰めていく。甲骨蟹は2人に気づいたようで、六本の足を器用に動かし、反転して来た。
「ころころころころころっぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!!!!!!!」
奇妙な鳴き声だ。それと同時に口を開き、泡を吐き出してくる。あれが肉を融かすという、甲骨蟹の武器だ。
「ブラスト・スクリュー!」
竜巻を発生させ、泡を周囲へ飛ばす飾。泡のかかった岩が、まるで酸をかけた発泡スチロールみたいに融けていく。理系の人間であれば原理を調べたがるかもしれないが、あんなものに興味を持てば、命がいくつあっても足りないだろう。
「ルート・バインド!」
すかさず聖が、甲骨蟹を縛り上げる。奴が泡を出せるのは口からのみで、あとの部分は大して怖くない。あのまま圧を掛けて、堅い鎧を割ってやればいい。
ここまでは順調だったのに。このままいけば、簡単に事は済んだのに。
「俺を除け者にしてくれちゃ困るぜっっ!!」
唐突に響いた少年の声。声の所在地を探る2人。そして岩場の上にいる発声主の顔を見た途端、飾と聖の表情は曇っていった。
「あいつ……転生していたのか」
「あいつが現れて、事が好転したためしがないんだよなぁ」
呆れ顔である。関わりたくない、という雰囲気が漂っている。
『あの魔法使い……、何者なんですか』
思わず渡は訊ねてしまう。他の仲間に会えることを喜んでいた飾がこんなに嫌がっているのは、少しおかしい気がする。
「あいつは
「しかも自らの保身のために仲間を危険に晒すこともザラ。なるべく、近寄りたくはないね」
聖も揃って教えてくれた。
なるほど……。魔法使いの中にも、そんな輩がいたとは。彼らも人間なのだから、みんなが聖人君子だとは思わないが、これまでに見てきたのが飾や聖のような頼れる人格者だったものだから、渡は困惑してしまう。
『でも一応は味方なんでしょ? あの人も交えて、さっさとアレを倒そうよ』
刻世の声も響いてきた。
飾と聖は顔を見合わせ、仕方がない……。と言いたげな顔をする。
2人と甲骨蟹の間に飛び降りてくる集。
「俺が来たからには安心しろ! 全部俺が片づけてやるっ!」
無駄に暑苦しいというか……、お調子者というか。確かに飾たちの言う通り、あまり関わりたくはない人種に思えた。
少し煙たがられていることに気が付いていない集は、自分の参上が歓迎されているものと勘違いしているようだった。
「お前ら、これまでしんどかったろう? 俺が来たからにはもう安心だ。全部俺に任せればいい。俺が最強の魔法使いだからな!!」
やはりただの勘違い野郎だった。
彼は自分の背後に敵が忍び寄っていることに気づかない。
「ウィンド・ボール!」
飾が杖を突出し、呪文を唱えた。風が起こり、壁のようになり、集の後頭部すぐそこまで来ていた甲骨蟹の鋏を弾いた。
「うおうっ!?」
「役に立ちたいのなら、周りをよく見て状況を判断しろ!」
鋏にも根を絡ませ、さらに縛り上げていく聖。彼のこめかみには血管が浮かび上がっている。ずっと術を使い続けることは辛いことなのだ。
『ファング モード』
飾はストームサイスを変形させ、攻撃に移る。だが威力がない。甲骨蟹の固い装甲に阻まれ、なかなか傷をつけることができなかった。
聖はこれ以上拘束しておくのは無理と判断したのか、全身の縛を解き、脚に術を集中させ始める。これなら動けはしないはずだし、いざとなれば折ればいい。
「ころぷぷぷここここ!!!」
必死に抵抗する甲骨蟹。細長い脚に木の根が複雑に絡みつき、その動きを封じる。それに抗うかのように、これは鋏を振り回し始めた。
危険に思った飾は身を引く。迂闊に近寄れば、あの鋏で力いっぱい殴られかねない。
『ステッキ モード』
ここは遠距離魔法用にした方が賢明だ。
杖の先に魔力を溜め、砲弾として放とうとする。
だがそんな時、また味方からの妨害が入った。
「水よ、俺の拳に力を!」
叫ぶ集の右拳に、水流が巻きついて行く。まるで水製のグローブだ。
彼は勢いよく砂浜を蹴った。聖の束縛に抵抗を続ける甲骨蟹。少しでもタイミングを見誤ってしまえば、あの巨大なハンマーのごとき鋏の餌食となってしまう。
その点については、集は上手だった。すばしっこいのか、周りをきちんと見ているのかは分からないが、敵の攻撃を避けていく。
そして拳を振りかぶるが――。
「やめろ集!」
飾が慌てて制止した。だがもう遅い。集がいるのは、甲骨蟹の懐の中だ。
「水流拳!」
パンチがさく裂する。一見通ったように見えた。
だが――――。
「こっっっっっっっろろろろろろっっぷ!!!」
全く効いていない。それどころか、あれはまるで。
「馬鹿野郎が! 甲骨蟹は海難の化身! 水は味方だ。お前は今、わざわざ敵に塩を送ったんだぞ!」
要するに。
集の魔法は、甲骨蟹のエネルギーとして吸収されてしまったのだ。
力を得た化身は、難なく自分の足を不自由にしていた樹木を破壊する。
そして自由に移動できる身になってしまった。
飾は慌てて風の球体を放つ。だが、あっさりと避けられてしまった。
「くっそ! あれだけの大きさにするの、面倒なんだよ!」
舌打ちしながら、彼女は2発目をすぐに作り始める。
さらに聖も、周りに木の根を這わせ、再び捕獲しようとしていた。
そこへまたも妨害が。
「サポートご苦労! でも大丈夫だ、俺が決める!」
結局、今の失態も理解できていない。集はまだ自分がやれると、信じて疑っていな
い。
「水よ、俺の脚に力を!」
また繰り返すのか。
彼の脚を水が覆う。今度はキックか。
「いっっっくぞぉぉぉ!!!」
砂浜を勢いよく―――――――。
蹴れなかった。
「いってえぇぇぇ!!」
聖が生やしている木の根を使って、集の足を払ったからだ。
邪魔をするな! と言いたげな表情を見せる集。聖も聖で、彼を殴りたいと考えているような顔だった。
その間にエネルギーを溜め終わった飾は、砲弾を放った。
てんで連携が取れていなかった。これでは1対3ではない。1対2と1だ。
飾と聖は、必死に甲骨蟹を倒そうとしている。問題なのは、やはり集。自分が足を引っ張っていると分かっていない。
「俺が行く、お前らはサポートだ!」
「馬鹿言わないでくれ!!!」
ペン回しをするように、片手で器用に杖を振り回しながら、飾が前へ出た。そのまま集を追い抜いて行く。
「君はあの相手に対して分が悪い。君こそサポートに回ってくれ!」
集を傷つけないように言葉を選んでいるのが分かる。煙たくは思っているものの、やはり同じ魔法使いの仲間だ。悪くは言いたくないのだろう。
だが、彼女の配慮。それはすぐに踏み躙られた。
「そうやって良いとこ取りをしようと――――っ! させねぇぞ!」
今度こそ地を蹴り、集は甲骨蟹へ向かう。その足に宿しているのは、水流の装甲。
「だからやめろっつってんでしょ!?」
聖がすぐに止めようとしたが、遅かった。
水流を纏ったキックが、甲骨蟹の甲へ命中する。
「ころころころころころころころころころころころ」
なんだか嬉しそうな鳴き声だ。また集の術は吸収され、相手の力になってしまう。
「くそォ! どうして効かないんだよ!」
「愚図は引っ込んでろ!」
ついに飾は、堪忍袋の緒が切れた。彼女は杖で集の頭をどつくと、即座にストームサイスを鎌へ変形させる。その狙いに気づいたのか、聖が甲骨蟹の脚を縛る。
辺りに旋風が起こる。強大な魔力が鎌の先端に集められる。
「はあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
空気が悲鳴を上げる。砂浜の砂利が空へ向かって行く。
身動きの取れない敵は、必死に自分を拘束している木の根や蔦を払い除けようとする。だが動けば動くほど植物はその身に食い込み、縛りを強くしていく。
大きく息を吸い込んだ後、
「ストーム・デス・カッティング――――――!!!!!!!!!!!!!!!!」
飾の最強攻撃魔法が放たれた。突風を起こしながらの、飛ぶ斬撃。砂浜や周囲の岩場ごと八つ裂きにしていく。
甲骨蟹までの距離。残り何メートルか。
そんなところで、だった。
「シャドウ・デス・カッティング」
「何!!??」
もう1つの斬撃が飛来した。ただそれは、災禍の化身を狙ったものではない。飾の魔法を攻撃していた。
2つの魔力がぶつかり合い、衝撃波が起こる。砂塵が巻き上げられ、一時的に視界がゼロになる。
「ゴホッゴホ!」
「今の術…………まさか」
「くそ、何者だ!? 俺の邪魔をするな!」
やがて視界が晴れていく。するとどうだろう。人影が1つ増えていた。
丁度、飾たちと甲骨蟹の中間くらいに、長い黒髪の細身のシルエットが見える。
「まさか、お前までいるとはな……」
飾にはその正体が分かっているようだった。
彼女の内側から、瞳を通して渡はその光景を見る。
『ん? あれ?』
そして彼の心は首を傾げた。おかしい。あの乱入者の姿。見覚えがある。黒い長髪
にウェディングドレスにも似た白いワンピース。透明感のある、陶磁器のような肌。
右手に握っているのは、杖。左袖には、きちんと腕が通っている。
あれはまるで、今の自分の姿。つまり
『誰だよ……あれ!?』
動揺を隠せない渡だが、当の飾りは随分と落ち着いている。これまでも、同じようなことを何度も体験してきた、とでも言うように。
「まさかお前まで転生していたとはな」
モノトーンの女は舌なめずりしながら、杖を突いて歩き出した。よく見ると足には
包帯を巻いている。いや、あれは
「久しぶりの再会なのに。それはそれは嫌そうな顔だね、飾。私がそんなに目障りかい?」
「分かり切ったことを言うな、デズデモーナ!!!!」
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