2-1


 「~~~~~っぁぁああああああああア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!?!?」



 意識が戻ると同時に頭が割れるような激痛が俺を襲った。身体的な痛みなど何十年ぶりやろうか。しかもこんな激痛がくるとは。


 今俺を襲っているこの激痛の正体は、この時代で生きている俺自身に関する記憶と情報の膨大な量の奔流によるものだ。ただの楽しい・嬉しい・幸せな感情を含んだ記憶ならまだ良かった。だがこの時代の俺の記憶はそんな温いものじゃなかった。


 たくさんの怒りと苦しみ、数えきれないくらい味わった悔恨と辛酸、身を焦がす程の憎悪と殺意などの暗い負の感情が、激しい波のように一気に俺の脳内に流れ込んできた。

 あまりの量と激しさで、脳の回線が焼き切れるかの様な拷問がしばらく続く。ついには体が耐えきれず、俺は目覚めて早々に気絶してしまった...。





 「―――!ここ、は......?」



 目を開けるとそこは赤黒い景色が広がる謎の場所だった。ここが現実の世界ではないとすぐに分かった。ここは......夢の中か何かだろうか。


 「自分の記憶の中...精神世界とかか?じゃあ現実の俺は...今気絶中ってわけか...」


 そう勝手に納得した俺は、この殺伐とした世界を歩き回る。どこまで行っても赤黒い色の景色が続き、さっき流れてきた最悪な記憶を思い出させられる。


 「あの頃から俺の色は...こんなんやったんか。まぁ確かにそうやったよなぁ...完全に荒んでたし」


 自嘲していると景色がぐにゃりとしたかと思うと、いくつものモニターが現れる。そこには中学生だった自分が虐げられている様子が映し出されていた。ほとんどが虐げられている時のものばかりで、楽しかった思い出など全く映されていなかった(せいぜいアニメや漫画、ゲームに現を抜かしていた時だけが俺の楽しい思い出やったわ)。



 「あの三年間で救いの手が伸ばされたことは結局一度もなかった...。“何とかする”っつって言葉だけの連中もいれば、そもそも相手にしようともしなかった連中もいて、しまいには虐め自体を捻じ曲げて隠そうとした連中しかおらへんかった...。あの学校を含めて、この国は、この世は救いようがないくらいに汚れきってしまっているんだなと、15才だった俺は世の中に見切りをつけるようになったんだ」



 谷里が俺を締めている場面が映っている。 

 中村が嬉々として俺を甚振る。

 本山が俺の私物を汚している、前原も一緒にだ。

 板敷と吉原が俺をパシらせようとしている。で、それを断ったら俺のことを悪く喧伝して虐めを助長させていく...。

 中林が狡猾に甚振りやがる。

 教師陣から虐めが完全にバレないように調整してやがる。

 小西と清水と青山と井村などが俺を嗤っている。俺の不幸が面白く愉快でたまらないといった様子で楽しそうに汚い面でゲラゲラ嗤ってやがる...。


 それらの様子が多数のモニター画面で再生されている。



 「......鮮明に憶えてる...昨日のこと同然に覚えてる...。そうや、今日も俺はあいつら全員に虐げられて、教師らも全くあてにならん。俺は無様に地面に伏しているだけやったんや...」


 モニターをしばらく観たことで俺の体感と記憶が完全に中学生だった俺のとシンクロして一体化した。昨日はああだった、先週は下級生のイキりどもにも見物させてたなあいつら、先月は奥歯が抜けたんだっけ...。その前は、その前の前は.........。


 少し前までの俺にとっては数十年前の出来事だったのが、完全に虐められていたあの時のことが昨日・一昨日のこととして捉えている自分がいる。

 どれも耐えがたい恥辱と屈辱と悔しさと憎悪に塗れた出来事だった。あいつらは絶対に赦してはいけない...この3年間で受けた苦痛と屈辱全てを、何倍もの地獄にして返さねーとダメだ。



 「正規ルートでは結局報われずに中学を終えて高校でも苦しむことになったが、今回からはそうは行かねぇ...!

 安心しろよ“あの時の俺”…。 “これからの俺”はこれからあいつらに復讐できるんや。これで俺は解放される、救われるんや!俺を救ってくれるのは俺しかおらん。これが結論や」


 けど結局、誰もがそうなんやろうな。他人なんかはそのきっかけに過ぎへんねや。ま俺の場合は、きっかけすらも自分自身やったんやけどな。



 「お前ら......今のうちにそうやってへらへら笑ってのうのうとスクールライフ送ってろよ?俺が次に学校に来た時には......お前らを地獄に突き落としたるからなァ!!」


 

 モニターを見ながら俺は強い口調でそう宣言した。今度はお前らが地に這って、無様に甚振られて、情けなく泣いて喚いていることになる...。そう思うと自然に笑いがこみ上げてくる。

 しばらく笑っていると、景色の色が綺麗な赤色に変化していく。まるで鮮やかに燃ゆる炎のようで、見惚れるくらいに綺麗な色をしていた。これから起きることに対する祝福かのように思えた。



 「さって...そろそろ目覚める時間になってきたか?楽しみや!この復讐は間違いなく俺の心を完全に満たしてくれる!当時のあいつらに復讐するとか最高過ぎる!さぁ...始めようっ!!」


 カッと眩しい光が世界を包み、俺と世界は溶けるように消えていった――。





 「―――」(ぱち...)



 最初に目に映ったものは、真っ白な天井だった。知らないところだ。次いでピッ...ピッ...と、機械音が聞こえてきてきて、目を向けるとドラマとかでよく見る心拍数?を測る機械があった。



 「......病院」



 俺は病院に運ばれてここで寝かされてたってわけか。気絶した俺を発見した母が通報してここに運んだゆーわけやな。

 長めの欠伸をして体を伸ばしているとガラリと戸を開ける音がして、見ると看護師だった。


 「あ...!杉山君目が覚めたんですね!?ちょっとお医者さん呼んできますからっ」

 

 目が覚めた俺を見るなり慌てて踵を返して部屋を出て行くのを見ながら俺は思案する。今すぐ出て行くのも良いが、ここは医師からある程度情報を聞き出す方が良いかもな。それに試したいこともあるし。

 数分後、初老の医師がやって来ておはようと声をかけてくる。

 

 「目が覚めて何よりや。身体的に目立つ傷が無くて、内臓や脳にも異常がなかったものやったから何が原因で昏睡していたのかが分からんくてお手上げやったんやけどな......ってああスマン。杉山君、調子はどうや?」

 「ああ......頗る元気で、良い気分です。すぐにでも運動できるくらい調子良いですよ」



 ニヤリと笑みを浮かべてそう答える俺を、医師は穏やかに諫める。



 「元気なのは何よりや。肝心なこと聞き忘れてたけど、自分のこと分かるか?」

 「はい...。ところで今日って何日ですか?――」


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