第77話 少女の葛藤
「リーフさん、あとのことは私にお任せください」
「僕も、掃除でもなんでも、できることはしますから。まだ僕は頼りないかもしれないけど、マリーさんと一緒に頑張ります」
「うん――頼りにしてる、お願いね」
日も暮れた頃、私は荷物をまとめて別館を出た。そんなに大した荷物もなかったが、マリーが本館まで手伝うというので二人で一緒に庭を歩く。
普通に歩けば、そんなに時間はかからない別館と本館の距離。私たちはゆっくりと時間をかけて歩いた。
「リーフさんがいないと寂しくなりますね」
「そう? 私がいてもいなくても、賑やかさは大して変わらないと思うけど」
「変わりますよ。――でもレオンがいてくれてよかったです。さすがに私一人で別館を切り盛りする自信はなかったので。これからは家事も手伝ってもらいます」
「ほどほどにね。あの子は騎士で、お嬢様の身を守るのが本職なんだから」
はい、とマリーは笑った。
本館を見上げたマリーは、すこしだけ寂しそうな顔をする。闇に灯る本館のきらびやかな灯りがマリーの赤い瞳に映った。
「リーフさんがちょっと羨ましいです」
「え?」
「旦那様は、リーフさんがお嬢様のもとを去れば、お嬢様が困るだろうと思ってこんなことをしているんですよね。バルド家にとってリーフさんの家が重要な意味をもっていて、実務の面でもリーフさんが不可欠だと判断されたということだと思います」
彼女には珍しい、自嘲するような笑みを浮かべた。
「私は孤児院育ちでお屋敷に拾っていただいた身だし、大した仕事もできないから、いてもいなくても同じようなものだって思われているのかなあと思うと、ちょっとだけ悔しくて」
本館の入り口について、マリーは立ち止まる。
でもねリーフさん、と再び私を見たマリーはにこりと笑ってみせた。
「そのおかげで、こうして私はお嬢様のもとに留まることができました。あとのことは、全部私に任せてください。まだまだ私は未熟だし、リーフさんには敵わないかもしれないけど、頑張りますから。お嬢様にはこんなに優秀なメイドがついているんだって、旦那様にぎゃふんと言わせてみせます」
本館の扉が開いて、ライラ様の使用人であるジルが現れた。彼は微笑んで、一礼をする。
「行ってらっしゃい、リーフさん。きっと――ううん、絶対、また一緒に仕事しましょう」
「ええ」
マリーはスカートの裾をつまんで頭を下げる。私はマリーに見送られながら、ジルとともに本館の扉をくぐった。
深呼吸をして、夜なのにきらきらと明るい廊下を見据える。
まだ不満はあるし、不安もある。けれどお嬢様もマリーもレオンも、みんな強い。私だって、頑張らなければ。
「あなたも大変ですね」
「それほどでも――、本意の展開ではありませんが、ライラ様には迷惑をかけませんから安心してください。仕事に手を抜くようなこともしません」
割り振られた部屋に荷物を置いて、ライラ様の自室に案内される。メイドに囲まれてライラ様は眉を寄せていた。
「ようこそ、リーフ。――ごめんなさいね」
「いいえ。よろしくお願いいたします」
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