第72話 円満解決?

 一歩、二歩、三歩。お嬢様は足を踏み出す。


 戸惑うように踏み出した足は、はやる気持ちそのままに早足となる。目を丸くする私たちをよそに、お嬢様はドレスの裾を持ちあげて駆け出した。

 普段走らない貴族令嬢には慣れない行為だろう。何度かつまずきながら、それでもお嬢様は地面を蹴りつけた。


「ライラ!」


 お嬢様は彼女の名前を目一杯に呼んだ。ライラ様は驚いたように振り返る。


「お姉様? どうかされたんですか」


 ごめんなさい、とお嬢様は頭を下げた。


「わたくし、あなたに酷いことをたくさんしたわ。冷たくしたし、手もあげた。なのに一度も謝らなかった。本当に、ごめんなさい。姉として、人として最低だわ」

「そんな、顔を上げてください――!」


 ライラ様はわたわたとお嬢様に近寄った。


「私は気にしていませんわ。だからどうか、顔を上げてください。お姉様が謝ることなんてなにもありません」


 もう一度ごめんなさいと呟くお嬢様に、眉を寄せる。


「私、お姉様のこと大好きです。最低なんかじゃない。お姉様は謝るようなことをなにもしていないんだから」


 お嬢様はじっとライラ様をみて、口を開いた。


「わたくし、ひどいことをたくさんしたけれど――、こんなわたくしでも、今からあなたの姉になれるかしら」

「お姉様はいつだって、私のお姉様です。だからどうか、これから幸せになってください。私なんかよりも、もっとずっと、幸せになるべきです」

「――ありがとう、本当に、あなたは優しい子ね」


 お嬢様は泣きそうな顔で呟いた。

 ライラ様は、


「――いいえ」


 ライラ様は微笑んだ。いつもの優しい、完璧な微笑みだ。

 しかし一瞬、微笑みの前に妙な間があった。


 やっと姉妹が打ち解けたことに、マリーは涙ぐんでいるし、レオンも目を細めている。お嬢様も涙をこらえているようだった。

 私以外は気にしていない、ほんの些細な間。


 ――ライラ様は何を考えているのだろう。


 ふと、ライラ様の後ろにひかえているジルが私を見ていることに気づく。視線を返せば、銀髪の彼は静かに人差し指を唇にあてた。

 それはわずかな出来事で、ジルはすぐに手をおろしていつもの微笑みを浮かべていた。

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