第49話 踊りましょう

 そのあとも、ディーとは紅茶を飲みながら談笑を続けた。曲作りをするのだろうかと思いきや、一度もそんな素振りは見せない。

 くつろいで充実した時間を過ごしていると、いつの間にかアイディアがあふれているからこれでいいのだそうだ。


 日が暮れるとディーはアトリエの外まで私たちを見送ってくれた。日中は暑いが、まだまだ夕暮れは涼しい。


 前を歩いていたディーはおやと声をあげて立ち止まった。何事かとみれば、ディーの肩に小鳥がとまっている。ディーが小さな頭を撫でると、小鳥はその指に寄り添う。その光景はあまりに美しくて、絵画のようだった。


「ああ、いいメロディーが浮かびました」


 小鳥が羽ばたいていくのを見送ったディーは微笑んで歌いだす。


 優しくて、のびやかなメロディー。ディーの声は不思議と心の奥に染み渡って、夢見心地になってしまう。まるで空を飛んでいるような気分になれる歌だった。


 突然、ワンフレーズを歌ったディーは振り向いて、手近にいたマリーの手を取るとその場で踊り出した。


「え、あの、私ダンスは踊れないんですが――!」


 マリーが焦ってそう言っても、ディーは微笑みを浮かべてエスコートをした。ディーの歌にのせてステップを踏むマリーは、なぜかダンス下手を感じさせない動きでくるくると回っている。


 お嬢様はそのダンスをぱちくりと見つめていた。マリー本人も目を丸くしている。


「すごい、マリーがちゃんと踊れているわ。前なんてわたくしの足を何度も踏んずけて転んでいたのに」

「え、マリーそんなことをしていたんですか」


「ええ。あなたが宮廷図書館に行っている間に、マリーとダンスの練習をしたことがあるのだけど。何度もこけてしまうから、マリーがもうダンスはしたくないって泣いてしまったの。別に、わたくしは足を踏まれたことは気にしていないに」

「――いえ、それは泣きたくなる気持ちも分かります」


 敬愛する主人の足を踏んでしまうのはマリーには耐えがたいだろう。


 だが目の前で踊るマリーはそんな様子は一切感じさせないダンスを披露していた。よほどディーのエスコートが優秀ということだろうか。

 ディーのダンスはどこをとっても非の打ち所がない。全てが美しくて、とても同じ人間とは思えない。地上に現れた神や精霊だといってもらった方が納得できる気がした。


 ダンスはディーの気がすむまで続けられて、私たちはその間まばたきすら惜しんで見入っていた。

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