第34話 子犬の意外な姿

「それで、どうして二人がここに? 二人とも知り合いだったんですか?」

「ああ、いや、これは違うんです。彼とは今日はじめて会ったんですけど」


 何から話せばいいのやら、という様子でエマは困り顔をして眼鏡を押し上げた。


「ひとまず、レイチェル様の体調はいかがですか? 私、今日はお見舞いにきたんです。じいちゃん宛ての手紙を読んで、心配になって。すみません、断りもなく屋敷を訪ねるのは失礼かと思ったんですけど」

「いいえ。こちらもパッサン卿の研究室には無断で訪ねていますし、お相子です」


 それもそうですねとエマは笑う。

 パッサン卿に手紙を出したのは今朝だから、きっと手紙を読んですぐに来てくれたのだろう。


「お嬢様、寝ているかもしれませんから一度様子を見に行ってきます。少し待っていてください」


 お嬢様の部屋を控えめにノックすると、中から返事があった。すでに目が覚めていたようだ。エマとレオンが訪ねてきたことを伝えると不思議そうな顔をして、部屋に通すようにと言われた。

 全員がお嬢様の部屋に揃うと、まずはエマが「大丈夫ですか?」と切り出した。


「わたくしは大丈夫よ。わざわざ見舞いに来てくれたのね。ありがとう。――あなたも見舞いに?」


 お嬢様がレオンに声をかけると、「ひゃい」という謎の返事をしてレオンは肩を震わせた。せわしなく視線が行ったり来たりする。


「えっと、僕はエマから話を聞いて、その、すみません――、僕みたいな庶民が貴族様のお屋敷に来るなんておこがましいと思ったんですけど、その、エマの護衛というかなんというか。ほんとは屋敷の外で待っていようと思ったんですが――、すみません」


 要領を得ない説明でレオンはペコペコと頭を下げた。


 そういえば、レオンがまともにお嬢様と話をするのははじめてかもしれない。今までは馬車の窓越しに顔を見合わせる程度だった。

 それに、彼はずっと街で暮らしていたのだ。貴族の屋敷というのも、もちろんはじめてだろう。緊張するのも仕方ないかもしれない。――とはいえ、ガチガチすぎる気もするが。あまりにも不自然な動きにマリーは噴き出した。


「私とレオンは今日、街で知り合ったんです」


 今にも緊張で倒れそうなレオンを不憫に思ったのか、空気の読める少女エマが助け船を出した。ね、とレオンの脇腹を肘で小突くと「そうなんです」と裏返った声がする。


「私、今日は辻馬車に乗っていたんですけど、街で悪い人たちに絡まれまして。そこをレオンが助けてくれたんです」


 エマの実家、リアル家は下級の貴族だがパッサン卿の功績もあって栄えている。本来はもっと上の身分を目指せるところだが、身分などに興味はないとパッサン卿が一蹴しているようだ。

 そんな家柄のエマは庶民よりも身なりがいいのは確かだし、少女一人ともなれば街で悪漢に狙われるのもうなずける。


「レオン、結構強いんですよ。悪漢を全員たおしてしまいました」

「い、いえ、そんな、凄くなんてないです。多少心得があるだけで」


 レオンはぶんぶんと首をふる。

 こんなガチガチの彼が悪漢をたおすというのも想像がつかないが、エマが嘘を言うことはないだろう。意外だ、という三人分の視線がレオンに集まって、彼はびくりと肩を震わせた。


「私がレイチェル様の見舞いに行くのだと話したら、レオンもレイチェル様を知っているということが分かって。このまま私一人で動いているとまた襲われるかもしれないし、護衛としてついていこうと言ってくれたので、お言葉に甘えたんです」


 なるほど、とお嬢様はうなずいて、レオンの名前を呼んだ。レオンはびくびくとお嬢様をみる。


「エマを守ってくれてありがとう」

「あ、いえ、そんな褒めていただくことでは――、レイチェル様の体調、そんなに酷くないようでよかったです」


 そこでやっとレオンはぎこちなく笑った。

 今日はもう遅いということで、二人は別館に泊まることになった。レオンは最後まで拒否していたが、お嬢様の「うちに泊まるのがそんなに嫌かしら」という一言で泊まる以外の選択肢が閉ざされたようだ。

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