第33話 訪問者

 日が暮れるまで掃除をして、やっとまずまずといった様子に仕上がった。


「もう疲れました。一生分の掃除をした気がします」

「大袈裟ね。まあ、頑張ったことだし、お茶でも飲みましょうか」

「そうしましょう」


 ふらふらとマリーは調理場に向かう。すっかり疲れ切っているようだ。ちょっとしたご褒美でもあげようかとポケットを探ったとき。


「ごきげんよう。お二人とも、ずいぶんとお疲れのようですね」


 こちらに歩いてくるのはレイチェルお嬢様の妹、ライラ様の使用人をしている銀髪銀目のジルだった。貴族の令嬢たちにいわせたら「優しい笑顔が素敵」という表情を今日も張り付けている。私には胡散臭い笑みにしか見えないのだが。

 顔をしかめる私の横で、マリーは慌てて背筋を伸ばした。世の令嬢と同じように、マリーも彼のファンなのだ。


「何か用事ですか」

「ええ。門の外にお客様がいらっしゃっていましたので、お連れしました」

「お客様って――、エマとレオン? どうしてここに」


 微笑むジルの背中から顔をのぞかせたのは、パッサン卿の孫であるエマだった。こんばんは、と一礼するにあわせて特徴的なポニーテールが揺れる。

 さらにその後ろには、街の少年レオンがいた。せわしなく視線を行ったり来たりさせて落ち着きがない。


 私とマリーは目を瞬いて二人を見つめる。


「こちらのご令嬢はパッサン・リアル卿のお孫様ということでしたので、お連れしました。少年もあなたたちのお知り合いということでしたので一緒にお連れしましたが問題ありませんね? ――それでは、たしかにご案内いたしましたから、俺はこれで」


 ジルはすらすらと述べると、一礼して背中を向ける。


「あ、ありがとうございました! 二人をここまで案内してくれて――というか、急いでいるようですが、何かありました?」


 慌ててそういうと、彼は振り返った。エマやレオンをみて、一瞬考えるような目をしてから私を手招く。

 不思議に思いながら近づくと、端正な顔が寄せられて小声で耳打ちされる。


「ライラお嬢様が今体調を崩されておりまして、そこまでひどいわけではないですが念のため側についておきたいんです」

「ライラ様が?」

「――協力者のあなたには一応、知っておいていただきたいのですが、ライラお嬢様はあまりお体が強くありません。度々こうして体調が悪化することがありまして」

「そうなんですか?」


 そんな話今まで聞いたことがなかった。ライラ様はいつでもにこにことしていて、弱い部分なんて見たことがない。病弱という言葉はライラ様には似合わない。


「――そういうことですので、俺はそろそろ行きますね」

「はい、ありがとうございました」


 全員に一礼して去っていくジルを見送ってから、私はエマとレオンに向き直る。ライラ様のことも気になるが、まずはこの二人についてだ。

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