第4話 美しい妹

 別館と本館の間には二つの屋敷を隔てるように庭園がある。庭師がよく手入れをしているため、いつだって季節の花が咲き誇っていて美しい。

 庭園の中央には噴水や、茶会をするための空間も設けられている。木々に囲まれた茶会のための小さな空間を、レイチェルお嬢様はかつて「秘密の場所」と呼んでいた。たしかに、秘密基地といえるほどのこじんまりとした場所だったのだ。その空間に植えられる花は、お嬢様とその母親である奥様が二人で考えて決めていたものだ。


 ――懐かしい。


 お嬢様はもうここ数年この庭に来ていない。

 私は想い出のつまった庭を歩いて本館の目の前まできたところで、庭で咲いている白いマーガレットに手を伸ばした。


 残念ながら、庭を散歩しようというマリーの誘いはいつものようにお嬢様に断られてしまった。だが、庭師に花を譲ってもらって、お嬢様の部屋に飾るくらいのお節介はしてもいいかもしれない。そうすれば、少しは部屋の雰囲気も明るくなるだろう。


 あとで庭師に相談をしよう。

 そう考えたとき。

 鈴を転がすような声がした。


「あら、リーフ。おはよう。ここで会うなんて奇遇ね」

「ライラ様――、ご機嫌麗しゅう」


 木陰から淡い桃色のドレスをまとった女性がにこにこと笑みを浮かべて現れた。女性の後ろには柔和な微笑みを浮かべる男性が付き従う。

 私はすぐにドレスの裾をつまんで挨拶をした。


 さきほどマーガレットに手を伸ばしているのをしっかり見られていたようで、女性は嬉しそうな顔をしていた。


「そのお花、気に入った? 私がお願いして植えてもらったの。お世話も手伝っているのよ。つい最近やっとお花が咲いたばかり」

「とても可愛らしいお花です。――あの、よろしければこのお花、譲っていただけませんか。レイチェルお嬢様のお部屋に飾らせていただきたくて」

「お姉様の? ええ、もちろん! ぜひ持っていって。あとで庭師に言って、用意してもらうわね」


 嬉しそうに手をあわせて、彼女は微笑んだ。


 豊かな栗色の髪がさらさらと風に揺れた。丸いエメラルドの瞳が太陽の光を浴びて輝く。白い肌はほんのりとバラ色に染まっていた。

 誰にでも分け隔てなく向けられる優しい微笑みのために、人は彼女を女神のようだと噂する。


 ライラ・バルド嬢。レイチェルお嬢様の腹違いの妹君だ。


「私は朝のお散歩をしていたのだけど、あなたも?」

「いえ、旦那様から呼ばれておりまして本館に伺うところです」

「お父様に?」


 ライラ様は私の周囲に視線を走らせた。


「お姉様は一緒ではないの?」

「レイチェルお嬢様は気分が優れないとのことで、私が代理で伺うよう言われております」

「そう――。私も先程お父様に呼ばれたの。きっと同じ要件よ。宮廷からお茶会の招待状が届いたようで、そのお話だと思うわ」


 ライラ様はそう言って微笑んだ。

 そして、一度戸惑うように視線をさまよわせて、口を開く。


「ねえ、リーフ。お姉様は――」

「ライラお嬢様、そろそろお時間ですよー!」


 何かを言いかけとき、本館から出てきたメイドがライラ様を呼んだ。


「本日はダンスのレッスンですわ。もうじき先生もいらっしゃいますから、準備をいたしませんと。それに、あまり外に出ているとお体に障りますわ」

「――ええ、そうね。今行くわ。ごめんなさいリーフ、また今度お話しましょう」


 ライラ様はこちらを気にしながらもメイドにせかされて本館へと入っていった。私は頭を下げて彼女を見送った。


 「お姉様は」という言葉に続くのは、どんな言葉だろう。私はメイドによって閉められた扉を見つめる。

 ライラ様は優しいから、きっと気遣いや心配の言葉が続くのだろう。その優しさに心が痛んだ。きっと私はそんな彼女にいい返事なんてできない。


 そう思っていると、後ろから声がかけられた。

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