第1話
俺の村は辺境にある小さな村で、地図にも乗らない小さな村。
何年も前に、みんなから親しみを込めて親方と呼ばれている町長が都会から移住し、何もない土地で一から作り上げたのがこの町。特産品もなければ、観光地もない、何にもないのが特徴の村だが、もれでも人情に溢れるいい村で、そんな、こんな村が案外好きだったりもする。
毎朝のルーチンはおおよそ決まっていて、俺が先に起きて朝食を作り、出来上がった頃にワトスをお越しにいく。この毎日のルーチンワークが崩れたのは、俺が風邪を引いて寝込んでいたときくらいのもので、それ以外は毎朝の変わらぬ日常といったところだが、何年ぶりだろうか、ワトスが俺よりも早く起きたのは。
「桜花オキテ」
寝ていたところをワトスに起こされた。
まだ寝ていたいと渋る体を半ば無理矢理布団から這い出て、そのまま洗い場に直行し顔を洗い、歯を磨く。
それらを終え、リビングに向かうとすでに朝食が準備されており、何ともいえない匂いが立ち込めていた。
「珍しいな。ワトスが俺より早く起きるなんて」
冷水で顔を洗ったが、まだ頭が覚醒していない。
「キョウハ、マチニイクンデショ? ダッタラ、ジュンビシナイトッテオモッテ」
2人とも同じタイミングで椅子に座ると、ちょうど向かい合う形となり、よくある朝食の風景がそこにはあった。
「へー、ワトスにしては珍しいな。いつもは俺が起こさないと起きないくせに」
それに昨日の夜は、街に行くより狩がしたいってぐずってたのに。
「ワトスダッテ、タマニハハヤクオキルヨ」
「……そうか」
俺はあんまり興味がなさそうな感じで返答をする。
とりあえず、朝食を頂こうとするが……。
「なあ、お箸とかフォークは?」
俺がワトスに聞くと、ワトスは——ヘ? っと、首を傾げた。
よく見ると、ワトスは何か大きな塊に齧り付くように食べており、俺も自分の皿に目を向けると、皿の上には大きな塊がひとつ、ドンっと置かれていた。
「そいうや、この朝食はなに?」
ワトスは齧り付いていた塊を離すと、ニクっと、答えた。
はて? 家に肉なんてあったか?
「キノウトッテキタ、モンスターノニクダヨ」
ああ、昨日の。そういや丸々残ってたな。
「これは丸焼きか?」
「ウン。ゼンブヤイテ、ソレデ、ハンブンニチギッタ。ブチッテ」
丸焼きにした肉を、素手で半分に千切るなんて聞いたことねーよ。
最初見たときはどんな食材を使った料理かわからなかったが……なるほど、半分に千切れてるのか、これ。
モンスターの成れの果てがこんな姿では、何とも報われない最後だろう。
「……そうか、久々にワトスが作ってくれて嬉しいよ」
引きつった顔で俺は言った。
それを聞いて、へへーんっと、誇らしそうに胸を張るワトス。
プルン、プルンと揺れる胸。
朝食を食べ終え、街に向かう準備をしていると、ドアを叩く音が聞こえたので、はーいっと、返事を返しドアを開けた。
そこには、大柄で筋骨隆々、片目には傷があり、きらびやかな首飾りをし、大きな大剣を背負った男が1人。
「桜花、俺だ」
この村でこんなに体格のいい男など1人しかいない。
「どうしたんですか? 親方?」
この男こそ、この村の村長で、この村を一から作り上げた張本人で、そして俺の育ての親である人物だ。
「おはよう。朝早くすまんな」
「いえいえ、どうされたんですか?」
「鉱石を交換しに行くんだろ? こいつも一緒に交換してきてほしくてね」
そう言って親方は小袋を投げてよこし、掴んだ小袋を開け中を確認すると、鉱石が入っていた。
「今朝捕れた分だから、そこまで量は多くないがついでだ、一緒に変えてきてくれよ。あぁそうだ、今回は隣町じゃなくてルヘルムに行くんだろ。懐かしいな。あそこはデカいから迷子になると大変だぞ」
「いつもはルヘルムから商人が来るんですけどね」
毎月隣町にはルヘルムから商人が来るのだが、今月はどうやら来ないとの噂を聞いたので、今回はルヘルムへ行くことにした。
「もういい歳だし、一回くらい都会に行って遊んで来いよ」
はははっと口を大きく開けて笑うと、背中をバシバシと叩いてくる。
「痛いですって、親方」
大きな掌が背中を叩くたび、朝食が腹の底から逆流してくる感覚に苛まれる。
ったく、その体格で人を叩いたらどうなるか少しは考えて欲しいが……——親方に何を言っても無駄であろう、この人が人の話を聞かないことなど、何年も前から知っているのだから。
「じゃあ、よろしく頼むぞ」
一頻り叩き終え、こちらに背を向けて立ち去って行くと、少し遠くから、
「もし、ヴォル…………あっ……しくな」
遠すぎて何を言っているのかうまく聞き取れなかったが、とりあえす、親方の分の鉱石も交換してくることになった。
家の中に入り出発の準備を続けていると、これから街へ行くのかっと、実感が少し湧いて来て、気持ちが少し浮ついてくる。なにしろ、都会の街に行くのは初めてで、都会の話はこれまで町の人に話を聞き、自分の中に想像として存在するだけだった街並みや雰囲気。それがいよいよ見られるともなれば、誰だって少しくらい気持ちが浮つくものであろう。
最後の荷物をバッグに積み込み、一息つこうかと思っていた矢先、玄関の扉が勢いよく開いた。
「桜花ミテミテ、コンナニタべモノモラッチャッタ。オカチャンニハ、ホシニク、モウタンカラハ、ウワラハラミミルクノシッポ」
朝食を食べ終えたあと、近所に挨拶回りに出ていたワトスが、何故か両手に食料を持って帰ってきた。話を聞くと、近所の方々がわざわざ分けてくれたらしく、ワトスはとても上機嫌にその場でクルクルと回り始めた。
「コレ、イッショニモッテイク」
ワトスから手渡された食料は、保存がきくように加工されており、このままでも持ち運びできるようになっていた——非常に助かる。
「街に着いたら、お礼にお土産でも買ってこよう」
「オミヤゲカ! オミヤゲ、ワスレズニカッテクル」
貰った食料をバッグに詰め込み、おおよそこれで準備完了である。
正午と言うにはまだ早すぎるくらいの時間、大きなリュックを背負った2人が、町の入り口に立っていた。
「どうだろうか? これから村を旅立つ若き男女のためにかっこよく演出して見たんだが?」
「ワトス、ワカンナイ」
「さいですか」
村で俺と1番歳が近いのはワトスで、それ以外になると、30も離れた年上が1番近くなる。そのせいか気軽に話せるのはワトスしかいない。
あぁ……、歳が近い話し相手が欲しいっと、切に思う。
もしかすると、街に行けば知り合いの1人、2人くらいできるかもしれないし、あわよくば恋人とか……——なんて、想像をしてみたけれど、何だか恥ずかしくなってきた。
「桜花、ハヤクイコウヨ」
ボウケンダーっと、元気いっぱいのワトス。
「しばらく戻ってこれないけど、忘れ物とか大丈夫か?」
「ヘーキ、ヘーキ。オニクモチャントモッタカラ」
お前は食べることしか考えないのか。
まぁ、食料が大事だということはわかるが……。
でも冒険というのはあながち間違いじゃない気がする。2人だけで遠くに行くのは初めてだし、何より、知らない土地、知らない街を目指すのは冒険と言わず、なんと言うのだろうか。心躍り、ワクワクする。これこそが冒険の醍醐味。
「さあ、行くぞワトス」
「オー」
他の奴から見れば大したことのない、都会の街に行くだけの小さな冒険だが、俺とワトスにとってはどれも未知の体験で、その気持ちは、未開の大地を探索せんとする、まさに冒険者のそれである。
これから向かうは貿易通行都市ルヘルム。
各大陸、地方から様々な物がこの都市に集まり、
一攫千金を夢見た商人が各地から集い、しのぎを削る。
夜になっても静まることのない人々の声が街をこだまする。
まさに繁栄を謳歌してるこの都市が俺たちの目的地である。
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