第41話

 文化祭本番まであと少しという事もあって演劇の練習にも熱が入る。


 『私は貴方の気持ちには応えられません』


 『何故ですか姫』


 『私は……え? ちょっと待って!』


 私は慌てて演技を止める。

 皆が何事かと集まってくる。

 その中の一人、脚本を書いた子に質問する。


「香菜ちゃん。セリフが変わってるんだけど?」

「脚本の相談に乗ってくれた先輩にソッチの方が良いって言われたから変えたんだ。勝手に変えてマズかったかな?」

「そうだったんだ。セリフが急に変わってたから驚いただけだから大丈夫だよ」

「ホント! よかった~」


 何がよかった~よ! 相談も無しに変更しておいて!

 って怒ってもしょうがない。

 問題はこのセリフを提案した先輩が誰かという事と、このセリフによって私の気持ちがバレないかという事だ。


「ね、ねぇ。相談した先輩って誰?」

「3年の桐谷先輩っていう人だよ。図書室で脚本書いてたらアドバイスしてくれたの」


 間違いない、友華さんだ!

 そういえば演劇部の脚本を書く事になったって言ってたかも。


「ご、ごめん。ちょっと体調悪いから今日は帰らせて貰っていいかな? 台本はちゃんと頭に入れておくから」

「うん、わかった。無理しないでね」

「ありがと」


 お礼を言って素早く荷物を纏めて教室を後にする。


 友華さんのクラスへ行くと「図書室にいるんじゃないかな」との事だった。

 考えてみれば友華さんは図書委員だった。

 そんな事も忘れてしまうぐらい我ながら焦っているのがわかる。


 図書室に入ると受付で本を読んでいる友華さんの姿を発見した。

 友華さんも私に気づいたらしく笑顔を向けてきた。


「こんにちは。どうしたの? そんなに慌てて」

「こんにちは。あの、今お話大丈夫ですか?」

「丁度利用してる人も居ないし大丈夫ですよ」


 そう言って受付から友華さんが出てきて奥の席に案内された。


「ここなら人が入ってきても直ぐ分かるし、周りに聞こえたりしないから安心して」

「有難うございます」


 促されるまま席に着く。

 どうしよう。勢いで此処まで来ちゃったけどどう話を切り出そう。

 そう悩んでいると友華さんから話を切り出した。


「此処に来たのは台本の事だよね?」


 まるで私が此処に来る事が分かっていたような口ぶりだ。

 だとするとあの台本は意図的に変えられた可能性がある。


「はい。どうして台本を変えたんですか?」

「変更する前の結末は覚えてる?」

「私が演じる姫と敵国の王子が結婚して戦争が終わりハッピーエンドでした」

「うん、そうだね」


 それが王子の求婚を断り、幼い頃から慕っていた実の兄との逃避行に変わっていた。

 王子と姫が居なくなった事で城が攻め込まれ国が滅ぶ。しかし国が滅んだ事によって王子と姫は誰からも責められる事なく幸せに暮らしてハッピーエンドという流れに変わっていたのだ。

 劇とはいえ実の兄妹で結ばれるのはどうなのだろうか。


 しかも自分の国を捨ててまで……。

 

「ハーレム……無くなっちゃったね」

「え?」


 どんな理由が帰ってくるのかと身構えていたら予想だにしていなかった言葉が帰ってきた。


「私はハーレムに……ううん、友也くんと柚希ちゃんに感謝してるの」

「どういう事ですか?」

「私は友也くんと知り合って変われたし、沙月は柚希ちゃんと出会って変わった。そしてハーレムで行動した事で私達姉妹は昔のように仲直り出来たから」


 友華さんは立ち上がりペコリと頭を下げる。


「ありがとう」

「そんな……」


 私は自分のためにハーレムを作った。

 こんなに改まってお礼を言われるのは心苦しい。

 

「だから柚希ちゃんの事を応援したいと思ってるの」


 そんな事を言って友華さんは受付に戻っていった。

 慌てて私も受付に向かう。


「どういう事ですか?」

「ふふ、そのままの意味ですよ」


 やっぱり友華さんは私の気持ちに気づいてる。

 だけどここで狼狽える訳にはいかない。


「そんな事で結末を変えたんですか?」

「う~ん、どうだろう」


 そう言ってくすくすと笑ってはぐらかされる。

 これ以上聞いても無駄だと判断した私が図書室を出ようとすると、すれ違いざまに友華さんが言葉を発した。


「実は私の初恋は従弟のタカくんだったのよ」


 その言葉で友華さんに振り返る。

 だが友華さんは本に目を落とし私には意識を向けなかった。


 今のは私を励ました……?

 答えが見つからないまま家路についた。



 その日の夜、早退した分の演劇の練習をしていると友華さんの言葉が何度も浮かんでくる。


 『私の初恋は従弟のタカくんだったのよ』


 これはどう解釈するべきなのだろう。

 演劇といい私の事を応援してくれてる? ってそうじゃない! 今は劇に集中しないと!

 頭を振って集中しようとした時


 コンコンッ


 とドアがノックされた。

 ドアを開けるとそこにはノートとペンを持ったお兄ちゃんが立っていた。

 

『私の初恋は従弟のタカくんだったのよ』


 友華さんの言葉が脳裏を過り顔が熱くなる。

 ブンブンと頭を振って平常心を心がける。


「どうしたの?」

「相談したい事があるんだけどいいか?」


 お兄ちゃんを部屋に招き入れ、会議の時と同じ位置どりで座る。


「で、相談って何?」

「実は文化祭にバンドとして出る事になったんだ」

「凄いじゃん!」

「ああ、サンキュ。でも問題はここからなんだ」

「何が問題なの?」

「曲に歌詞を付けてくれって頼まれて。歌詞ってどうやって書けばいいんだ?」


 ハーレムを経験してお兄ちゃんも色々成長したと思う。

 ちょっと前までのお兄ちゃんだったら絶対断ってただろうし。


 そういえばお兄ちゃんはハーレムの事どう思ってたんだろう。

 ハーレム解散した事もお兄ちゃんに伝えないと。


「そういえばさ、この間ハーレムの女子だけで話し合ったんだよね」

「あ、ああそうなのか」

「で、ハーレムは解散しました」

「ふーん……ってマジで!?」

「ちょ、声が大きい!」

「わ、悪い」


 ハーレムを嫌がっていたお兄ちゃんがここまで驚くとは思わなかった。

 

「それでお兄ちゃんに聞きたいんだけど、ハーレムの事はどう思ってた?」


 少し考えた後お兄ちゃんが口を開く。


「最初は心の中でずっと反対してた。でもハーレムが始まってから皆の楽しそうな笑顔が嬉しかった」

「私達が勝手に作って勝手に騒いでただけだけどね」

「まぁ、そうだな。でも俺も強く否定はしなかったから楽しかったんだと思う」

「そっか」


 ずっと嫌々付き合ってくれてたと思ってたけどお兄ちゃんも楽しんでくれてたんだ。


「ハーレムが解散した切っ掛けはね、皆やっぱりお兄ちゃんを独り占めしたいからなんだよ」

「やっぱりハーレムは苦しかったのかな?」

「そんな事ないよ!」


 皆本当に楽しくやってたと思うし、ハーレムをやったからこそ出来た絆や決意はあるんだ!


「友華さんがね、ハーレムに感謝してるって言ってた。ハーレムが無かったら沙月ちゃんと仲直り出来なかっただろうって。それに先輩達も自分の気持ちと向き合えたって」

「……そっか」


 そう呟いてお兄ちゃんは暫く思案した後


「自分でもずっとこのままはっきりしないのはダメだと思ってた。今の話を聞いて、やっぱり今、決意しなくちゃいけないって思った」


 と真剣な表情で応える。

 何かが吹っ切れたみたいだ。


「じゃあ、誰か一人に決めたの?」


 私がそう聞くと「ああ」と短く答え立ち上がる。

 そしてそのまま部屋のドアの前まで行くと


「もう迷わない。俺はその女性ひととずっと一緒にいたいと願うよ」


 と残して部屋から出ていってしまった。

 あんなに真剣なお兄ちゃんは見た事がないかも。

 

 結局その日はお兄ちゃんが誰を選んだのか気になって劇の稽古が出来なかった。



 次の日の夜、グループLINEで新島先輩がフラれた事を知った。

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