第20話

 伊藤さんと上杉先輩が席に座り、改めて乾杯をする。

 上杉先輩は軽く自己紹介をしてくれた。

 男子3人は同じ高校の2年生らしい。

 

「沙月ちゃん、それ桜臨の制服? スゲー似合ってるね」

「ホントですか~?」

「俺ウソつかないから。あ、そのピアスも可愛いね」

「嬉しい~。ありがとうございます~」


 狙い通り制服を褒められた沙月ちゃんは上機嫌だ。

 服装を褒める辺り、上杉先輩も場慣れしている感じがする。


 そんな2人の傍らで香織はモジモジしていた。

 そういえば上杉先輩が参加してから一言も発してない。

 どうしたんだろう?

 

 そう思った時、阿部さんがテーブルを乗り出し小声で


「香織と上杉は昔付き合ってたんだよ」


 と言ってきた。


「え? そうなんですか?」

「あぁ。香織は今でも上杉に未練あるみたいだけど、上杉の方はもう興味なさげだな」


 この人たちもしかして、香織が帰るのを阻止するために上杉先輩を呼んだの?

 香織が残れば私も残るだろうと予想して。


 ……まんまと乗せられたってわけか。

 ちょっとムカつく。


 笑顔の裏でそんな事を考えて過ごしていると、上杉先輩は私に話しかけてきた。 


「ねぇ柚希ちゃん。佐藤……いや、友也は元気にしてる?」

「あ、はい。元気ですよ。高校も同じ咲崎ですし」

「へぇ、そっか」


 聞いてきた割にはそっけない返事を返された。

 私とは仲良くしたいけどお兄ちゃんには興味ないみたいだ。  

 そんな上杉先輩とは対照的に沙月ちゃんが食いついてきた。


「え! 柚希ちゃんお兄さんいるんだ~」

「うん。一つ年上で上杉先輩と同級生だよ」

「へぇ~。柚希ちゃんカワイイし、きっとイケメンなんだろうなぁ」


 などと勝手に妄想を繰り広げては目をキラキラさせている。 

 余程イケメン男子に目がないらしい。

 すると上杉先輩が苦虫を噛み潰したような顔をして割り込んできた。


「あ~ダメダメ。やめといた方がいいよ。友也は妹ちゃんと違うから」

「え~どういうこと~?」

「まぁ簡単に言っちゃうと柚希ちゃんとは正反対って感じかな」


 得意げに語ってはいるが、お兄ちゃんとはそこまで親密だったとは聞いていない。

 上杉先輩はお兄ちゃんの何を知ってるんだろう?

 私は少し苛立ちを感じていた。

  

「え~兄妹でそんなに違うんだ~」

「そうなんだよ。他の男子もにわかに信じられない! って感じだったし」


 沙月ちゃんは「ふ~ん」と言いながらストローでジュースをクルクル掻き回している。

 お兄ちゃんに興味を失くしちゃったのかな?

 それはそれでちょっと嫌だな。


 今のお兄ちゃんの事をみんなに知ってもらいたい。

 そう思った時に丁度私のスマホの着信音がした。  


「あ、お兄ちゃんからLINE来た」

「へぇ。兄妹で連絡取り合うとか仲良いんだね」

「えぇ、まぁ」

「それで、何て来たの?」

「今キャンプ場に着いたって来ました」

「はぁ? キャンプ? アイツが?」


 上杉先輩は信じられないといった表情で答える。

 私も内心、段々とムキになってくる。


「はい。お兄ちゃん今、高校の友達と泊りでキャンプ行ってるんで」

「へぇ~。あの友也にもそんな友達出来たんだな。物好きもいたもんだな」

「そうなんですよ~。私もビックリしちゃって~。あ、中居和樹先輩と水樹孝弘先輩って言うんですけど」


 2人の先輩の名前を出した途端、その場の時間が一瞬止まった。

 思った通り、あの先輩たちの影響力は大きいみたい。


「いやいや柚希ちゃん。それは無いっしょ」

「ホントですよ。写真見ます?」

「柚希ちゃん。たか……水樹先輩の写真、あるの?」

「え? う、うん」


 その場の全員が興味津々に私に注目する。

 私がお兄ちゃん達の写真を見せると、みんなが揃って覗きこむ。


「うわっ全員イケメン!」

「マジで中居くんと水樹くんじゃん!」


 予想通りの展開に自然と笑みが込み上げてきた。

 愉悦を感じた私は、次々と写真をスライドしてみせる。

 

「結構仲良いらしいんですよ。ほら、これなんか肩組んじゃって」

「え、ちょっと待って。……友也どこ?」

「居るじゃないですか。ココに」


 私は真ん中のお兄ちゃんを指さすと、場が一瞬にして盛り上がった。


「マジで!? 変わりすぎだろ!」

「え~! スゴイカッコいい~!」


 これだけ反応してもらうと、私も頑張って特訓した甲斐があったかな。

 満足した私がスマホを仕舞うと、みんな興奮気味に席に戻った。


「柚希ちゃんと正反対って言ってたけど、全然そんなことないじゃん!」

「お、おう……じゃなくて、中学の頃はホント別人だったんだって!」

「え~信じらんない」

「マジだって!」


 上杉先輩、見るからに動揺してるなぁ。

 それに引き換え、沙月ちゃんは素っ気ない態度で受け流してる。

 何だか面白い光景だ。

  

「いやぁそれにしても、驚いたなぁ」

「だよな。まさか妹さんだけじゃなくお兄さんまでイケメンなんて」

「そこじゃねえだろ! あの中居くんと水樹くんと友達なんだぞ?」 

「あぁ、そこか」 


 阿部さんと伊藤さんがそんな話をしていると、沙月ちゃんがまた不機嫌そうになる。

 さっきから沙月ちゃんの様子が少しおかしい。


 たぶん、水樹先輩の名前に反応してる。

 よし、ちょっと探ってみよう。 


「中居先輩と水樹先輩ってそんなに有名なんですか?」

「そりゃあそうだよ! 中居くんはサッカー部のエース! 水樹くんはファンクラブこそ無かったけど、時折見せるその鋭い眼光に他校の女子ですら虜になってたんだぜ」


 私が訪ねると、興奮気味に伊藤さんが話してくれた。

 そして、水樹先輩の名前が出たところで沙月ちゃんを一瞥すると、明らかに機嫌が悪くなっていた。

 

「お二人とも昔から変わってなかったんですね」

「そうなんだよな~。特に水樹くんなんて――」

「孝弘の名前は出すなって言ったでしょ!」


 沙月ちゃんは声を荒げ阿部さんと伊藤さんを睨みつけた。

 やっぱり水樹先輩との間に何かあるみたいだ。

 

「わ、悪い」

「ふん! トイレ行ってくる!」


 そう言って沙月ちゃんは部屋を出ていった。

 誰もが呆気に取られている中、香織が小声で囁いてきた。


「沙月大丈夫かな?」 

「私が様子を見てくるから心配しないで」 

「え、でも……」 

「香織は香織で頑張って。ね?」


 香織の肩をポンと叩き、私は沙月ちゃんを追って部屋を出る。



その20


「あ、柚希ちゃんも来たんだ」

「うん」


 トイレに入ると鏡の前に沙月ちゃんが立っていた。

 怒っている様子は微塵もない。

 

「ごめんね~。心配かけちゃった?」

「ううん、全然。むしろ心配なのは香織の方かな」

「香織と上杉さんの事、知ってたんだ」

「うん。さっき気づいたんだけどね」

「ふ~ん。ま、香織もあれだけ上杉さんにアツい視線送ってたら無理もないよね」


 そう言いながら鏡の前でリップを塗りなおしている。


 なんだろう。

 部屋にいた時とは違って妙に醒めた感じがする。

 少し取り繕っているけど、たぶん、今が〈本当の〉沙月ちゃんだ。


「香織と上杉さん、うまく元鞘に収まればいいね」

「そうかなぁ? 私はそうは思わないけど」


 上杉先輩がどういう男性かはもうわかっている。

 きっとあの人は香織には合わない。


「どうして? 香織は柚希ちゃんの友達でしょ? 応援してあげないの?」


 確かに香織は友達だ。

 でもそれだけの関係であって、わざわざ香織の恋をどうこうするつもりはない。


「別に。それに、応援したところで上杉先輩の興味は別の方にあったみたいだし」


 はっきり言って先輩も香織もどうでもいい。

 今の私が興味があるのは目の前のこの子だけだ。


「やっぱそうだよね~。あの人、終始私たちの方にしか食いついてきてなかったし」

「うん。ま、私としてはあんな人から注目されても願い下げだけど」


 私が本音を吐き出すと沙月ちゃんは一瞬目を見開いた。

 そして、薄く微笑んだ。


「柚希ちゃんって面白い子だよね」


 妖艶さと無邪気さを併せ持ったその瞳は、私の心の深くまで見透かしているように感じた。

  

「ふふ、沙月ちゃんもね」

 

 私も口角を上げて薄く笑い、そう返した。


 沙月ちゃんは今、私の素性に興味を持っている。

 桐谷沙月と同じ匂いをした佐藤柚希に。


 それを確信した私は沙月ちゃんを誘う。


「ねぇ、この後時間あるかな? 2人きりで色々話したいと思ってたんだ」

「奇遇だね。私もそう言おうと思ってた」

「やっぱり」


 約束を取り付け、沙月ちゃんと私はトイレを後にした。

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