第17話 カミングアウト

「マズイわ!? 悪霊化の前兆よ! ったく、だから言ったのに!」


 男の身体から黒い霧状のものが噴出し始め、それが男の全身を覆い形態を変貌させていく。

 そして男だったモノは姿形を変え、醜いゴブリンのような存在として生まれた。


「グギギギギィィィィッ!」


 見た目も鳴き声もゴブリンのまんまだな。

 俺はつい異世界では何百体以上もぶっ倒した奴のことを思い出してしまう。


「くっ、素早い小鬼系の悪霊ね! ヒロ、下がってて!」

「は? ソラネ、まさかアレとやり合うつもりなのか?」


 アレがゴブリンと同等の実力を持っていたとして、常人が戦うには難しい。少なくとも異世界だったら。


「当然よ! それが私の仕事だもの!」


 するとソラネが懐から一枚の札を取り出した。


「我が言霊に応じ、馳せ参じよ――《火俱夜かぐや》!」


 ソラネが投げた札が発光した瞬間、ボボンッと白い煙へと変わり、その中から驚くべき存在が姿を見せた。

 現れたのは、赤い着物を纏ったからくり人形のような面相をした女性型の物体。

 その両手には鉄扇を携え、凛とした佇まいでソラネの前に立っている。


「《火俱夜》、さくっと終わらせるわよ! ――《火葬扇かそうせん》!」


 ソラネの言葉を受けた直後、人形がひとりでに動き出し、悪霊に向かって扇をサッと振るった。

 すると扇から炎が噴き出し、悪霊を包み込むように渦を巻いたのである。

 そのまま逃げ道を失った悪霊は、炎に抱かれてしまう。


「グギャァァァァァァッ!?」


 苦悶の声を上げながら、悪霊の身体が徐々に光の粒となって消失していく。

 そして炎とともに悪霊は欠片一つ残さずに、この世から滅したのである。


「ありがと、《火俱夜》。お疲れ様」


 人形がボボンッと煙に変わると、札へと戻って燃え散ってしまった。


「はぁ……本当は自分で成仏の道を選んでほしかったんだけどなぁ」

「…………あ、あのぉ、ソラネさん?」

「? 何よ、さん付けなんかして」

「い、いやぁ……いろいろ説明が欲しいなぁって思いましてですね、はい」

「あーそうね。とりあえず今の男が幽霊で、悪霊になったってことは分かった?」

「何となく」

「よろしい。そんで、そういう悪霊を退治するのがアタシの仕事なの」

「仕事……? それって正式なものなのか?」

「もちろんよ。アタシたち『妖祓い』は、ちゃんと正規のルートで依頼を受けて動いているもの」


 つまりどこかしらから金銭が発生している立派な仕事らしい。


「じゃあさっきの人形みたいなのは?」

「人形じゃないわよ! まあ……見た目はそう見えるかもしれないけど。あの子の名前は《火俱夜》っていって、アタシの式神よ」

「式神? それってあれか? 漫画とかアニメで陰陽師が使ってるような」

「そういう認識でまあ構わないわよ。てかホントに何も知らないのね。そんなに霊力を持ってるくせに」

「……は? 霊力? 俺が?」

「そうよ。だからこうやって現場を体験してもらったわけだし」

「…………ちょ、ちょっと確認させてくれ。俺を連れてきたのは、詰まるところどういった理由なんだよ? ほら、相棒とか何とか言ってたけどさ」


 いちいち説明が面倒ねぇと言いながらも、ソラネは俺の目を見て説明してくれる。


「いい? アンタは気づいてないようだけど、アンタには凄まじい霊力が備わってるのよ。今日それが分かった。だからアタシの相棒になって、一緒に『妖祓い』の仕事をしてもらおうって思ったのよ」


 ……つまり俺の中には、ソラネが認めるほどの『妖祓い』の才能があるってこと? いやいや、霊力とか言われても、そんなもん初めて知ったんだけど!?


「あ、あのよ……霊力とか言われてもピンとこねえんだけど」

「ホントに気づいてないのね。教室じゃ、あんだけの霊気量を出してたのに」


 ああもう、霊力か霊気量かどっちかにしてほしいんだけど。


「教室? ……心当たりがないんだが?」

「ほら、アンタが制服を壊した時があったでしょ? 右腕部分の」

「……ああ、確かにな。んで、それが何?」

「その時に、このアタシでも敵わないほどの霊気量が放出されてたのよ。てかもうビックリよ。今まで付き合ってきて、アンタにあれほどの霊気が備わってるなんて知らなかったし。アタシの霊感もまだまだね……はぁ」


 いや、はぁ……じゃないんだけど?


「というかまあ……俺に霊力があったとして、まったくの素人だぞ? そんな奴がお前みたいなプロ? についていけるわけがねえだろ?」

「大丈夫よ。アンタなら凄腕の『妖祓い』になるわ! このアタシが保証する! だってアンタは『恐山の仙女』って言われたアタシのお祖母ちゃんよりも霊気量が多いもん! 男でこれは凄いことなのよ! きっとアンタならかつて最強の陰陽師と呼ばれた安倍晴明のような『妖祓い』になれるはずよ!」


 えぇ……俺はそんな物騒な世界に足を突っ込みたくないんですけどぉ。できれば平和に安穏とした日々を過ごしていきたい。


「そしてそんな傑物を発掘した人物として、アタシもまたこの業界で引っ張りだこの有名になるはずよ! そうすればお給料だってたっくさんもらって……ぐふふふふ」


 ああ、意外にも俗物主義だったのねコイツ。


「さあ、アタシと一緒にヴィクトリーロードを突き進むわよ、ヒロ!」

「いや、そういうの結構なんで」

「…………へ? ちょ、ちょっと聞き取れなかったわね。も、もう一度聞くわよ、アタシと一緒に――」

「俺は普通に暮らしていきたいから無理っ!」

「何でよっ!? そこはソラネの頼みなら仕方ねえなってツンデレめいたセリフを吐いて、アタシと一緒にマネーロードを歩むところでしょうが!」


 あれぇ? ヴィクトリーロードじゃなかったっけ?


「あのなぁ、よく分からん世界にいきなり連れて来られて、一緒に戦っていきましょうとか言われても無理だっつーの」


 似たようなことは二年前にあったけども。いや、だからこそ二度目は嫌なんだ。


「アンタにはものすっごい才能があるのよ? きっとお金だってバンバン稼げるし、有名にだってなれるわよ?」

「金もそんなにいらねえし、地位や名誉なんてものもいらん。俺は平凡に過ごしていきたいんだよ」


 下手に地位や名誉があれば、絶対に厄介な事件が絡んでくるんだ。俺はそれを異世界で学んだのさ。


「…………どうしても?」

「どうしてもだ」

「うぅ…………どうしても?」

「何で二回目? NPCかお前は」

「むぅぅぅ! だってぇぇぇ!」

「いやな、他ならぬお前の頼みだから引き受けてやりたいのは山々だけどよ、さすがに世界が違い過ぎて、そう簡単に決められるわけがねえだろ?」

「じゃあ時間あげるから考えて!」

「考えても多分拒否するぞ」

「それでもいいからとにかく考えてみて! お願い!」


 必死に頭を下げてくるソラネ。コイツがこんな態度を示してくるのは非常に珍しい……というか初めて見た。

 いつも自分に自信を持っていて、悠然と構えている姿しか見せないからなぁ。

 まあ考えたところで結果は変わらんが……。


「わーったよ。じゃあちょっと考えてやるから」


 このセリフで少しでも満足してくれるなら、それでいいや。


「ホント! あはは、やっぱりさすがはヒロね! 良い返事を期待してるわ!」


 そんな満面の笑みを見せてこないで。罪悪感がハンパないから。

 こうして俺は、またも数少ない友人から強烈なカミングアウトをされたのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る