第6話 誘拐

 ――放課後。


 昨日からの約束通り、今日はソラネと一緒にしおんの家へ行って、しおんが作成した試作型のボードゲームをテストプレイするのだ。

 どうせなら一緒に帰ろうということで、俺たちは三人で並んで正門を出た。


 美少女ランキング上位者二人を連れ立っていることもあり、めっちゃ男どもの視線が痛かったが、実は結構慣れている。

 何せ異世界でも、何故か俺の周りには美女美少女が多かった。そのために妬み嫉みの感情に晒されるなんて、向こうでは日常茶飯事だった。


 過激な連中は、美少女から手を引けと襲い掛かってくる始末。当然全員返り討ちにはしたけど、何度も何度もそんなことがあれば嫌でも慣れてしまう。


「そういやしおんの家に行くのって久しぶりだなぁ」

「そうね。前にテストプレイで行ったっきりだから、一ヶ月ぶりくらいじゃない?」


 おっと、危ない危ない。俺の中で二年以上という月日があったから、思わず声に出てしまったのだ。

 でもそっか。一ヶ月ぶりだったか。


「しおんの家、今日も両親いないの?」

「うん。世界中を飛び回ってるから」


 実はしおんの家も、そこそこの金持ちなのである。

 さすがに虎さんの家には及ばないものの、親戚筋も多く休日に立食パーティとか参加する程度にはセレブリティだ。


 ただ両親はいつも忙しくて、結構な付き合いの俺でも会ったことがない。ソラネもないらしい。

 しおんには大学四年生の姉がいて、家のことはその姉が全部取り仕切っている。彼女はしおんと違って、どちらかというと活発というか感情豊かな人だ。


 男の俺にも遠慮することなくボディタッチ多めのスキンシップをしてくるので、いつもドキドキさせられてしまう。あ、しおんと同じ美少女というか美女だからな。


「あ、でもしおんのとこには、あの超万能な執事さんがいるし羨ましいわよねぇ」

「え? 滝宮さんのこと?」

「そうそう。確かもう六十歳を超えてるのに、いまだに毎日10キロのランニングを欠かさないんでしょ? それに家事全般はできるし、この前作ってくれたケーキなんてお店レベルだったわ。どんな完璧人間だって話よね」


 ソラネが言う執事とは、しおんの家に仕えている滝宮十三さんのことだ。

 物腰が非常に柔らかく、穏やかでこれぞ紳士って感じの男性である。あの立ち振る舞いは誰にもできることではない。


「今日も迎えに来てもらったら良かったんじゃない?」


 しおんは俺たちと登下校をする約束をしていない時は、決まって滝宮さんが運転する車で送迎してもらっているのだ。


「滝宮さんは、ちょっと実家に用事があってね。ここ数日出掛けているんだよ」

「そうだったのね。残念だわ。じゃあ家に行っても、滝宮さん特製のお菓子は食べられないのね……」


 相変わらず食い意地を張っていやがる。まあ確かに彼が作る菓子は絶品だから気持ちは分かるけど。

 その時、誰かのスマホの着信音が鳴り響いた。


「あ、アタシね。ん~げっ、マジかぁ」

「どうかしたの、ソラちゃん?」

「あーごめんしおん、アタシ帰らなくちゃいけなくなったわ」

「え? どういうこと?」

「お父さんがギックリ腰で倒れたって。ほら」


 そう言ってスマホを見せてくる。そこには『お姉、お父がギックリ腰! ヘルプ!』という文字が書かれていた。

 ちなみにこの連絡は、彼女の弟からだ。


「もう……今日はお父さんが家事当番だったのにぃ」


 ソラネの家は共働きで、家事はできるだけソラネも手伝って三人で分担しているらしい。

 今日は親父さんだったらしいが、聞くところによると洗濯物を入れた籠を持ち上げた時にやってしまったとのこと。


「ほんとーにゴメン! この埋め合わせは絶対にするから!」

「ううん、そういうことならしょうがないよ。お父さん、お大事にね」

「うん! ヒロ、しおんをちゃ~んと家にまで送りなさいよね!」

「はいはい、分かったからお前はさっさと家に帰ってやれ」


 再度ソラネは俺たちに謝ると、駆け足でその場を去って行った。


「やれやれ。これじゃテストプレイはまた今度、だな」

「そうだね。でもしょうがないよ。……ろっくんも、ここで解散でいいよ?」

「そんなわけに行くかよ。お前を一人で帰して何かあったら、俺がソラネにぶっ殺されちまう」


 そんなことはないとは言えない世の中だしな。だってバスジャックがあるくらいだし。

 それに何だか嫌な胸騒ぎもする。こういう直観は、異世界でも役立ったので信じているのだ。


「ほれ、さっさと行こうぜ」

「う、うん! えへへ」


 そうして俺たちは二人で肩を並べて、しおんの家へと向かう。

 だがしばらく歩いていたその時だ。

 少し先にある左側の脇道から急に車が出て来て、俺たちの目の前で急停止した。


「きゃっ!?」

「っと、いきなり飛び出てきて危ねえな」


 すかさずしおんを抱きかかえるような形で停止させたが、その直後、目の前にある真っ黒いバンのドアが勢いよく開き、そこから黒スーツの男たちが何人も出てきたと思ったら、俺たちを車の中へと押し込んでいく。


 ……ほらね、やっぱ物騒な世の中だし。


 連れ込まれながらも、俺は比較的冷静だった。

 当然しおんは悲鳴を上げて抵抗していたが、「お友達を傷つけたくなければ大人しくしろ」と耳元で言われて、仕方なく従う態度を見せている。


 すぐに俺としおんは、後ろ手に手錠を嵌められて自由を奪われてしまう。


 さてさて、いきなり殺すつもりはなさそうだけど、コイツら一体何者だ?


 明らかに誘拐だ。俺がターゲット……なわけがない。

 十中八九、狙いはしおんだろう。彼女は金持ちだし、狙われる理由としては十分だ。

 ただ何で俺まで引き込む必要があるのか。

 あの場で俺を気絶、もしくは殺したって良かったはずだ。

 それなのにこうして拘束して一緒に運ぶ理由が分からん。


 ……ちょっと様子を見ておくか。


 その気になればいつでもここから抜け出せるし、しおんも今は怯えているが手を出すつもりもないようだから、情報収集がてら見守ることにした。

 だが冷静過ぎる高校生というのもおかしな話なので……。


「お、おい! いきなり何だよこれ! 俺たちをどこへ連れていくつもりだ!」

「いいから黙れ」


 チャキ……。


 おーいおいおい。まさか銃まで持ってらっしゃるとは……。


 俺はこめかみに向けられた銃口に、恐怖で固まる演技をする。


「止めて! ろっくんは……その人は関係ないでしょ!」


 どうやらしおんは、自分のせいでこうなっていることを自覚している様子だ。

コイツらに何か心当たりがあるみたいだな。


「――ほほう。ご友人に関係ないとはずいぶんな言い草ですなぁ」


 その時、助手席の方から声が聞こえてきた。

 しおんがそちらに座っている人物を見てハッとなる。


「……っ!? ……重道おじさん」


 まさかの知り合いだったらしい。


「これは御無沙汰してますな、しおんお嬢様」


 脂ぎった顔と身体。ここからでもその様子が明確に分かる。


 歳は五十くらい……だろうか。あくどい政治家みたいな顔してやがる。


「もうすぐお家に着きますので、少々窮屈でしょうが我慢してくださいな」


 窓から流れる景色を見れば、何故かしおんの家の方へ向かっていた。

 誘拐だったとしたら、直接誘拐した本人の家に行くのは何でだ?

 そんな誘拐犯は見たことも聞いたこともない。ただリスクが上がるだけだろうに。


 ならこれは誘拐じゃなく、別の理由があるって考えるのが正しいか。

 俺はチラリとしおんを見ると、彼女は俯いたまま「ごめんね、ごめんね、ろっくん」と呟いている。

 とりあえずコイツらの目的がまだ分からないので、実際に手を出してくるまでは静かにしておくことにした。

 そうしてしばらくすると、車はしおんの家の前へ到着した。




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