食事の時間
居酒屋兼食事処となっている、宿屋のロビー前は今宵も大賑わいだ。相も変わらず、人造人間以外は、全員女ばかりの集団とくれば、ちょっかいの一声もあるが、そんな相手をアスナがキッと睨み返すと、
「げっ。聖騎士……」
「随分、若ぇな。ホープってとこか」
などと、その出で立ちに、すぐに冷やかしの体をやめ、退く者も現れるのだから、ハンター界隈での彼女の立場は、強いものなのだろう。
やがて、ウェイトレスによって運ばれた食事や飲料水を各自が楽しみ始めると、ガールズトークは、すぐに花が咲いた。
「だけど、やっぱり、すごいなー。マーブルさん、あの圧縮カプセルを発明した、オタカラコーポレーションの会長の娘さんなんてー。あれ、狩りのとき、すごく役立たせてもらってる」
「狩り?」
そして、聞き慣れぬ言い方に聞き返したマーブルの視線の先では、鼻の下をすっかりのばしたマガネが口をあーんとさせていて、それにすら食べさせようと食器を運ぶアスナの視線は、すっかり愛おし気であったりするではないか。
「…………!!」
マガネと一緒にいれば、見慣れてる方の光景ではあるが、年ごろの乙女にとっては、つい、目元も泳いでしまうときがあるというものだ。すると、
「そっか。マーブルさんは知らないよね。わたしたち、ハンターはね。魔物を討伐にいくことを、狩りって言うんだよ」
「へ、へぇー。っていうか、アスナさん、わたし、年下なんだから、さん、なんてやめてよー」
「そう? じゃあ、マーブルちゃん、で、い?」
「もちろんよ!」
乙女が明るく答えた矢先、アスナは、「ほら、マガネちゃん、こぼしてるー」などと、まるで世話好きな年上女房の風貌ですらある。
しかし、友としては、その性的指向に理解はあるというものの、マーブルの不思議といえば、マガネの、一度決めたら、狙った獲物を絶対逃したことのない、その、手の早さのことだ。昔ながらの付き合いではあるが、彼女が陥落させた乙女たちと言えば、マーブルが知る限り、皆が皆、もともとは女の子には興味がなかった感じなのだ。ましてや、今回の乙女など、マガネが話しかけにいった際には、すぐ隣にボーイフレンドがいたはずではなかったか。
(……最短記録じゃない? よくやるわね~)
今や、すっかりラブラブ具合を見せられながら、つい、まじまじと、そんな二人を眺めていた、その矢先だった。
「マーブル、ママ……」
「んー?」
声にマーブルが振り向けば、大きな巨体は、食い散らかした食事を前にして、なんだかもぞもぞとしているではないか。
すっかり、目の前の光景に気を取られていた。そして、マーブルが、「こらー、汚いわよー」くらいな一言は言ってやろうとしていると、
「オ、オレモ、シテホシイ」
「んー? なにをー?」
「マガネ、ミタク、アスナ、シテルノ、シテホシイ……」
などと、今にもアスナがマガネの口元に食事を運ぼうとしている方を指さし、指をさされた先では、アスナが少し驚いたような表情をテトにむけるなか、一度パクリとした後に大爆笑を起こしたのはマガネであった。
途端に赤面したのはマーブルだ。
「は、はあ?!」
「……シテホシイ……! キット、タベル、モット、タノシイ……!!」
作り主の剣幕の圧には萎縮するものの、うつむきながらも懇願する人造人間の口ぶりは切実ですらある。
「もーう、とうとう、へんなこと、おぼえちゃったー」
「いいじゃにゃいかー。してあげなよー」
「あんたのせいじゃ!!」
尚も顔を真っ赤に、マーブルが悪友に猛抗議をしていると、そんなやりとりにクスッとアスナも笑ったが、
「君が、ロボットとは違うこと、わたしも、ちょっとわかっちゃったかな」
などと、テトに微笑んでみせれば、大きな巨体は、恥ずかしげに更に縮こまるのだから、それには、再びマガネが爆笑を起こせば、つられるようにして、アスナももう一度、クスッとするのだった。
今や、マガネの冷やかしは止まらない。
「ほらー。少年の口はでっかいんだからー! マーブルも豪快にすくってやんないとー!」
「もう、マガネちゃん、そんなふうに言われたら、マーブルちゃんが恥ずかしい!」
アスナが諫めるが、今度はマガネの爆笑が続く。
そして、とうとう、頬も膨らませた赤面のマーブルは、食器を運ぶと、テトの口元まで持ってってやり、
「はい……あーん」
などと、一声発すれば、大きく根本まで裂けた口は見事に開き、その上に乗っかっていた食事を一気に平らげるというものだった。
「うまいか?! うまいか?! 少年!」
尚もマガネは爆笑している。そしてそれに、女房はたしなめるよう接しつつも、マーブルに振り向くと、
「ねぇ、夏休みの自由研究の旅を、してるんだよね?」
「え? う、うん。まあ、ほとんど、ノープランだけどねー。この子のためになるなら、別にずーっとこの星だっていいしー」
「ほんと?!」
「えっ?」
そして、顔を火照らせ給仕を続けていたマーブルだったが、予想外の歓喜の響きに思わず視線を移せば、アスナの瞳はパッと明るくなってこちらに向いている。
「わたし、訓練や、狩り、終わったら、毎日ここ、来る! いえ、そうさせて?! たしかに魔物は多いとこだけど……きっと、テトくんのためになるもの、たくさん、あると思うからっ」
「……いいのかにゃ~、お姉たま」
その言葉に直ぐ隣のマガネがニヤリとすれば、騎士の乙女にしなだれるように近づき、慣れたふうに、その腿などを撫で始めると、途端にビクリとした反応が起こったが、
「それだと、お姉たま、毎日、私に食べられちゃうぞ~。か・ら・だ・持つかにゃ~?」
と、まるで、わざとらしく舌なめずりで黒いセーラー服は迫るではないか。
「ん……は……!」といった短い吐息をアスナは起こしたが、「バ、バカにしないで! だてに鍛えてないわよ!」などと、プイとそっぽを向いたと思えば、
「毎日でも……あげたいから、来るんじゃないっ」
といったそれは、もう、立派なツンデレだった。
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