17/ E.A.Cデバイス


 ミーティングは一時間で終了し、その後すぐに健康診断が行われた。

 霧上さん、そして雨宮さんが助手として身長体重測定に始まり、採血や心電図、CT検査まで体の隅々まで調べられた。

 学校の健康診断とは比べものにならない、もはや人間ドックと同等の検査。こんな精密な検査は僕も受けたことはなく、目が回りそうになった。

 異世界転移を行うということもあり、探査員の身体チェックは重要不可欠のようらしい。


「−−うん。血圧も脈拍も正常値。肺機能や運動神経も平均値で、健康そのもの。今のところなにも異常はないわ。あとは詳しい検査結果を待つだけよ」

「……よかったです」


 ミーティングよりも長きに渡る、目紛しい健康診断が終わり僕はほっと息をついた。

 あっという間に時間はお昼過ぎ。霧上さんの指示で朝からなにも食べていない。健康的な高校生男子はそろそろ餓死してしまいそうだ。


「今日の予定はとりあえずこれで終了だから、お昼を食べて部屋でゆっくり休んでちょうだい。今日で目を回していたら、明日からはもっと大変よ」

「…………は、はは」


 霧上さんの笑顔が怖い。

 明日からの訓練ももちろんだが、何より目の前に立ちはだかる宿題という壁を思い出すだけで乾いた笑みがこぼれてしまう。


「あ、そうだ。リオちゃん、アレの調整終わってる?」

「終わってる」


 雨宮さんは頷くと、僕に黒い腕時計のような機械を差し出した。


「……これは?」

「Explorer Assistant Communication Device−−E.A.Cデバイス。私たちは『E.A.C』と呼んでるわ。オペレーターとの音声通信、ホログラムによる情報表示だけでなく、探査員のバイタルチェックなど健康管理もできる優れものよ」

「これ一台でそんな機能が……」


 よく見る腕時計型携帯と似たような形のソレを思わず凝視する。

 こんな小さな体にそこまでの高性能な機能が付いているなんて、さすがPUEAといったところだろうか。


「E.A.Cは探査員にとって命のようなもの。決して失くさないように、ずっと腕につけていてね」


 霧上さんが左手首を指で示す。いわれた通りに僕はE.A.Cを左手首に装着した。

 思ったよりずっと軽く、装着感がまるでない。


「ずっと……って、例えばお風呂の時とかも」

「そうよ。もちろん。ずっと」

「……水につけて大丈夫なんですか?」


 機械を水につけてはいけない。そんな常識を尋ねてみると、霧上さんは思わずふっ、と鼻で笑った。


「当たり前でしょう。水に弱いなんて中途半端なことはしないわ。防水、防塵、耐衝撃、バッチリよ。象に踏まれたって平気なんだから」

「……凄い、ですね」

「でしょう? ORDAが総力あげて作った機械なんだからね。そっとじゃ壊れはしないわ!」


 まるで自分が作ったかのように、霧上さんは自慢げに語る。彼女は本当にORDAに誇りを持っているようだ。

 ふと、E.A.Cに目を落とすと電源が入り読み込まれていた。


《探査員、広瀬優。個人データを読み込み中。まもなく初期設定を開始します》


 女性の機械音声が流れる。


「初期設定まで少し時間がかかるからそのままにしておいてね」

「はい」

 

 こくりと頷く。


「A.C.Eの詳しい使い方は明日説明するわね。さて、これで本当におしまい。今のうちにゆーっくり、短い夏休みを満喫しておきなさいな」

「はい。ありがとうございました」


 深々と頭を下げ、僕は席を立つ。

 部屋を出ようとしたところで、ふと思い出した。そういえばまだ僕が滞在する部屋の場所を聞いていない。


「……あの、僕の部屋ってどこになるんですか?」

「ああ。まだ教えてなかったわね。リオちゃん、あとお願いしてもいいかな?」

「了解」


 はたと思い出したように霧上さんは側に立っていた雨宮さんに声をかける。

 彼女は相変わらず表情を変えず、つかつかと僕の元に歩み寄ってきた。


「あなたの部屋は、私と春久が住んでいる家にある。案内するからついてきて」

「お願いします……って、え?」


 耳を疑う言葉が一瞬にして通り過ぎていった。


「え、雪永さんたちが住んでる家って……」


 僕は驚き目を瞬かせる。

 てっきり以前霧上さんに教えてもらった社員寮の一部屋が分け与えられるものだと思っていた。


「普通ならそうなんだけど、今回は特別。五日後には転移だからね、今のうちに交流を深めとかなきゃ」

「……は?」


 パソコンのモニターを見ながら霧上さんは楽しげに言葉を発す。


「オペレーターと探査員はお互いの信頼関係が大切。直接会える時間が少ないから、なるべく一緒に行動するように……って、春久と弥が」


 雨宮さんは少し困ったように眉を下ろして霧上さんに視線を送る。


「そうそう。リオちゃんも今一番のお仕事は広瀬君と仲良くなること! さぁさぁ、後はお若いお二人さんで! さぁ、行った行った。青春は待ってくれないぞー」


 なんて一人でテンションあげながら、霧上さんは僕たちの背中を押し医務室の外に出した。

 なにがそんなに面白いのかわからないが満面の笑みを浮かべ、ぱたんと扉を閉じると、廊下には僕たち二人だけが取り残された。


「……弥はああいう人だからあまり気にしないで」

「なんだか、だんだん最初のクールなイメージとかけ離れてきたよ……」

「……面白くて、優しい人よ」


 そういいながらも雨宮さんは困ったように小さくため息をついた。


「じゃあ……案内するわね」

 雨宮さんが廊下を歩き出そうとしたとき、大きな腹の虫が廊下に鳴り響く。

「−−−−−−」


 心底驚いたように、雨宮さんは目を瞬かせながら僕に視線を注ぐ。

 音の出所は僕の腹。空腹に耐えかねた腹が早く食べ物を寄越せと大声をあげて喚いていた。


「…………あ、案内してもらう前に、お、お昼ご飯食べに……いってもいいデスカ……」


 人前でこんなに大きな腹の音を出すなんて恥ずかしいことこの上ない。

 顔に一気に熱が集まる。穴があったら入りたい。

 僕は顔を真っ赤にし、うつむいたまま、おずおずと手をあげて提案を述べる。

 雨宮さんは笑うこともなく、嫌そうな顔をするでもなく。こくりと頷いて廊下を歩き出した。



 その無反応さに救われるというか、笑われた方がマシだったというか−−なんとも言葉で表し難い複雑な心境だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます