16/ 異世界転移探査ミッション概要


「……さて、自己紹介も済んだところで本格的なミーティングをはじめようか」


 ひと段落ついたところで、雪永さんは部屋の電気を消しスクリーンにスライドを映し出す。


「今回の探査に辺り、今一度雨宮博士が残したファイルや論文を元に彼の足取りを辿った。第一回の探査期間は三年。その間に雨宮博士が赴き、長期滞在した土地は全七ヶ所。内六ヶ所の座標は既に把握済みだ」


 スライドには異世界地図が表示される。

 東西南北、点々と記された六ヶ所の赤印。雨宮博士の三年に及ぶ長旅の足跡が映しだされる。


「第一地点は、現在ORDAが異世界探査の拠点としている冒険者の町『レシュティ』だ。ここは弥もリオも知識的にはよく知った場所だろう」


 切り替わったスライドには『レシュティ』と呼ばれる町の写真が映されていた。

 自然に囲まれ、木造の建物が多く見える町。よくファンタジーゲームで見かける主人公が住んでいる旅立ちの町のような印象がある。


「そこから『獣人の村』、『魔法使いの国』、『魔物の洞窟』、『小人の森』、『巨人の砦』を移動し、最後にたどり着いたのはまだ座標すら把握されていない『古代種の隠れ里』であると雨宮博士は記録に書き残していた」


 すでに探査員が赴いた場所は写真映像で、雨宮博士が赴いたきり誰も足を踏み入れていない地は彼が描いたスケッチが映しだされる。


「我々の目標は、この土地土地に雨宮博士が残してきたというモノを回収し、未発見の第七の地『古代種の隠れ里』を見つけ出す。探査員の広瀬君は実際に現地に赴いて、探査してもらうこととなる」

「はい」


 雨宮博士しか見たことがないという未発見の地『古代種の隠れ里』−−スケッチには石造りの古代神殿のようなものが描かれ、見たことのない花が咲き乱れている。とても神秘的な土地のようだ。

 ふと雨宮さんを見ると、彼女はなんとも複雑そうな表情でそのスライドを見つめていた。


「探査ミッションは現状六地点を目標とし、全六回に分けて行う予定だ。記念すべき第一回目の転移は、訓練もかねて『レシュティ』に決定した。転移日程は日本時間で五日後の七月二十五日の午前十時から一ヶ月間を予定している」

「…………え」


 真剣に雪永さんの話を聞いている中で、突如耳を疑う言葉に思わず間の抜けた声が出てしまった。


「広瀬君どうした? なにか質問かな」

「……あ、あの。僕の聞き間違いじゃなければ……今、五日後に転移するっていいました……よね?」

「ああ。いったよ」


 さも平然そうに雪永さんは頷いた。


「この後、身体検査を行なって……明日からは基礎体力向上訓練、異世界の知識を軽く学んでもらう。健康面で異常がなければ五日後には異世界に出発してもらおうと思っていたけれど……」

「え……そんな、いきなり。なんの訓練もなしに、行くんですか? てっきり一月はここで訓練するものだと……」


 予想外の展開に僕は狼狽え目を泳がせてしまう。

 いきなり異世界転移するなんて聞いていないし、心の準備すらできていない。

 覚悟は決めたものの、異世界の知識なんて何もない僕がそんな簡単に異世界に旅立っていいものなのだろうか。


「広瀬君、安心してほしい。だからこそ、最初の転移場所をここにしたんだよ」

「どういう……ことですか?」


 雪永さんは笑顔を浮かべたまま、スライドを異世界地図に戻し『冒険者の町』の地点を指で示す。

 本当に彼がなにを考えているかわからない。だんだん雪永さんの笑顔が怖くなってきた。


「冒険者とは依頼を受け、様々な魔物を討伐する者達。危険な生き物が溢れかえる世界で生き抜く術を学び、必要な武術を身につけた者だけが就くことを許された特別な職業なんだ」

「仕組みはゲームとかの冒険者と同じ、ですよね。依頼人からクエストを受けて、敵を倒して報酬を得る……みたいな」

「うん。仕組みに関してはそんな感じだよ。やはり若者はゲームなどでそういうものに触れているから説明が早くて助かるよ」


 感心したように雪永さんは頷く。

 だからといって、その冒険者と僕が五日後に異世界に転移することとなんの関わりがあるというのか。


「サポーターがいるとはいえ、異世界に赴くのは探査員一人。異世界では何が起こるかわからない。己の身は己で守らなければならないんだ。だから現在、全ての探査員候補にはまず最初に『レシュティ』に行ってもらって冒険者ライセンスの取得を目指してもらうんだ。ここで学ぶより、現地で学んだほうが身になるからね」

「なるほど……」


 ようやく納得がいった。

 僕は中学の授業で柔道を習った程度で、それ以外の武術の経験はない。異世界の知識だって皆無だ。

 そんな僕がいきなり異世界に行ったところで野垂れ死もいいところだ。安全な場所で知識だけを頭に詰め込んでも実践でそれが発揮できるかはわからない。

 だが、現地で学ぶことができれば冒険者としての能力も身につけられ、異世界転移にも体を慣らすことができ、まさに一石二鳥だろう。


「最初にいったとおり、レシュティはPUEAが異世界転移の拠点としている土地。町の人は探査員に理解があるし、冒険者としての知識も学べる。おまけに雨宮博士が赴いた地となれば、僕たちの目的とも合致する。まさに最初の転移場所としてここまで最適な場所はないんだよ」


 雪永さんは拳を力強く握り締めた。 


「第一回転移場所は冒険者の町、レシュティ。そこで冒険者ライセンスの取得を目指しつつ、雨宮博士の足跡を辿ってほしい」

「はい!」


 いよいよ異世界探査のミッションが間近に迫っていた。



「−−その前に」


 気合をいれる僕に雪永さんは怪しい笑顔を浮かべた。


「広瀬君、夏休みの宿題は持ってきてるかな?」

「……はい。合宿の間に片付けようと思って、カバンの中に」


 それはよかった、と雪永さんはにこやかに微笑む。

 課題のことなんて忘れていたが、なんだかとても……嫌な予感が、する。


「それ、五日後までに終わらせてね」

「−−−−え」


 まさかの締め切り宣言に、背筋が凍りついた。

 優しい微笑みが、悪魔の微笑みにしか見えない。



 僕の初異世界転移探査まであと五日−−前途多難な日々が、続きそうである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます