11/ 初代探査員が遺したもの

「そう。広瀬君には僕の研究に協力してほしいと思っているんだ」


 そういうと雪永さんは席を立ち、デスクの中から一冊のファイルを持ち出した。


「僕が学校で話したこと、覚えているかな? ORDAは現在、民間の異世界転移旅行を目標に研究を進めているって話」

「はい。その……なんとなく、ですけど」


 寝ていたわけではないが、なにせ講演は数ヶ月前の話だ。

 所々うろ覚えになってしまっている。


「……僕がその異世界転移旅行の実験台になる、ってことですか?」


 恐る恐る呟かれた僕の言葉に雪永さんは首を横に振った。


「いいや、まさか。実験台なんてそんな恐ろしいことしないよ」

「は、はぁ……」


 雪永さんの話の意図がわからず、僕は首を傾げることしかできない。


「話を戻すとね、我々ORDAは現在異世界旅行のことに躍起になりすぎだと、僕は思っているんだ」

「どういう、ことですか?」

「最初、異世界を発見したばかりの頃は皆新しいおもちゃを見つけた子供のように夢中だった。異世界のことを知りたくて、皆夢中で研究を続けていた。そのおかげで、この二十年足らずで異世界研究の技術はぐんと進歩したんだ。だが、ある程度世界のことが知られてくると……悪い大人たちはどうしても金儲けに目が眩んでしまう。悪いことでは、ないんだけどね」


 雪永さんは悲しそうに机の上に置かれたファイルを撫でた。


「僕は思うんだよ。我々人間が簡単に異世界を行き来できるようになって良いのか、それを異世界の住人たちは喜んでいるのか。我々が介入することで異世界の文化が壊されてしまうのではないか、と」


 彼は僕にファイルを差し出した。

 そこには『第一回異世界転移探査記録』とラベリングが貼られている。


「僕はね、ここで一旦初心にかえるべきだと思っているんだ。これ以上、急速に研究を進めていけば絶対にどこかで綻びが生じる。今までが気味が悪いほど上手くいきすぎたんだ。研究というものは常に一進一退の地道なもののはずなのに」


 今でこそ身近になった宇宙技術も、昔の人間が何十年もの時間と労力を割いて、そして数多の犠牲を出しながら研究を進めてきた。

 だが、異世界の研究技術は異世界発見からほんの二十年余り、瞬く間のスピードで急成長を遂げてきた。犠牲者や大きな事故が起きたという話も聞いたことがない。

 異世界という存在を身近に感じている局長自身がそういうのだから、不安になるのも当然のことなのかもしれない。


「異世界を発見し、初めてたった一人で異世界に転移探査をしたのは雨宮冬久あめみやふゆひさ−−僕の兄だ。このファイルには彼が異世界探査を行なった三年間の記録が全て記されている」


 雪永さんはそのファイルを開いて見せてくれた。

 論文のようにずらりと並んだ米粒のような文字。思わず頭が痛くなってしまうが、その文章の折々に異世界の風景のスケッチが描かれていた。

 中世ヨーロッパのような穏やかな街並み。

 この地球上ではまず存在しない獣の耳や尻尾が生えた民族。

 見たことのない動植物。

 緻密なスケッチに僕は思わず目を惹かれる。


「これ、全部雨宮博士が描いたものなんですか?」

「ああ。最初の転移探査の際に転移装置が故障してしまってね。兄さ−−失礼、雨宮はたった一人で異世界を放浪した。通信装置も機能しなかったから、映像や写真の記録もできなくて。彼が持っていった手帳にその風景をスケッチしたんだ」

「すごいですね……」


 素直な感想が口をついた。

 スケッチだからこそ、この風景がどんな色なんだろう、どれだけ美しいのだろうと頭の中で想像が膨らんでいく。

 雪永さんも、ファイルを覗き込みながら、そうだろう、と頬を綻ばせた。


「地図もなく、全く見知らぬ異郷の地をたった一人で探査した。そして後の探査員に向けて、彼はその土地土地になんらかの形跡を残してきているんだ」

「形跡?」

「ああ。それが記録媒体なのか、物なのか、最期まで語られなかったからどんなモノなのか分からないのだけれど。そもそもそれが判明したのは雨宮の死の淵。僕と、彼の一人娘が聞いただけ。遺言にも書かれていなかったし、これまで派遣された探査員たちは何も発見していなかったため、上層部はその存在を信じてはくれなかったんだ」


 雪永さんは悔しげに拳を握り締める。


「兄さんは死の間際、自分が異世界に遺してきたものを見つけてほしいといい遺して逝った。僕は、彼の身内として。そして一人の研究者として、初代探査員の雨宮博士に敬意を表すためにも、彼の願いを叶えたいと思ってる」


 そうして決意がこもった眼差しで、雪永さんは僕を真っ直ぐに見つめた。


「広瀬優君。僕は、君に……雨宮冬久が探査した異世界を巡り、彼が置いてきたモノを探してほしいんだ」

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