09/ 青い風船と銀髪の女の子


「……それ、車に置いてきてもよかったのに」

「あ……」


 エレベーターの中で霧上さんの視線が僕の少し上に注がれた。

 そこにはふよふよと漂う、施設には場違いすぎる青い風船。

 ずっと手にしていたため、探査局に着いても無意識に持ってきてしまっていた。


「すみません。なんだか、妙に手に馴染んでるというか……」

「ふふっ、そういうところが面白いのよね」


 そんなに僕は面白いだろうかと照れくさくなってしまう。

 まあ、だが嫌われるよりはこうして面白がってくれたほうが救われる。

 そうこうしている間に、三階の食堂にたどり着いた。


「ここが食堂。お昼前だからまだ空いてるわね。結構うちの社食ってレベル高いのよ」

「へぇ……」


 食堂は想像していたよりも広かった。

 さっき霧上さんは、一般解放していない社員専用の食堂はお洒落ではないといっていたけれど−−日当たりも良く、内装も綺麗で十分おしゃれだと思うのだけれど。

 一体一般解放している食堂はどれだけ綺麗なのだろうと逆に興味が湧いてきた。


 どうやら学食のように券売機で食券を購入するシステムらしく、食堂の入り口前には数台の券売機が並んでいた。

 どれにしようと券売機に歩み寄ったとき、霧上さんの携帯が鳴った。


「−−あ、ちょっと電話出てくるわね。これで好きなの買って」

「え……ちょっと!」


 霧上さんは可愛らしいがま口財布から千円札を取り出し、有無をいわさず僕の手に握らせる。

 僕がお金を返そうとするよりも早く、彼女は電話に出て喋りながらその場を去ってしまった。


 券売機の前に一人残されてしまった僕。

 絶対に断れない状況で現金を渡されてしまった。これは大人しくご馳走になるのが得策、なのだろうか。

 とりあえず券売機に並ぶメニューを眺める。

 日替わりランチ、カレーライス、かつどん、ラーメン、そば、うどん。

 和洋中よりどりみどり。がっつり系のものからお洒落なカフェ飯、おまけにデザートまで。ありとあらゆるものが目白押しだ。


「…………どうしよう」


 想像以上の豊富なメニューについ目移りしてしまって中々決められない。

 おまけに学食並みに安い。千円札で三日は生きられる。杉本がいたらかなり喜ぶかもしれない。


「……あの」


 そんなことを考えていると、背後から声をかけられた。

 誰もおらず、他に券売機があるから大丈夫だろうと思いついつい券売機の前を陣取ってしまっていた。


「あ、すみません! ごめんなさ−−−−」


 謝りながら慌てて振り向いた僕は思わず息を飲んだ。

 そこには、あまりにも浮世離れした美少女が立っていた。

 ストレートボブの銀髪に、宝石のような青い瞳。まるでコスプレイヤーのような風貌の白衣をきた小柄な少女。

 

 僕が券売機の前から退けても、彼女の青い瞳はじっとこちらを見つめている。

 年は僕と同じくらいに見える。もしかしたら外国の人で日本語が通じないのかもしれない。

 

「あ、あの…………?」


 彼女はやはり一言も発さずこちらを見ている。だが、僕とは目が合っていない。

 彼女の視線の先を辿ると、僕の横で浮いている青い風船に行き着いた。


「………………いり、ますか?」


 僕は自然と風船を女の子に差し出していた。

 差し出された風船を見て、彼女は驚いて目を瞬かせた。


「いいの?」


 女の子が首を傾げると、僕は大きく頷いた。

 そんなに熱い視線を向けられれば誰だってあげてしまうだろう。


「ありがとう」


 女の子は花が咲いたような可愛らしい笑顔を浮かべ、風船を受け取った。

 そして、風船を手にすると白衣をひるがえしてぱたぱたとその場から走り去っていった。


「お待たせ。メニュー決まったかしら」


 それから間もなくして霧上さんが戻ってきた。

 食券機の前は相変わらず人の気配はない。もしかしたら今僕が話した女の子は幻だったのかもしれない。


「おーい?」


 呆然と立ち尽くしている僕の顔の前で、霧上さんはひらひらと手を振る。


「あ、えっと。まだ決まってなくて」

 

 僕ははっと我にかえり、首を大きく横に振る。


「おや。相棒の風船くんはどうしたの?」

「あ、いや。えっと……今、白い女の子がいてその子に……」

「白い女の子?」


 霧上さんは不思議そうに首を傾げる。

 かなり目立つ子だ。同じ職場にいる霧上さんが知らないのであれば、本当に僕は幻か幽霊を見たのかもしれない。


「あの……僕と同い年くらいで、銀色の髪で、青い瞳の−−」

「ああ、リオちゃんね。滅多に研究室から出てこないから、こんな所にいるなんて珍しい」


 思い当たる人物がいたのか、霧上さんは納得がいったように頷く。


「リオちゃん?」

「うちの研究員よ。ご縁があればそのうちまた会えると思うわ」


 僕は彼女が走り去っていった方向をぼうっと見つめる。


「なあに……一目惚れでもしちゃった?」

「……い、いや。そういうわけじゃ」

 

 霧上さんの言葉に思わず僕の顔が熱くなる。

 確かに綺麗な子で、見とれてしまったけれど。断じてそういうことはない。

 第一あんな人間離れした子を見たら、十人中十人が振り向くだろう。


「いいわねぇ、青春で」

「だから違いますってば!」


 勝手に想像を膨らませ、楽しそうに笑いながら霧上さんは食券を選ぶ。

 彼女の言葉を否定するのに精一杯で、メニューを選ぶ余裕がなくなった僕は、結局霧上さんおすすめのカツカレーを選んだのであった。 

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