12/ 知らない世界をみにいこう


「どうして、僕なんですか」


 雪永さんの異世界探査への想いは十分に伝わった。

 だけど、だからこそどうして僕が選ばれたのかが理解できない。


「そんな大切なことなら、もっと優秀な人の方が適任だと思うんですけど」


 僕は異世界に関する興味は少しあるけれど、それだけだ。

 雪永さんや過去の探査員のような知識も熱意もない。ただの、平凡な高校生だ。

 そんな自分に、初めて異世界に行った人が残したモノを探してほしいだなんてあまりにも荷が重すぎる。


「……君、だからこそだよ」


 断る理由を探す僕の心を読むように、雪永さんは首を横に振って微笑みを浮かべる。


「今までの探査員たちは良くも悪くも異世界に人一倍に興味を持ち、研究員並みの知識を持っていた。民間で選ばれた探査員たちだって、異世界研究者の身内がほとんどだ」

「なら、やっぱりそういう特別な人たちの方が……」

「だが、今まで異世界に赴いた雨宮博士を除く七十二名の探査員たちは誰も、彼が残したモノに気付きもしなかった。既に誰かが足を踏み入れた地には興味も示さず、皆が前だけを見据え未踏の地を探し求めた」


 今のORDAや探査員たちが求めているのは新発見。

 まだ未知の部分が多い異世界探査に関し、既に誰かが調査したところは調べなおす価値もないと思っているのだろう。


「広瀬君は異世界に関して全く知識がないよね」

「……異世界のことは少しは学校で学びます。でも、それだけです。他の知識は今日霧上さんに教えてもらった程度のものしか−−」

「異世界の知識全くないからこそ、君に行ってもらいたいんだ」


 意味が分からない。

 霧上さんもいっていたが、雪永さんが考えていることが全く読めない。

 天才が考えていることは凡人には理解できないのだろう。

 僕は眉をしかめ、首を傾げることしかできなかった。


「かつて誰かが足を踏み入れた場所でも、君にとっては初めて触れる場所。君のように異世界に触れたことのない、本当の一般人がはじめて自分の知らない世界をどんな風に見るのかが重要なんだと僕は思う」


 雪永さんの目は輝いていた。


「はじめて行く場所。はじめて見る風景。雨宮が何も知らずにはじめて異世界に迷い込んだときのような反応を得られるのは、君だけだ。我々の凝り固まった視野では見つけられないものを、広瀬君ならきっと見つけてくれるような気がしたんだ」

「でも……異世界の知識がない人間は僕じゃなくても沢山います。あの学校にだって、僕以上に適任の優秀な生徒がいるはずです。異世界にいきたいと思っている人だって……」


 脳裏に杉本の顔が思い浮かんだ。

 彼は僕以上に異世界に行きたいと願っていた。

 この二ヶ月間毎日嫌という程『異世界』という単語を口に出し、異世界に関するニュースを調べ、ORDAからの返答を楽しみに待っていた。

 そんな熱意を持った人こそ異世界に行くべきだ。

 決して適当にアンケートに答えた僕なんかではなく。


「アンケートの最後の質問を覚えているかな?」

「あなたが異世界に行けるとしたらどんなことをしてみたいですか」

「最後の質問。君が書いた言葉は、紛れもない君の本心だっただろう?」


 見透かされていたような言葉に僕はぽかんと口を開く。


「僕はこれでもきちんと一人一人のアンケートに目を通していたんだよ。さすがに全員分、一人で返事を書くのは難しかったから……皆に協力してもらったんだけどね」


 本当に読んでいてくれたのか。

 僕だけでなく、杉本や、あの学校に通う五百人余りの生徒たちの言葉を全て。


「久々に手書きの文字を読んだ。実に面白かったよ。僕が最後に挑戦的な言葉をいったからね、異世界に対する熱意がこもった言葉が多かった。逆にいいことを書いてこちらに取り入ろうとしている文章もすぐにわかった。筆跡は人格や感情を非常に読み取りやすいからね」


 興味深そうに語る雪永さんの表情はまさに一人の研究者そのものだった。

 

「異世界を冒険してみたい、剣や魔法を使ってみたい、現地の人と仲良くなってみたい−−最後の質問は、夢溢れる具体的な答えが多かった。もちろんそれも素敵な夢の一つで、いいことだけれどね」

「僕の理由は……漠然としすぎでしたよね」


 そうだね、と雪永さんは頷く。


「だけど、いざ「あなたは今なにをしたいですか」と問われたらぱっと答えられる人は少ないだろう。答えられる人は具体的な未来のビジョンを描いているか、差し障りのない受け答えをするのが得意な人だと僕は思う」

「……は、はぁ」

「君の答えは、最後の質問以外は当たり障りのない答えが書かれていた。だが、最後の質問は君の本心が読み取れた。知らない世界を見てみたい、兄さんが異世界に旅立つ前に僕に行った言葉と同じだったんだよ」

「それだけの理由で……」

「十二分すぎる理由だ。なにせ、君は初代転移者と同じ考えを持っていたのだから」


 だから君は十分素晴らしい人間だ、と雪永さんは微笑んだ。

 見透かされていた、褒められた、全ての感情が混ざり、僕はつい恥ずかしくなって目を泳がせてしまう。

 そこまで子供のような純粋な笑顔を浮かべられたら、断りづらくなってしまう。


「あの、探査員になったら学校には行けなくなるんですか?」

「今までのように登校というのは難しくなるだろう。だけど、その点に関してはORDA−−プロジェクト責任者である僕がしっかりと学校とやりとりするよ。出席日数に関しては心配することはない。学業面も全力でサポートする」


 だが、と雪永さんは一度言葉を切る。


「人生における青春というのは一度きりで、とても貴重なものだ。あくまでも君の意見は尊重したい。探査員は強制的なものではないから、嫌なら断ってくれて構わない」


 突然現れた退路に僕は息を飲んだ。

 目の前には二つの分かれ道が見えていた。

 一つは、雪永さんの話を断り、当たり前の日常を進むこと。

 一つは、雪永さんの話を受け、探査員としての道を進むこと。


 僕はずっと当たり前の日常を、変わらない、崩れない、明るく安全な一本道を進むものだと思っていた。

 だが突然現れた分かれ道は、酷く細くて脆く、数歩先すら見えない暗く危険な道。


 この道を進んだら僕の日常は一変する。

 家と学校を毎日行き来して、つまらない授業を受け、人並みに勉強し、変哲のない毎日を過ごす日々と別れを告げ−−大多数の人間とは異なる道を歩む。


 右に倣っていれば簡単だった。何も考えずにすむから。

 皆に合わせてさえいれば仲間外れにもされず、周囲から浮くこともない。

 こうして平凡に、上手く人生を送っていこうとおもっていた。


 だが、今目の前に現れた不安定な道を進んでみたいという思いもあった。

 それは不安だ。恐怖しかない。

 だが、その不安を凌駕するほど、先程見た雨宮博士のスケッチに心惹かれていた。

 知らない世界をみたい。きっとこのまま生きていたら絶対見られない経験がすぐ目の前にある。

 今、この分かれ道を進まなかったら、一生自分はダラダラと生き、いずれ大きな後悔をするような気がした。


 変わるなら今だ。勇気を出すのは今しかない。

 だって、あのアンケート課題の最後に書いた質問は。思いつきかもしれなかったけれど、確かに僕の本心だったのだから−−。


「異世界に、行ってみたい、です」


 震えた声が口をついた。

 宜しくお願いします、と頭をさげると雪永さんが一瞬息を飲んだのを感じた。


「広瀬優君」

「……はい」


 名前を呼ばれて顔を上げると、雪永さんは僕に向かって手を差し出し、とても嬉しそうに微笑んでいた。


「僕たちと一緒に、知らない世界を見にいこう」

「はい……!」


 僕はその手を、自分の意思で握る。

 雪永さんは僕の手を力強く握り締めてくれた。


 こうしてただの高校生だった僕は『異世界転移探査員候補』となった。


 僕の目の前に真っ直ぐ伸びていたはずの道を逸れ、突如現れた分かれ道に一歩足を踏み出した瞬間であった。

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