07/ 局長室までの道のりは長い


「−−と、ここまでは一般の人が見学できるところ。早足な説明だったけれど大丈夫?」


 霧上さんの分かりやすくも簡潔な説明を受けながら、先程いた子供たちの集団をあっという間に追い越し展示室を一回りしてロビーへ戻ってきた。


「なんだかもう少しじっくり見たいところもありました」


 あまりにも早足な館内見学に、大した驚きも感動もなく終わってしまった。

 展示室の作りは中々に凝っていた。こんな速さで見てしまったら一生懸命展示を考えた人に申し訳がない気がする。


「ゆっくり見たければ、今度好きな子でも連れて見学に来るといいわ。他にも見られる場所は多いし、入館料は八百円だから学生のデートにも良心的でしょう」

「…………は、はぁ」


 眼鏡を光らせ口早に話す霧上さん。

 真顔なのでどこまでが本気でどこからが冗談なのかが分からない。

 そもそも僕にはデートに誘えるほどの仲のいい女子なんていないのだけれど。


「貴方は今から一般客は絶対に入られない施設に行くんだから、展示見学にあまり時間をかけても仕方がないでしょう」

「それも……そうですけど」


 僕の本来の目的は探査局の局長さんに会うことだ。霧上さんのいうことは間違ってはいない。


「さて、ここからが本番よ。ORDAの敷地は広大で一から説明していたら数日はかかるから……とりあえず、私たちが働く探査局を案内するわね。迷子になったら大変だから離れないでついてきて」

「は、はい。宜しくお願いします」


 霧上さんの後に続き、総合案内所を後にする。

 途端に緊張してきたが、今の展示見学は霧上さんなりに僕の緊張を解すために気を使ってくれたのだろう。


「探査局まではちょっと遠いから車で移動するわね。助手席乗って」


 展示館のすぐ隣にとめてあった白い軽自動車に霧上さんは乗り込む。

 車体にはORDAのロゴが大きく貼ってあり、どうみてもこの施設の社用車で間違いない。

 建物間の移動に車を使用するなんて、いよいよこの施設の広さを身を以て実感することになりそうだ。

 僕は気を引き締め、青い風船と一緒に助手席に乗り込んだ。


「片付ける暇もなくて、散らかっていてごめんなさいね」


 初対面の僕がいきなり助手席にと思ったが、後部座席は様々な書類が山のように積まれており人が乗れる隙間はなかった。

 ここまで散らかると片付ける勇気も早々起きなさそうだ。僕は愛想笑いをこぼしながら扉を閉めた。

 先程までのびのびと宙を漂っていた青い風船は窮屈そうに天井で首を曲げている。


「じゃあ、動くわね」


 エンジンがかかり、車は施設の中をゆっくりと走りだす。

 施設の中は色々な人が歩いているから早々スピードを出すこともないのだろう。


「ここが広報部や営業、人事とかの総合部署が入っている建物ね。ここの社員食堂は一般にも解放されているから、他の部署に比べて内装はお洒落よ。私は遠いからあまりこないけどね」


 十階数建のビルの横を通りすぎながら霧上さんはしっかりガイドをしてくれる。どうやら一般の人間が立ち入れるのはここまでらしい。

 総合案内所やビルの横には手入れが行き届いた青々とした芝生が広がり、親子連れが楽しげに遊んでいる様子が見られた。


 そこから少し進むと、警備員が立っている厳重なゲートが現れる。

 車を一時停止させると、運転席側の窓を警備員が覗き込んだ。


「探査局の霧上です。こちらは来客の広瀬優さん」

「……こ、こんにちは」


 霧上さんは慣れたように首に下げた社員証を警備員に掲げる。

 僕もそれを習い、入館証を両手で掲げた。警備員はじっとこちらを見つめたが、次の瞬間すぐに笑顔を浮かべた。


「はい。確認いたしました、ご苦労様です!」


 閉ざされていたゲートは鈍い音を立てて開き、敬礼している警備員に見送られながら車が再び動き出す。


「ここを右に進むと社員寮。影になってるけど、建物が少し見えるでしょう」


 霧上さんが指を差した方向に身を乗り出す。

 確かに影になっていてよく見えないが、お洒落なアパートのような建物がずらりと並んでいるのが伺えた。


「結構な数の職員が住んでいるわ。私も面倒だからあそこに住んでるの」

「そうなんですか?」

「ええ。研究職は割と徹夜とか多いから……家があっても帰るの面倒だしね。食事は食堂で三食済ませられるし、コンビニやカフェもあるから困らないのよ」

「へぇ……」


 確かに家は職場から近い方が便利だろう。帰りが遅ければ尚のこと。

 あれほど警備も厳重であれば、不審者が入る可能性も少ないだろうから安全な住居といえるのだろう。


「ここを進むと研究棟が並んでいるわ。異世界に関する様々な研究を行なっているの。で、私達が向かう探査局はその一番奥−−」


 五階建ほどのビルが並び、その間に大きな体育館のような建物が点々と並んでいる。

 僕には理解できなさそうな難しい機材がちらりと見え、白衣を羽織った職員が忙しそうに働いている。

 やはり奥に進めば進むほど、緩やかな空気から引き締まった空気に変わっていく。

 本当に僕は大変なところに来てしまったのかもしれないと、思わず身を強張らせた。


「そんなに緊張しなくても誰も取って食べやしないわ。ここには千人以上の人が働いているけど……皆家族みたいなものだから」


 緊張している僕を見て、霧上さんはけらけらと笑う。

 緊張するなといわれども、ただの高校生である僕にはこんな研究機関は未知の領域すぎてどういう反応をしたらいいのかも分からないのだ。

 車内でも霧上さんの案内は続き、ものの五分で目的地である探査局に辿り着いたのであった。

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