06/ いざORDAへ!
中間テストを無事に乗り越え、僕は通知書に書かれていた日時どおりORDAにやってきた。
目の前にそびえ立つ巨大な施設。僕のようなただの学生が本当にこんなところに呼ばれているのだろうか。
前もってこの施設について調べてみたが、休日は施設見学も行なっているらしい。正門には職員よりも一般の家族連れや学生が多く見えた。
「……とりあえず、ここを真っ直ぐ行けばいいんだよな」
通知書と同封されていた施設マップを確認する。
大きく丸印がつけらている総合案内所が説明会の待ち合わせ場所。どうやらここが施設見学のスタート地点にもなっているらしい。
もしかしたら僕に送られてきた通知書は、施設見学のチケット代わりなのかもしれない。
きっと僕たちのような学生に異世界に興味を持ってもらえるようにと、局長の粋な計らいで招待されている学生がいるのかもしれない。
探査員なんてそんな都合のいい話あるはずがないだろう。
母さんも詐欺を疑っていたし、姉さんには「どうせ何かの間違いだから浮かれすぎないように」と釘を刺された。父さんは僕以上に舞い上がっていたけれど−−。
そうそう。きっと何かの間違いだ。
緊張することはない。気楽に楽しもう。
頭の中でいい方向にいい方向にと考えながら、正門をくぐり、すぐ見えてきた大きな建物の中に入った。
「……おお」
自動ドアをくぐると、ずんぐりむっくりしたクマのような着ぐるみが風船を持って子供たちを出迎えていた。
パンフレットの表紙に確かこの子のイラストが描かれていたはずだ。
彼の名前は『オルドくん』ORDA日本支部オリジナルのゆるキャラらしい。
さすが一般開放をしているだけあり、科学館や博物館のロビーと変わりない。
ロビーには誰かと待ち合わせしているような人影は見当たらない。とりあえず『施設見学受付』の看板が下げられているカウンターに向かうことにした。
「おはようございます! ようこそORDAへ。施設見学をご予約の方ですか?」
「お、おはようございます。あの……見学というわけではなくて。僕、広瀬優っていいます。こちらの雪永春久さんと約束があって来たんですけど……」
なんと説明すればいいのかわからない。
頭にクエスチョンマークを浮かべる受付のお姉さんをいち早く納得させるために、僕は持っていた通知書を差し出した。
それに目を通すと彼女は納得したように、ああ。と頷いた。
「失礼いたしました、広瀬様。雪永の方からお話伺っております。今、担当者を呼びますのでそちらのソファにお掛けになって少々お待ち頂けますか」
「……は、はい。よろしく、おねがいします」
なんともあっさりと話が通り、呆気にとられてしまう。
受付の人にも僕が来るという話は知らされていたようだ。
指示されたとおりに背後にあるソファに移動しようとすると呼び止められた。
「広瀬様申し訳ありません。恐れ入りますが、こちらの入館証をつけて頂いて、この書類に必要事項ご記入頂けますか?」
差し出されたのは、一枚の書類と『入館証』とかかれたネックストラップだった。
入館者情報と記された書類は氏名と連絡先、そして来た時間などを書く簡単な書類らしい。
確かに、研究施設は機密情報も山のようにあるだろう。不審者が入らないようにきっちり管理されていて当然である。
なんだかこんな些細な書類を書くのも、意識してしまうと緊張してしまうもので。いつもより崩れてしまう字で書類を書き終え、入館証を首から下ろしようやくソファに腰を下ろした。
それにしても−−担当者が来るといっていたが、十分待てど来る気配がない。
緊張で無駄に喉が乾いてしまい、側にあった自動販売機でお茶を買って喉を潤す。
「…………ふぅ」
人生で今までこんなに緊張したことはない。
座っても立っても落ち着かず、ついつい周囲をきょろきょろと見回してしまう。
「皆さんおはようございます!」
「おはようございまーす!」
ロビーでは第一回目の施設見学が始まったようだ。
案内員のお姉さんの挨拶に小さな子供達が元気に挨拶を返している。
「今日は皆さんにORDAの仲間入りをしてもらって、異世界に関する色々なことを体験してもらおうと思います!」
案内員の先導で、見学証を首から下げた子供達は元気に施設の奥へと入っていく。
沢山の足音が離れ、一気にロビーが静まり返る。
ロビーに残されたのは二人の受付と、僕だけだ。
忘れかけていた緊張が蘇ってきて、ペットボトルを握りしめて大きくため息をついた。
「…………はぁ」
俯いているとふと、頭上に影が降りた。
顔を上げるとあのマスコットキャラクターのオルドくんが僕に風船を差し出していた。
「…………僕に、くれるの?」
恐る恐る尋ねると、オルドくんは大きく頷いた。
彼の手にある風船は最後の一つ。
僕の緊張をほぐすためにくれたのか、はたまた余計な一個を捌いて早く休憩をしたかったのか。
どちらか分からないが、反射的に風船を受け取ってしまう。
「ありがとう」
綺麗な青い風船を受け取ると、オルドくんは一礼し手を振ってその場を去っていった。
風船をもらうなんて子供の頃以来だ。
それにしても、一人風船片手に待ち人を待つ男子高校生の姿は端から見たらあまりにも滑稽ではないだろうか。
想像してしまい、思わずふっと笑みを零してしまう。
その時、施設の奥の方からヒールの足音がこちらに近づいているのが聞こえた。
「……広瀬優さんですか?」
足音は僕の前で止まった。
見上げると、そこには背の高い白衣姿の女性が一人。
「は、はい。そうです」
長い黒髪を後ろで一纏めに結い、眼鏡をかけたクールそうな知的な女性。
僕が持っている風船を一瞬見たが、それには触れず言葉を続けた。
「お待たせしてごめんなさい。私、探査局研究員の
丁寧に名刺を差し出された僕は、その場で一瞬固まった。
「…………せ、星霜高校二年の広瀬優です。ほ、本日はそのっ、よろしくお願いしますっ!」
大人から名刺を差し出されるなんて経験は初めてだった。
当然自分は名刺なんてものを持っているわけもなく。慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「………………っ、ふっ。ふふ」
沈黙の後、返って来たのは微かな笑い声。
何か失礼なことをしてしまっただろうかと、僕は顔を白くして霧上さんを見た。
「ごめんなさい。余計に緊張させてしまったわね。いつも接するのは大人ばかりだから、ついいつもの癖でかたくなってしまって」
「……あ、あの」
「どうぞ肩の力を抜いて。今日は施設見学だと思って楽しんで」
霧上さんは柔らかい笑みを浮かべた。
「その風船、オルドくんがくれたの?」
「は、はい。待ってたら、最後の一個渡してくれて……」
「この施設は広いから、もし迷子になっても目印になるわね」
確かに。ぷかぷか浮かぶ青い風船はいい目印になるだろう。
だが、よく考えると一日これを持って歩かなければならないのか。そう思うと途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「……ふふ、冗談よ。だいぶん緊張も解れたところで、行きましょうか」
「よろしくお願いします!」
霧上さんに続いて僕は施設の奥へ足を踏み入れる。
こうして僕のORDAでの長い一日が始まることになった。
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