02/ アンケート課題という夢切符

 夜、自室のベッドに寝転びながらスマホを弄っていると友人の杉本から一件のメッセージが届いた。


【おす。アンケートもうかいた?】


 一瞬なんのことだと文字を入力したところで、今日の授業のことを思い出した。


「やば……忘れてた」


 鞄の中に入れたままの白紙のアンケート用紙。

 その存在をすっかり忘れていた。


【忘れてた。今からやる】


 面倒臭いがやるしかない。

 仕方がなく起き上がり、アンケート用紙を取り出して机に向かうことにする。


【え、まじで】

【俺なんか我慢ならずに授業中に書いちゃったよ】


 杉本の連投に思わず小さく吹き出す。

 アンケート用紙の記名欄に『広瀬優ひろせゆう』と自分の氏名を記名してスマホに手を戻す。


【もしかして異世界に興味あるの?】

【あんなこといわれたら誰だって期待するだろ。本当に民間の探査員に選ばれたりして……】


 舞い上がっている杉本のメッセージを横目に、僕はアンケートの質問に目を通す。

 今日の講演に対する感想。異世界に対する意見や質問。異世界への興味関心に対すること−−などなど、一般のアンケートと変わったところはないように思えた。

 講演者を含め、異世界探査なんとかの職員が目を通すといっていたが、恐らくただの参考にすぎないだろう。

 可もなく不可もなく、それらしいことを書いておけばどうということはないはずだ。


【スギは異世界行きたいの?】

【当たり前だろ! 大きな剣とか振り回して冒険とかしたいし、魔法だって使ってみたい。勇者になれるかもしれないんだぜ!】


「ははっ……夢見すぎじゃないか?」


 文面からは今にも彼の嬉々とした声が聞こえてきそうだ。

 本当に面白いヤツだなと笑いながら杉本に返事を送る。


【スギなら本当に選ばれたりしてね(笑)】

【優。お前、バカにしてるだろ!】


 杉本が怒り顔のスタンプを連投してくるので僕は謝罪スタンプを送り、最後の質問に目を通した。


《あなたが異世界に行けるとしたらどの様なことをしてみたいですか?》


 他の質問はそれらしい答えを書いていたが、最後の質問で手が止まった。

 どんなことをしたいか。あまりにも漠然とした質問に、なにを答えていいか分からなくなる。


「なにをしてみたい……かぁ」


 シャーペンを回しながら考える。

 杉本のように素直に夢や希望溢れる答えか、無難な答えを書けばいいというのに何故か筆が止まってしまう。

 いくら民間から選別されるといえど、国家機関の調査員なんてほんの一握りの優秀な人間が選ばれるはずだ。

 僕のような唯の平凡な高校生が幾ら真剣に書いたところで、異世界に選ばれる望みはあまりにも薄すぎる。


「……異世界、か」


 異世界に興味がないわけではない。

 僕だって異世界に行けるのであれば、そりゃあ行ってみたい。誰だってそうだろう。

 ただ、行けたところで明確になにかをしたいということが思いつかない。  

 剣を振り回したいわけでも、魔法を使いたいわけでも、ましてや世界を救うなんて大事はできる気がしないし、する気もない。

 だが、今日の講演でみた異世界の美しい風景は思わず見とれてしまった。



 自分よりもずっと背の高い草花。

 動物園でもみたことのない不思議な生物たち。

 この世界でもあまり見ることができないであろう満点の星空。

 この地球にも僕が見たことのない美しい風景は溢れている。それと同じ様に異世界には僕が一生かけても見ることのできない神秘的な風景が溢れているのだろう。


 子供の頃から旅が好きだった。

 父さんと二人で登った山の頂上から見る美しい景色。家族旅行で赴いた行ったことのない場所。

 知らない場所、見たことのない景色を見ることが好きだった。

 自分の知らないことはまだまだ多く、こんなにも世界は広いのだと実感できるから。

 だから唯一、僕が異世界でやってみたいと思えることは−−。



『自分がまだ見たことのない風景を。見たことのない生き物を。自分にも想像がつかない世界を見てみたい』


 あまりにも漠然とした答えだった。

 上手い答えではないけれど、最後に一つくらい自分の意見を素直に述べた方がいい気がした。


「……よし、できた」


 悩んでいたモヤモヤがすっきりと晴れ渡ったようにペンを置いた。

 さて、明日も学校だからそろそろ寝なければ。



【そろそろ寝るわ。また明日な】

【おう。また明日なー】


 鞄にプリントをしまい、杉本に別れを告げた。

 部屋の電気を消し、布団に潜り、明日の目覚ましをセットする。


 こうして今日もいつもと変わらない一日が終わっていく。

 明日も、明後日も、この先も−−少しの変化はあったとしても、大きな変化は起こることなく、ずっとこのままこうして生きていくのだと思っていた。


 まさかこの一枚のアンケート用紙が、俺の世界に大きな変化をもたらすなんてその時は思いもしていなかったのだ。

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