01/ 異世界への夢を君たちへ


 私立星霜せいそう高等学校・講堂。


「−−皆さんは異世界をご存知ですか」


 少々ハウリング気味のマイクから講堂内に男の声が響き渡る。

 生徒に少しでも見識を深め進路選択の幅を広げてほしいという思いから、一月に一度、様々な業界から講師を招き講演会が行われるのだ。


 四月。新学期最初の講師は『国立研究開発法人異世界研究開発機構異世界探査局』局長の雪永春久ゆきながはるひさ

 すらりとした高身長。整った知的な顔立ち。眼鏡がよく似合う白衣姿の青年の登場に、女子生徒達がそわそわと浮き立っている。


「その昔。事故に巻き込まれ死んだはずの人間が気がつくと異世界に転生していた−−という物語が日本で流行していました」


 自分が住んでいた世界とは異なる世界−−異世界に転生した人間が、己の知識を生かし異世界で暮らしたり、時に特殊な力を得て強大な敵と戦い世界を救うなど様々な創作物が生まれ、それを見た多くの者が異世界に憧れを抱いた。

 だがそれはあくまでも想像上の世界。

 この地球に暮らす人間が実際に行けることは不可能だと思われていた。


 ところが、二〇二〇年八月。

 天文学者・雨宮冬久あめみやふゆひさ博士が地球が存在する宇宙とは違う次元に別の世界−−つまりは異世界の存在を発見した。

 そこで異世界研究調査のために『異世界研究開発機構』が設立されることとなる。


『OtherWorldly R&D Agency』

 通称ORDAオルダは異世界転移のための開発を進め、異世界転移装置の開発に成功。

 二〇二三年五月。雨宮博士は自ら命の危険を顧みずたった一人で異世界に転移。一年の調査を終え、世界初の異世界転移探査は無事成功し、世界中を震撼させた。



「−−そうして異世界転移研究は進化を重ね、二〇四一年現在まで七三名の探査員を異世界に派遣し、成果を残しています。その内、日本人探査員は一九名と諸外国の中で最も多く異世界に赴いているんです」


 スライドを用い学生にも分かりやすいように話を噛みくだいた雪永の講演は続いていく。

 異世界の美しい風景や、ゲームでしか見ることのできない世界の写真に、学生だけではなく教員達も皆、彼の話に惹き込まれていた。


「私たちORDAは皆さんが自由に異世界を旅行できるようになり、また異世界の人たちもこの地球を訪れることができるように日々研究を続けております。まずその第一歩として−−」


 雪永は言葉を区切り、次のスライドを表示した。

 そこに表示されていたのは『民間異世界転移探査員』の文字。


「この十数年で異世界探査の安全性はぐんと高まってきました。そこでORDA職員だけではなく、民間の方にも異世界探査員に加わって頂こうというプロジェクトを始動し−−現在三名の民間探査員を異世界に派遣しています」


 そこでスライドは終わり、薄暗かった講堂の明かりが灯される。

 雪永はマイクを握り、目の前に座る未来ある数百人の学生を真っ直ぐと見据える。


「教室に戻ったらアンケートに答えて頂くことになります。気を張ることはありませんが、真面目に回答して頂けると嬉しいです。そのアンケートは私をはじめとしたORDA職員が必ず目を通します。もしかしたら−−皆さんの中から、異世界探査員が選ばれるかもしれませんよ」


 雪永は悪戯っぽく笑顔を浮かべたところで丁度よくチャイムが鳴り、授業終了を告げる。

 雪永が最後の挨拶を述べたが、講堂内は静まり返っていた。


 将来なりたいもの、なれるもの−−夢と現実の狭間で揺れる学生達に、彼のその言葉は夢を与えるのに十分すぎた。

 数秒の沈黙後、講堂内は盛大な拍手に包まれた。

 雪永は研究発表でも終えたかのように嬉しそうに、恥ずかしそうに、だがどこか満足げな表情を浮かべ講堂を出ていったのであった。


 その後、教室に戻った生徒達に雪永がいったとおりアンケートが配られた。

 明日の朝の提出期限を指定されたA4一枚のアンケート用紙。

 行けるはずないと思っていながらも、心のどこかでもしかして行けるのではないのかという淡い期待。提出物という憂鬱な存在も、言葉一つで生徒達を浮き立たせる。


 その日は学園中、異世界の話で持ちきりであった。

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