第142話 混乱の極みの中で
シシバルが指揮していた魔空艦“マルス”と魔空艇四機は、リュウヤたちが現れた地点から約二百キロほど離れた広い海上で、敵の魔空艦五隻と交戦状態にあった。
『うあああっ!』
敵から射出された灼熱の閃光がマルスの横を通り抜けると、艦橋内を紅く照らしながら激震がマルスを襲った。乗組員の悲鳴が轟音に紛れて、艦橋内に響き渡った。
『ウチラのと、全然威力が違う……!』
シシバルから船を任されたオペレーターは、椅子にしがみつきながらも艦のレーダーからは目を離さなかった。最近、強化されたという敵の光弾は、悪夢のような砲火の嵐にマルスの乗組員は必死に耐えていた。
『ちょ、ちょっと、船の回避行動が遅いんじゃないの!』
オペレーターが叫ぶと、うるせえなと操舵手が怒鳴り返してきた。
『こっちは全部旧式なんだよ。文句あるなら、シシバル様に言っといてくれ!』
『何でもいいけど左舷後方から、熱源!』
『くそ、捕まってろ!』
操舵手があらんかぎりの力で舵を回すと、船尾の傍を敵の主砲が駆け抜けていった。
『魔空艇の連中、何やってんの!』
『駄目だ。相手の火力にびびっちまってる』
『レジスタンスの連中、ホントに頼りになんないな……』
『向こうもそう思ってるよ!』
四機の魔空艇はレジスタンスのメンバーが操縦しているが、きちんとした訓練を受けていないために、不利になると途端に連携が崩れる。
これまではシシバルが指示を送っていたのだが、シシバルを欠いては魔空艇との連携がうまくいかず、敵の猛攻を凌ぎ、突破されないようにするのが精一杯となっていた。
敵の猛反撃は、レーダーに反応した強大なエネルギーが忽然と消えた時から始まっている。
魔王ゼノキアの魔力だろうとマルスの乗組員たちの意見は一致していたが、敵も同じことを考え、ゼノキアに何か異変が起きたと捉えたらしく、急に反転して攻撃を仕掛けてきた。
味方の魔空艇も猛射を仕掛けるが、レジスタンスの操縦する魔空艇は練度が低く命中率が低い上に、敵の強烈な砲撃が一種のバリアにもなって、船体には大した損傷を与えられないでいた。
『駄目だ、突破されるぞ!』
操舵手は絶叫するように怒鳴りながら、舵を右に大きくきった。
艦橋の窓には、敵の魔空艦が勢いよく迫ってくる。錐のように編隊を組んだ敵の艦隊は、魔空艇を木の葉のように蹴散らすと、艦橋にいるマルスの乗組員を嘲笑うかのように過ぎていった。
※ ※ ※
「……何、この音」
テトラの耳に異音が聞こえたような気がして、テトラは椅子代わりに使っていた木箱から立ち上がり、耳を澄ませた。しかし、聞こえるのはリュウヤとゼノキアが交える剣の衝撃と轟音ばかりである。
傍にいたセリナとアイーシャがいぶかしげに見上げている視線に気がつき、セリナに訊ねた。何故かセリナの身体がピクリと揺れる。
「セリナさん。何か聞こえなかった」
「あ、いえ……特に……」
「やっぱ、空耳かなあ」
テトラは首を捻って木箱に座り直すと、リュウヤたちの戦いに神経を集中させた。
「あの、テトラさんでしたっけ」
うんとテトラが小さくうなずいた。
「本当にお目が見えないんですか?」
「よく聞かれるけど、そう見えるかなあ」
「さっき、私が見てたの気がついてたから、ビックリしちゃって」
「そういう修行してたからねえ」
苦笑いするテトラの瞳はキラキラと輝いている。目が見えないとは思えないが、セリナに視線を合わせず、一点だけ見据えて話す仕草がうっすらとうかがわせるだけである。
まだ聞き足りなさそうなセリナの視線を感じ、テトラがやむなく、表面上は明るく装って何かなとセリナに聞いた。
「あの、リュウヤさんとはどういうご関係ですか?」
「剣術の先生、かな。期間は短かったけど」
「……先生」
「うん。ムルドゥバで大会があった時にね。事件が起きてこんな風になっちゃったけど、リュウヤ君やクリューネちゃんのおかげで随分助けられたなあ」
テトラは懐かしそうに語ってみせた。
何気なくクリューネの名を出すことで、疑惑を念を薄れさせようとしたのだが、果たしてそれは功を奏したようである。セリナから怪しむ気配が和らいでいくのをテトラは感じていた。
それでも慎重にセリナの様子をうかがっているテトラに、おい、とクリューネの呼ぶ声が聞こえた。
「テトラ、セリナとアイーシャ。そろそろ
クリューネの呼び掛けに救われた格好となり、安堵のため息をもらしてテトラが立ち上がった時、何かがテトラの耳を捉えた。先に気のせいと思っていたものが、今度ははっきりと聞こえる。
「クリューネちゃん。南東の方角、“竜眼”使って確認してくれない」
「確認てなにをじゃ」
「いいから早く」
血相を変えるテトラに気圧され、クリューネは急いで南東側の上空に向かって“竜眼”を使った。
「……」
空を見つめるクリューネの表情が強張り、口の端から唸るような声が漏れた。竜の瞳には、猛スピードで迫る五つの船体と、その後ろから追い掛けるマルスと魔空艇の姿が映っている。光弾が飛び交い、光弾同士が衝突して火球が生じているが、敵艦隊の動きを止められないでいる。
「ムルドゥバの援軍より、向こうの動きが早かったか」
クリューネは舌打ちすると、ジルの下へと駆けていった。魔装兵(ゴーレム)のところへ行き、何事か指示を送っている。
セリナさんとテトラが言った。
「これから、また激しい戦闘になります」
「……」
「しっかり守るから、私たちから離れないで。アイーシャちゃんも、お母さんから離れたら駄目だよ」
不安そうに佇むセリナとアイーシャを見比べ、テトラはアイーシャの前にしゃがみこむと、優しく微笑むテトラにアイーシャはうなずいた。
「わたしも、みんなを守れるようにがんばるね」
「そうかあ。強いなアイーシャちゃん」
「うん、アイーシャがんばる」
健気なアイーシャの答えに、テトラは抱き締めたいくらいだったが、今は感傷に浸っている暇は無いと思い直し、セリナを奥に促してテトラは立ち上がった。
※ ※ ※
唸る猛剣が大地を抉り、木々を薙げば、光の塵が宙に煌めき閃光が奔る。
トトンとリュウヤが軽やかに後退するのを、ゼノキアが上から押し潰すかの圧力で迫ってきた。しかし、リュウヤは
ゼノキアも常人離れした反応速度で対応するが、それでも微かに傷を負ってしまう。
リュウヤの魔力はエリシュナとの戦いで、もはや
リュウヤとゼノキアの打ち合いは美しい剣舞を見ているようで、魔王軍もムルドゥバ軍の兵士たちも言葉を失ったまま、手に汗を握って戦いの行方を追っている。
『ちょこまかと……』
当のゼノキアは感銘を受ける余裕などなく、かわし続けるリュウヤに苛立ちを感じながら、叩きつけるようにラグナロクを振るった。濃い砂塵が舞い上がったものの手応えはない。しかし背後に気配を感じると振り向き様、横に剣を払った。
リュウヤは弥勒でラグナロクを受けると、そのままボールのように跳ねて後退した。
汗と埃でリュウヤの顔は真っ黒になっていたが、何のダメージを与えていないのは、据わった腰や落ち着きのある呼吸を見れば、ゼノキアの目にも明らかだった。
――大丈夫だ。
リュウヤは息をつきながら、自身に言い聞かせた。気持ちは落ち着き、ゼノキアの剣もうまくかわせている。反対に、ゼノキアはペースに持ち込めず、斬られた焦りで魔法を使うのも忘れ、剣を振るうことばかりに夢中になっている。
――あとはタイミングだな。
『リュウヤ、借り物の力でいい気になるなよ』
「……借り物?」
『そうだ。昔は紅竜ヴァルタスの力を借り、今はその光の羽根に力を借りたものでしかない』
「……」
『貴様の力などほんの微小なものだ。光の羽根が無ければ、私の足元にも及ばぬ』
「……」
『絶え間ない鍛練により、身の内より生じる力こそ至高で美しいものだ。借り物に身を固めた貴様など所詮は偽物。極めたものが何もなく小技に頼ったシシバルと同じだ』
リュウヤはまっすぐにゼノキアを見つめていたが、おもむろに口を開くと「純粋だな」と感心した口ぶりで言った。
『……なんだと?』
「偽物だの借り物だの、考えている余裕なんて俺には無いよ。だから純粋て言ったんだ」
『私を馬鹿にしているつもりか』
「いや、褒めている」
ほざけとゼノキアが怒号した。無尽蔵とも思える闘気が、ラグナロクの刀身をますます猛らせる。灼熱の闘剣を構え、ゼノキアが躍りかかろうと跳ねたその瞬間、幾多の紅い閃光が空を駆け抜け、無数の爆発音の衝撃が大地を揺らした。
『魔空艦だ!』
誰かが叫んだ。
声の訛りから魔王軍の兵士らしい。
地上の兵士たちは一斉に空を指差し、援軍だの追われているだの騒然としている。その内の幾つかの流れ弾が地上に落ち、土の柱や強烈な爆風ととも悲鳴が巻き起こった。敵味方も戦どころではなく、散り散りになって逃げ回り始めていった。
「バカヤロウ、ここには核があるんだぞ!」
『核……?』
戦闘を繰り広げる魔空艦に向かって叫ぶリュウヤの声をゼノキアが耳にし、“核”という言葉にそれまで沸騰していた頭の中が急速に冷えていった。その時、半壊した建物の陰から黒煙をかき分けて、猛進してくる黒い巨大な影を見た。
『
「行くぞ、ゼノキア!!」
鋼鉄の両肩にシシバルとリリシアを乗せて、ジルの
『カスが邪魔をするな!』
ゼノキアは足を止め接近したジルの魔装兵(ゴーレム)に向かって剣を振るった。
「邪魔はしねえよっと」
剣が到達する直前に、魔装兵(ゴーレム)は空高く跳躍するとゼノキアを飛び越え、“トライデント”へと駆けていく。
『しまった……!』
ゼノキアはジルたちの動きに目的が何かを覚り、怒りで熱を帯びていた頭が急激に冷えていった。俺は何をしていたんだと自分を殴りつけたい気分に陥っていた。
ゼノキアは印を結んで魔装兵(ゴーレム)に魔法を放とうとすると、足元から分厚い熱風が吹き上げてきたた。視線を向けると、脇構えの体勢で腰を沈めるリュウヤの背中が広がっていた。わずかに見上げる鋭い眼光がゼノキアを刺してくる。
「行かせるかよ!」
踏み込んで振るった刃は変化し、唸りをあげてゼノキアの左斜め上から襲い掛かってきた。
『くっ……!』
勢いを増したリュウヤの刃に、ゼノキアは剣を立てて一撃を凌いだ。しかし、刀身に伝わる重い衝撃はゼノキアの足を封じ、前に出ることができず剣圧におされた。
今までと勢いが違うと、ゼノキアは息を呑んだ。
「逃すか!」
リュウヤが吼えると身体に十数ものミスリルプレートが取り囲み、青白い蝶の羽根を模したエネルギー波がリュウヤの背中から発せられた。
――ここで、全魔力をつぎ込んで食い止める。
冷静さを取り戻したゼノキアに、逃げ回る戦法は通用しない。
ここが勝負どころだと、リュウヤの羽根は輝きを増して距離を詰め、受けにまわったゼノキアを連続攻撃で更に後退させた。
『アズライル!』
とリュウヤの剣を凌ぎながらゼノキアが怒鳴った。
黒煙に遮られてアズライル位置はわからないが、ゼノキアはとにかく声を張った。
『奴らの狙いは“トライデント”、あの核だ!近くにある鉄の筒を守れ!』
『は、はい!』
“カク”というものが何かはさっぱりわからなかったが、トライデントという名称から強力な武器なのだろうとおぼろげに推測するのがせいぜいである。しかし、主の焦りの混ざった声にアズライルはよほどの危機を感じていた。
『エリシュナ様を頼む』
アズライルはエリシュナの治療にあたるリリベルに振り向き、リリベルが力強く頷くのを見てエリシュナに一礼すると、外に置いてある
アズライルは腕力だけではなく、脚力もまた尋常ではない。迫る
『この“ハエタタキ”で潰してやるわ!』
アズライルが手にした
『ちょこまか逃げ回りおって……!』
アズライルはジルを追おうとしたが、不意に空から重い空気がアズライルにのし掛かり、アズライルは足を止めて上空を見上げた。
空より飛来する二つの影。そのひとつから、稲光をまとった五本の矢が空気を裂いて落下してくる。
『シシバルめ、懲りん奴だ!』
アズライルは矢をかわしたものの、背後に殺気を感じ、身構えて振り返るのと魔法陣を拳に浮かべた小柄な女が殴りつけてきたのが同時だった。
拳はハエタタキで受け止めたものの、見かけから想像できないほどの威力が伝わってくる。
「先にはいかせない」
猿のような身軽さで、飛びさがった女は低い声で言った。
『貴様は前に会ったな。確か、ジルの妹か』
「リリシア。私の名は、リリシア・カーランド」
リリシアは静かに名を告げると、反対側に立つシシバルに視線を向けた。
「シシバルさん、私たちは初めて組む。私の足を引っ張らないでね」
『それはこっちの台詞だ!』
「……上等」
言うが早いか、リリシアはわずかな腰を沈めると、影が風のよう大地を駆けた。同時に、シシバルも反対側から“
『くそ……!』
二人の猛者の攻撃に、アズライルは守勢にまわって凌ぐことしかできなかった。リリシアとシシバルの連携は即席だが巧みで、反撃する隙をまるで与えない。
上空の戦闘の影響で、地上が混乱の極みにあること、その中でゼノキアとリュウヤとの戦いが続いていることも、少なからずアズライルに影響しているようだった。
加えて、視界の端でジルの魔装兵(ゴーレム)がトライデントを把持しようとするのを見れば、焦りのためにますます受けにまわってしまう。
『おのれ、羽虫どもが!!』
苛立ちのあまり罵ってはみたものの、事態を打開する手段としては何の効果もなく、アズライルはジルの動きを視界で捉えながらも、ますます苛立ちを募らせていた。
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