第138話 無限武製の“魔手(ブリューナク)”

“急いでよ。もっとスピードでないの?”


 猛烈なスピードと風圧に慣れてしまったテトラの怒鳴る声がヘッドフォンに響き、ジルは無理だよと魔装兵ゴーレムの操縦席からマイクに怒鳴り返した。


“ハッチ開けっぱなしで操縦してんだぜ。これ以上出したら、風の抵抗で俺の大事な魔装兵ゴーレムがひっくり返るよ!”

“ジル、あんま大声出さないで。さっきから、わんわんうるさい”

“それ言ったら、お前だってだろ!”

“なによ!”

“なんだよ!”


 次第に口喧嘩の様相を呈し始めた二人を、上空から突如響く砲声と爆光が現実に引き戻させた。見上げると、敵の魔空艦と交戦中の魔空艦マルスが、猛スピードでナゼルの町がある方角へと向かっていく。

 向かっていくというより、ジルの目には逃げ回っているようにも見える。


「シシバルの奴、援軍どころか、自分の世話で手一杯じゃねえか……」


 ジルが苦い顔をしながら“マルス”追っていると、街道の先に黒い煙が立ち上る焼かれた森や家屋が見えてきた。やがて、その奥から撃剣や銃撃の音に混ざって悲鳴や怒号が響いている。

 街道上に無数の人影が映り、ジルは目を凝らした。

 ジルの視力はレジスタンスの中でもかなり良い方で、数キロ離れた場所でもはっきり見える。ジルの目には一様にに青ざめた顔をし、生を求めて必死の形相な兵士の顔が映っている。

 武器を持たない者や兜が無い者も多く、装備からナゼルから脱出してきたムルドゥバ兵だと一目でわかった。


“シシバル君もここまで来てくれたんだから、とにかく急ごうよ!”


 テトラが言うと、ジルはわかっとるわと怒鳴り返し、レバーを握り締めたままペダルにぐっと力を込め直した。


  ※  ※  ※


 一筋の白煙が空にはしり、アズライルは空を見上げると、北の上空に打ち上げられた信号弾の赤い光がキラキラと瞬いていた。

 ムルドゥバが、救難を求める際に使う信号弾だと聞いている。


『あまり時間が無いな』


 アズライルは馬上で身を低くすると、ベヒーモスの勢いは更に増していった。 ムルドゥバの銃騎兵と魔装兵ゴーレムから、一斉に砲口から猛火を吐き、灼熱の光弾が黒い群れへ襲いかかっていく。

 しかし、猛獣にまたがる二十人の戦士たちは冷静だった。無数の光弾を巧みにかわしながら疾駆し、手にした弓と槍で応戦していく。

 装備では勝るムルドゥバ軍だが、魔王軍の矢もただの矢ではなく、矢じりには魔法による雷撃効果が施されている。矢が兵や馬に当たればすさまじい爆発を起こし、尋常ではない力を秘めていた。

 至るところで矢と光弾が飛び交い、巻き起こった爆風が残された建物を粉砕し、噴き上がった土砂が土柱をつくっていく。


「行け!敵は少数だぞ。何を手間取っているんだ!」

「いや、兵は浮足立っている。ここは一旦退却をだな……」

「バカな。貴様は俺の上官か?」

「貴様こそ何様だ!」


 数では勝るムルドゥバ軍だったが、ガルセシム以下主だった将校を失ったために指揮は乱れに乱れ、まともに応戦できているのは百にも満たない。

 鋼鉄の鎧を持つ魔装兵(ゴーレム)も、針ネズミと化すほどに魔法の矢を浴びれば、ひとたまりもなく黒こげとなって機能を停止していた。


『貴様ら怯むなよ!かかれ、かかれ!』

 

 絶叫と悲鳴がナゼルの廃墟にこだまする中、先頭を駆けるアズライルの身体は既に魔人化し、漆黒の肉体は迫る灼熱の光弾をかわしもせずに、素手で薙ぎ払いながらベヒーモスを駆って突進していく。


『こんな花火と人形どもに屈するな!人形遊びなど、女子供がするものだぞ!』


 ガルセシムが誇った新式の銃弾も、魔人化したアズライルには通用せず、禍々しい姿と声は大気を震撼させた。魔人化する魔族は他にも数多くいるが、魔人化したアズライルこそ“魔人”と形容するにふさわしいほどの迫力があった。

 圧倒的なアズライルの威圧感と殺気に、ムルドゥバの兵士たちは戦意を失って逃げだす者が出始めた。


『いまだ、行くぞ!』


 アズライルの雷撃にも似た叱咤に、ムルドゥバは震えあがり、勢いを増した猛進する魔王軍に蹂躙されていく。


『見事だ、アズライル!』


 背後から声がし、振り返ると騎馬にまたがったゼノキアが駆けてくる。

 鞍に記された紋章から、ムルドゥバの銃騎兵から奪ったものらしい。


『良い馬だろう。こいつは私に惚れたらしい。騎手を振り落として、私に乗れと寄ってきた』


 ゼノキアは自慢気に笑みを浮かべて見せた。真っ赤な馬体に炎のように流れるたてがみを持つその馬は、猛獣に囲まれても臆することなく、堂々とくつわを並べ走っている。


『城を抜け出し、早駆けした“深淵の森”時代を思い出しますな。あの時は手加減しましたが、今は負けませんぞ!』

『今の私は、あの頃よりも若くあの頃以上に気力が充実しているのだぞ。老い始めた貴様に、勝ち目はあるまい』

『言いましたな!』


 はっとアズライルは手綱を振った。

 ゼノキアとアズライルは哄笑しながら、無人の野を駆けるようにムルドゥバ軍を蹴散らしていった。

 頼みの魔装兵ゴーレムも他にまだ四体も残っていたのだが、獣王部隊の魔力が籠められた矢に二体がやられてしまい、他はアズライルの豪腕に吹き飛ばされ、地面に崩れ落ちている。また、他の銃騎兵もゼノキアの強大な魔法に手も足も出ない。

 疾駆する二人の後に、二十騎の獣王部隊が続いた。



『アズライル。あの少年がここまでの将になるとはな。心から嬉しく思うぞ』

『いえ……』


 ゼノキアから褒め言葉が貰えるとは思わず、アズライルはわずかだが目頭が熱くなるのを感じた。

 まだゼノキアが若く、“深淵の森”の長でしかなかった頃、アズライルは出仕したばかりで、あどけない少年の面影を残していた。

 当時は王の背中を追うばかりで青息吐息となり、猛将として竜族との戦いで先陣を駆ける頃には、ゼノキアはすでに病と老いで共に駆けることはできなくなっていた。

 しかし、ゼノキアが復活した今はこうして横に並び、敵陣を疾走している。

 夢のような気分にアズライルは浸っていた。


『アズライル、上だ!』


 突如響いたゼノキアの叫ぶ声が、アズライルを夢から覚まさせた。見上げた先には魔空艦を背後にして、黒い人影が落ちてくる。その両腕に稲妻が生じるのが見えた。

 不気味な稲妻の正体がなんであるか、アズライルは目にした瞬間に覚っていた。


 ――シシバルの魔手ブリューナク……!


 アズライルの口から言葉となって出る前に、稲妻は五つの巨大な矢となって唸りをあげてながら地上へと落下してくる。

 アズライルは思わぬ位置からの攻撃に、たまらず回避したが、避けきれなかった獣王部隊の数名がベヒーモスごと身体を貫かれて即死した。


『くそっ……!』


 ゼノキアの馬は漆黒の槍に反応仕切れず、ゼノキアが馬から飛び降りると同時に身を裂かれて肉塊と化していた。

 アズライルは急いで転身すると、ゼノキアを護る盾のように前に立ち、人影が落下した位置を睨んだ。もうもうと土煙が立ち込め、ムルドゥバ兵も獣王部隊も何が起きたのかわからずに呆然としている。


『ゼノキア様、ご無事ですか!』


 アズライルが駆け寄り、慌ててベヒーモスから飛び降りると、ゼノキアは怪我はないと言って手を振った。


『私は大丈夫だ。それよりも奴だ』

『奴、一人だけですか』

『向こうは魔空艦相手だ。こっちに力を割く余裕はあるまい』


 上空で交戦していた魔空艦は、既にナゼルを離れている。おそらく双方が流れ弾で地上部隊に被弾することを恐れたためだろうとゼノキアは思った。

 魔装兵ゴーレム六体、銃騎兵部隊三千もの軍を一気に殲滅まで出来るとは、さすがのゼノキアやアズライルも考えてはいなかった。今回の強襲した目的は敵将の誘き出しにある。

 これまで戦火から遠かったナゼルまでわざと逃げ、金品食料を餌に残して油断したところをピンポイントで敵将を討つ。

 強烈な一撃を相手に食らわせれば、最近、魔王軍に広がっている動揺を打ち消すことができる。

 エリンギアからの一時撤退を進言したアズライルが、提案した作戦だったが、もっとも意欲を示したのはゼノキアだった。

 当初の計画では、ガルセシムに向かうのは他の魔導士を使う予定だったのだが、その役を魔王自ら買ってでたほどだ。

 ゼノキアも面にも出さなかったが、王都の被害と将軍ネプラスの負傷、リュウヤ・ラング追って行方不明の王妃エリシュナが気がかりで進退に悩んでいた。

 もしかしたら、動揺の広がる魔王軍の中で一番悩んでいたのは、ゼノキアだったのかもしれない。

 そんな時に出されたアズライルの案は渡りに船といったもので、少なくとも、これでエリンギアから撤退することになっても、将兵は敗戦気分とはならないだろうと見込んでいた。

 無論、アズライルもそんなゼノキアの心中を察していた。

 猪突猛進で知られる獣王が言えば、他の将も臆病者と罰せられることもない。ゼノキアもプライドが傷つかないで済むと考慮しての案だった。

 大隊長ガルセシムを討ち、魔装兵ゴーレム部隊を戦闘不能にさせたことで目的は半分以上達成している。後はムルドゥバ兵を追い払い、生き残った兵士から魔王軍の恐怖を喧伝させれば良い。


 ――意外と早かったな。


 ゼノキア個人からすれば手応えのない大隊長だったが、安い買い物ができたと思えばと満足していたのだ。しかし、肝心のところで思わぬ邪魔が入ったと、ゼノキアは舌打ちをして煙の中に佇立する人影を睨んでいた。


『……魔王様。アズライル殿。お久しぶりですな』

『シシバル軍団長、随分と派手な登場だな。元気そうでなによりだ』


 人影――シシバル――は、ゆっくりと足を進めて煙の中から現れた。


『アンタのおかげで、日々が充実してるよ。しかし、ここにきて元凶二人が少人数でおでましとは』

『おかげで、大隊長ガルセシムとやらは始末できた。まあ、事のついでだ。反逆者の貴様の首を持っていけばみせしめになるな』

『やれるもんなら、やってみろ。貴様らの無慈悲な愚策で死んだ仲間や家族の恨み、ここで晴らすぞ』

『……ゼノキア様、ここは私が』

『いや、私がやろう』


 迎え撃とうとしたアズライルをゼノキアが制して前にでた。


『ムルドゥバ軍はお前に威圧されている。奴らはアズライルに任せる』


 ゼノキアは正面を向いたまま言うと、シシバルが静かに身を沈めていた。嵐にも似た殺気がゼノキアに向けられ、シシバルは一気に疾走した。端から見ている者には、まるで風が駆けているようだった。


『巻き添えを喰らいたく無ければ逃げろ!』


 シシバルはムルドゥバ軍に向かって叫ぶと、右手に青白い稲光が奔った。


『今こそ力を示せ、我が魔手ブリューナク!』


 革手袋が外されその下から現れたのは、刃のような爪を持った異形の手。蛇の鱗のような肌をしており、明らかに他とは異なる。その手から発せられる稲光は力を増すと、光は剣を形成してシシバルの手のうちに収まっていた。


『だらあっ!』


 シシバルの右手につくられた片刃の剣がゼノキアの左肩に向かって振り下ろされると、ゼノキアは身を退けてシシバルの刃をかわした。しかし、シシバルはそれで攻撃をやめない。さがるゼノキアを猛追し、次々と連続攻撃を仕掛けるが、ゼノキアはするりするりと流れるようにかわし続けた。

 

『ゼノキア様、反撃を!』


 一向に反撃しないゼノキアを不審に思い、アズライルは両脇に捕またムルドゥバ兵の首を絞めながら怒鳴った。だが、ゼノキアは余裕の笑みを浮かべたまま、シシバルの攻撃を避けている。苛立ちを覚えたシシバルが声を荒げた。


『どうした!ゼノキア』

『貴様は昔から進歩がないな』

『なんだと!』


 激昂したシシバルが鋭く突くと、ゼノキアはしゃがんで刃をかわし、同時に倒れている兵士から剣を拾って跳ね上げると、シシバルの剣をあっけなく打ち砕いた。

 砕かれた剣は、粒子となって宙に消滅していく。


『なに……!』

『貴様には、雑兵の剣でも十分なようだ』


 シシバルは飛びさがると、再び両手に稲光が奔り、その手に弓矢が形成される。五本の光る矢は既に狙いはゼノキアに定められている。


『百の武器をつくりだす魔手“ブリューナク”。そして百の武器を使いこなす武芸百般の将、元軍団長シシバル……か』


 ゼノキアは呟きながら、放たれた五本の矢を瞬時に斬り落とす。


『……おのれ!』

『確かに、その製造能力と扱う才能は素晴らしい。多種の武器を自在につくりだせる能力など、私ですら持っていない。炭素を素とし、見た目は炭のように素朴だが、ダイヤモンドのような硬質さを秘めている』


 シシバルは次にモーニングスターをつくると、咆哮しながら鉄球を振り回し、ゼノキアへと向かっていった。


『だが、貴様はどの武芸でも誰かと競えば、常に三番手四番手だった』


 ゼノキアは身を転身させながらモーニングスターの鎖を柔らかく絡めとり、地面に叩き落とす。引っ張り込まれるのを恐れたシシバルは、モーニングスターを捨てると次に形成したのは、長い仗だった。


『それも、今は亡きベリア教官に一蹴されたものだろう』


 頭上で旋回させ、唸りをあげてしなる仗は、致命傷となる充分な威力を感じさせたが、ゼノキアは剣を立てて軽くいなすと、仗を巻き上げて空中にはね飛ばしてしまっていた。


『何故だ。何故、ゼノキアに通用しない』

『貴様の技が通用しなかったのは、私だけではないだろう。確か、サイナスにも負けた』


 今また武器を奪われ、歯ぎしりするシシバルに、ゼノキアは当然だなと静かな口調で言った。


『お前の武術は広くとも浅い。どれも精緻に欠き練度が足りない。だから、雑剣を手にした私にも及ばんのだ』

『……』

『所詮、貴様は軍団長どまり。贋作。紛い物。武人としては二流だ。反乱を起こした妙な自信で単身乗り込んで来たが、その思い上がりが仇となったな』


 ゼノキアは剣を捨てると、だらりと両手を下げて冷笑を浮かべた。不意に分厚い壁のような殺気が、シシバルの身体にのし掛かってくる。本能で危険を察知したシシバルが、両手に片刃刀を把持した時にはゼノキアは眼前に迫っていた。

 ほのかな紅光が揺らぐゼノキアの右手に、シシバルは目を見張った。


『……闘剣“ラグナロク”』

『一点でも極めたものこそが、本物となれる』


 闘気によって形成される剣“ラグナロク”。

 シシバルのブリューナクと性質は似ているが、魔手“ブリューナク”は武器を具現化してつくりだすのに対し、ゼノキアは闘気と魔力で剣状の形をしたものをつくりあげる。

 ゼノキアから生じた紅の光がシシバルの刃に触れると、次の瞬間、筆舌に尽くしがたい衝撃がシシバルを吹き飛ばしていた。あまりの衝撃に目の前が真っ暗となって焼けるような痛みすら生じ、シシバルの意識が一瞬、遠退いた。


『ぐあ……!』


 雷鳴が間近で轟き、落雷したような衝撃に周りの兵士も騒然となった。


『寸前で防いだか。だが、貴様がいかに武器を幾つ揃えても、粗末な腕ではこれだけの差があるとわかったろう』

『……』

『魔手“ブリューナク”の使い手シシバル。貴様は偽物の戦士』


 ゼノキアは闘剣“ラグナロク”を手に生じさせたまま、倒れるシシバルへと突進した。シシバルの実力を見極めるために、余計な時間を費やし過ぎた。我彼の実力が判明した以上、あとは止めを刺すだけだ。


『裏切り者の末路だ。死ね』

『俺を……舐めるな!』


 迫るゼノキアに、シシバルは力を振り絞り、手槍をつくると半身を起こして、一気に槍を突き上げた。


『どうだあ!』


 タイミング。間合い。

 会心の手応えを感じ、叫ぶシシバルの表情は驚愕したまま強張り、目の前を凝視していた。会心と思っていた槍の穂先はゼノキアの剣によって斬り落とされ、ゼノキア自身は既にシシバルの傍まで転身し、ラグナロクを右手に垂らしたままシシバルを見下ろしている。

 どう動いたのか、シシバルにはまったくわからなかった。


『さらばだ。贋作!』


 ラグナロクの闘刃が振り下ろされようとした時、二人の間に影が割って入った。影はゼノキアの剣を下から柔らかにはね返して、数歩よろめかせた。


『なに!?』

「……シシバル君は贋作じゃないよ。立派に隊長やってる」


 ゼノキアは突如介入してきた影の正体に、呻く声を発した。シシバルは喘ぎながら漸くおでましかと口の端を歪ませた。


『テトラ・カイム。良いとこを取りやがって』

「ジル隊長と同じこと言うね」

『……何?』

「ううん、遅れてごめんなさいね」


 男てば、ほんとに見栄っ張り。

 テトラはゼノキアに正眼で構えたまま、おどけてみせた。

 一見、シシバルは強がってはいる。

 しかし、荒い息遣いの中に、深い安堵のため息が混ざっているのを、テトラの鋭敏な聴覚は聞き逃さなかった。

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