第133話 まっすぐに。ただ、まっすぐに
魔空艦から迫る
エリシュナが復活したのを目にして、リュウヤも急ぎ向かっていたのだが、まさかバハムートが一蹴されるとは思ってもみなかったのだ。
「今回、全く良いところがねえな。神竜さんよ!」
リュウヤはようやく立ち上がったバハムートに毒づくと、甲板上に視線を戻した。生き残った兵士の奥に、傲然と佇立するエリシュナが見える。
憎悪に燃える瞳はリュウヤに据えられていた。そのエリシュナの背後に控える、ララベルという女と瓜二つの女の両手から、再び光球が生じるのが目に映った。
「まあ、クライマックスには、ちょうど良いシチュエーションか」
異様な高エネルギーに身体が反応し、リュウヤの身体や気が引き締まっていくのが自分でもわかる。戦慄とともに身体中から汗がどっとわいてくるのを感じていたが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
――
リュウヤの耳に澄んだ声が響くとともに、全てを焼き尽くす業火が押し寄せてくる。だが、リュウヤは鯉口をゆるめると、かわそうともしないで、
『無茶だ。無防備のままで突撃してくるだと?』
リュウヤの予想外の動きに、兵士の一人が敵であることも忘れて声をあげた。
しかしリュウヤは、青白い麟粉を大量に撒き散らしながら突進する。そして灼熱の熱波が到達する直前、わずかに身を沈めると、腰を払い一気に剣を薙ぐようにして振るった。
閃光が奔り、灼熱の炎が二つに割れてリュウヤから逸れていく。
『な……』
まさかの光景に、魔王軍の兵士の誰もが愕然とした。特に猛火烈掌(テヘペロ)を放ったリリベルにとっては、衝撃以外何物でもない。
『あれが、噂の魔法斬りか』
リュウヤ・ラングは魔法すら断ち切る。
相当な剣技の持ち主だと魔王軍の間でも有名だったが、そんなことがあるのかと疑う者がほとんどだった。
魔王ゼノキアも首を傾げたほどで、事実上魔法斬りなど不可能と言われていたからだった。
だが実際に、衣服に微細な焦げ痕すらつかせず、業火を両断して現れたリュウヤを目の当たりにすると、兵士たちは驚きを過ぎて唖然とするばかりだった。
ただ一人、エリシュナだけを除いて。
『リリベル、下がりなさい!』
エリシュナはリリベルに命じるのと、八双に構え直したリュウヤが、踏み込みざまに刃を振るったのが同時だった。
刃はうなりをあげ、逃げる余裕も与えない。エリシュナも真っ向から迎え撃った。撃剣の音が響き、猛烈な衝撃波が周囲の兵士を襲った。鍔競り合いとなり、リュウヤとエリシュナは互いに冷笑を浮かべて向かい合う。
『お礼の贈り物でもあげようと思ってたのに、相変わらず、来るのがはやいわねえ。空気読めない奴てホント嫌い』
「お礼なんかしなくても、でけえ傷をつけてやるよ」
『……ホントにムカつくわね。虫ずがはしる。アンタなんて大嫌い』
「俺もだ。クソ女」
『他に言葉が思いつかないのかしらねえ。……この低能クンは!』
エリシュナは罵りながら吠え、強引にリュウヤを押し返した。下がった拍子にリュウヤは側面から熱波を感じて身を翻した。タイミングを測っていたリリベルが
リュウヤは“魔法斬り”する余裕もなく、上空へ退避すると、エリシュナも上空へと飛び上がって追撃した。気配を察知し、振り向き様に剣を振るったが、エリシュナの姿が消えている。
エリシュナは既にリュウヤの後方にあり、振り返る先にエリシュナの冷笑が映った。
『……今度は妾の番よん』
「ちいっ!」
エリシュナはパラソリアの尖端をリュウヤに向けると、桃色の光球が生じ、
「頼むぞ、
リュウヤが吼え、リュウヤを護るミスリルプレートが発光すると、強力な電磁波がバリアを形成してエリシュナの
「ぐうううう……!!」
『なんて良い表情でしょ。素敵よリュウヤちゃん。ホント、ぐちゃぐちゃにして食べちゃいたくなるわ』
「……うるせえぞ。すぐにボコボコにしてやらあ」
しかし、リュウヤの意気とは裏腹に、
リュウヤは
「あれは……」
リリシアは崩れた外装の間から、現れた黒と白のツートンの円頭型の物体を目にして声をあげた。
その傍らで、先ほどまで甲板上にいた小隊長が倒れている。衝撃波に破壊された船の破片で気絶したらしい。
「クリューネ、あれ……」
“あれが核というやつか?”
写真で見せられたものより随分地味だと、バハムートはいぶかしんでいた。
リュウヤから画像で見せられた核ミサイルというものは、もっと長大で鉛筆のような形をしていた。しかし、船の中から現れたものはその半分くらいで、バハムートでも抱えられそうなものだった。
あの中にホーリーブレスを超えるエネルギーが蓄積されているとは、にわかに信じがたいものがある。
リュウヤにもそこまで知識があるわけでもなく、事前に情報もなかったせいもあるが、バハムートとリリシアの見ているものが、潜水艦に配備される核弾道ミサイルとわからないのも無理はなかった。
「クリューネ、行こう」
リリシアがバハムートを促した時、強烈な衝撃波が二人を襲った。
リュウヤとエリシュナの互いのエネルギーが衝突し、嵐のような連撃から生じる衝撃波が、兵士を吹き飛ばし、魔空艦の装甲をさらに砕いていった。
“なんだ、この力は……!”
衝撃波の威力は、バハムートとリリシアをも圧してきた。尋常ではない圧力が身体を襲い、まるで身体中が鎖でがんじがらめにされているようだった。
“まるで、野獣同士の争いだな”
「エリシュナはわかるけど……、人間のリュウヤ様にどうしてここまでの力が」
“おそらく
バハムートは細めた目から、リュウヤとエリシュナの激闘を眺めた。他の兵士たちも、あまりの強大な迫力と空間を歪ませるほどのエネルギーに圧倒され、誰も身動きすることができないでいる。
“あの二人、ここには核とやらがあるんだぞ。わかっているのか”
半壊した船体左舷から、核ミサイルは既に剥き出しの状態となってさらされている。発射台に固定されてはいるものの、激震に揺れ金属同士が擦れてチリチリと鳴る高い音色は、バハムートたちに不気味な印象を与えた。
「……わかってないかもしれない」
“なに?”
「あの感じ、二人は戦いに夢中になっている。核なんて忘れているのかもしれない」
“リュウヤめ。この神竜には気をつけろと言っておいて”
バハムートが苦々しげに舌打ちする横で、リリシアは二人の笑みの意味に、ある推測をしていた。
手が合うという言葉がある。
試合なり戦うスタイルの相性が合い、気持ち良く戦える相手との間に起きる不思議な感覚。
リリシアにも似たような覚えがある。
当人同士はリラックスして楽しくやっているつもりだが、周りからしたら本気のぶつかり合い。
極端だが、リュウヤとエリシュナの間柄はそれなのかもしれないと、リリシアは感じていた。現にエリシュナも、押され気味のリュウヤも、この最終局面において、時おり、笑みすら溢しながら全力で魔力をぶつけている。
自身では気がついていないようだが、明らかに二人は戦いを楽しんでいる。
互いに人種も性格も性別も異なり、心の底から憎しみ合いながらも、戦いを通じてどこか深く繋がっている奇妙な関係。
――殺し愛か。
クリューネは野獣同士と評したが、リリシアの目には濃密な情交を繰り広げている光景と重なっていた。
「クリューネ、ホーリーブレスを使って」
つまらない言葉遊びと不意に過った邪な妄想、それに淡い嫉妬を感じた自分を馬鹿馬鹿しいと思いながら、リリシアは雑念を振り払うように怒鳴った。
“何を言うか。ホーリーブレスなど、エリシュナを利するだけだぞ。それにこの状況では、リュウヤも巻き込む”
「狙えとは言ってない。当てなくて良い。リュウヤ様ならきっと察してくれるから。でも、全力で息の続く限り!」
“当てなくて、全力……?”
「いいから。このまま有象無象の兵士たちと同じく、ボサッとここで見ているつもり?」
“……”
「あなた、神竜バハムートでしょ」
“わかった。撃てば良いのだろう。撃てば!”
半ば
その間、リリシアはバハムートの傍らで、全神経をエリシュナに向けて集中させていた。
――この一足と一拳に懸けるしかない。
“いくぞリリシア!”
バハムートは巨大な口をカッと開き、燦然と輝く光球が周囲を青白く染めた。
周囲は砂塵を吹き上げ、それは猛火烈掌(テヘペロ)の数倍の太さがある光の柱となって、エリシュナの方向へとばく進していった。
「くそ!」
ホーリーブレスに気がついたエリシュナが、
――今ので魔力を使い果たしたか。
やはり長期戦になればこちらが有利だと、エリシュナは地面に突っ伏すリュウヤを鼻で笑ってみせた。
それにしても、本当に学習能力のない猿たちだとエリシュナは思う。
『懲りずに、ホーリーブレスを使うなんてね』
エリシュナは即座に反応してパラソリアを開くと、虹色のバリアが煌めきを放ってエリシュナの前に張り巡らされる。またエネルギーを吸収し、今度こそ決着をつけてやるとエリシュナはほくそえんでホーリーブレスを待ち構えていた。
しかし、ホーリーブレスの動きはエリシュナの予想外のものだった。光軸はエリシュナを逸れて、空の彼方に消えていく。
『いったい、何のつもり?』
あまりの奇妙さに、視線が閃光の行方を追った瞬間だった。地上から噴き上がってくるように、人の気配がエリシュナへと迫ってくる。
振り向きエリシュナは目を疑った。
サーフィンのようにホーリーブレスによるエネルギーの波に乗って、そこには人の姿がある。しゃがみこむような姿勢で下に手をつき、その足元には魔法陣が浮かんでいた。
「……普通に近づいたのではあなたに届かないから」
『貴様……!』
「でも、ホーリーブレスの勢いと私の
『リリシア・カーランド……。あんた正気なの!』
「私は、リュウヤ様の最後の切り札だから!」
リリシアは一気に飛翔し、猛然とエリシュナに突進した。拳を握り全魔力全神経を集中させる。この一拳に全てを乗せて。
「うらあああああああっっっっ!!!」
『ぬうっ……!』
エリシュナはパラソリアをリリシアに向けて、攻撃を防ごうとした。しかし、パラソリアは開いた状態となっている。しかし、以前にバハムートの唾で視界を遮られたのと同様、虹色のバリアは対魔法であって、物理攻撃には大して効果がない。加えてオリハルコン製の布地とはいえ、傘が開いた状態で一点集中されれば神盾(ガウォール)の前にはひとたまりもなかった。
リリシアの拳はパラソリアを突き破り、唸りをあげて轟とエリシュナに迫る。
突然、周りの音が遠くなった。
拳も飛散する水滴すべてがスローモーションに映ったが、エリシュナの動きも酷く重く鈍い。拳が接近していても、ただ待つしかなくなっていた。
『ひっ……!』
打たれれば確実に顔面が崩壊する。身の凍るような恐怖にエリシュナは小さな悲鳴をあげ、思わず目をつむって身をすくめた。
偶然か、天性の勘によるものか。
エリシュナ自身にもそれはわからなかったが、わずかなその動きが、エリシュナを渾身の一撃から逃れさせた。
「……!」
リリシアの身体はエリシュナの傍を抜けていく。全身から冷たい汗が流れ落ちる中、エリシュナは自身の幸運と勝利の確信、高揚感が胸の底から一気に溢れ出ていた。
ざまあみろ。たかが人間が、選ばれし魔族に敵うわけもない。最後に勝つのはこちらだ。
――
エリシュナはパラソリアを閉じると、勝利の笑みを浮かべながらリリシアに振り向いた。しかし、その笑みが一瞬にして固まった。
空中に飛ばされているはずのリリシアが、すぐ近くにいる。
『なんで……』
「私には、リュウヤ様がいる」
黒色で鈍い光沢を放つ六角形の板状のものを踏み台にしながら、リリシアは改めて拳を握り身構えていた。ちりちりと板状の物体から小さく青白いプラズマが奔っている。
――リュウヤ・ラングの
「エリシュナ、最後の魔力、振り絞ってやったぜ」
地上では、力尽きひざまずく姿勢でリリシアを見守っていたリュウヤが、エリシュナの心の独白が届いたかのように、ニヤリと口の端を歪めていた。
「次の渾身の一撃、あなたに」
リリシアは溜めこんだ足の力を解放し、茫然とするエリシュナに向かって雷のごとく跳躍した。
最初の師である旅の武芸者の言葉が過る。
矯めた弓矢のように腕を搾るように引く。
拳を握り、力を集中させる。
そして相手を見定め、腰の回転ととも狙う位置へ……。
――まっすぐに打つ!
閃光のように鮮やかなリリシアの正拳突きを前に、情報が処理しきれず、エリシュナの意識は飽和していた。頭が痺れた感覚に陥り、先ほどは恐怖という感情があったが、今はそれすらもない。
虚無の状態に近い。感情がなければ、身体も動かしようもなく。痴呆のようにリリシアの拳を見つめていた。
『……それ、痛そ』
エリシュナがおぼろげに知覚したリリシアの拳の印象を、ようやく言葉として発することができた瞬間、
ぐにゃりとエリシュナの顔が歪んでいき、エリシュナの身体はボールが弾き飛ばされたように、地表へと一直線に凄まじい速度で落下していった。
“うおっ!”
バハムートは慌てて飛び退くと、エリシュナはバハムート足元へと落ち、ドウンと腹の底まで響くような地鳴りとともに、墨でも塗ったような濃い砂煙が辺りに立ち込めた。
『エリシュナ様……』
リリベルをはじめとした兵士たちは言葉もなく、エリシュナの落下地点を見守っていた。
リリシアは兵士たちの近くに着地したが、エリシュナに気をとられて振り向く者は誰もおらず、地に伏し、互いにすがり、号泣している。
次第に、強い雨や風が煙を散らしていった。
煙の下から現れたものを目にした時、兵士たちにはそれが誰なのかわからなかった。しかし、それがエリシュナと判明した時、絶望に似たどよめきが起きた。
『まさか、エリシュナ様が……!』
頬が醜く腫れあがり、身体を痙攣させて横たわるエリシュナの無惨な姿は、とてもあの勇壮で高貴な王妃とは思えなかったからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます