第49話 化物たちの祭典
『いけ、殺れ、殺っちまえ、アズライル様!』
兵士の中から発せられた一言に、様子を見守っていた魔王軍の兵士たちからどよめきが波のようになって沸き起こった。
負けじとレジスタンスの誰かが、「ジル!」と声を張り上げる。
「そんな化物、早くぶっ殺しちまえ!」
『なんだと、人間ごときが!』
憤怒に駆られた魔王軍の一人が怒号するとともに、レジスタンスの男を一刀で斬り倒すと、斬った兵士も四方から剣で刺されて即死した。
その争いを皮切りにして再び戦闘が始まった。
先ほど惨めに逃走するだけだった魔王軍の兵士は、殺気をみなぎらせレジスタンスに襲いかかっていく。
戦闘は混戦となってしまい、魔王軍の兵を相手にしていた
『……さあ、第二ラウンドといこうか』
兵士が戦意を取り戻し、戦況が変わったのを見て、魔人化したアズライルは、ニヤリと頬を歪めた。
“こいつ……!”
ジルは魔装兵の腕に装着されたハンドガンの銃口に魔法エネルギーを溜め、通常の数倍の威力となった魔法弾をアズライルに向けて発射した。
雷撃の眩しい光がアズライルの黒い肉体を照らし、灼熱のエネルギー波がアズライルに迫った。
『馬鹿め!人間は学習せんな』
傲然と睥睨するアズライルの紅い瞳が、輝きを増した。
『ダラアアアッ!!』
アズライルが叫ぶとともに、漆黒の巨躯を源として凄まじい衝撃波が吹き荒れ、魔法弾を掻き消した。
信じられない光景を目の当たりにして、ジルもリリシアも息を呑んだ。
“なんだこいつ、化け物か!”
『これが魔族。これが選ばれし者の力よ。貴様ら卑小な人間には持てぬ力だ。』
“くそ!”
もう一体の操縦士の男が、魔装兵を突進させてアズライルに襲いかかった。
機械の拳を振り上げ、殴りかかったがアズライルは平然と左腕でブロックすると、反対に鋼鉄で覆われた装甲の身体を殴り返し、バランスを崩したところを後ろ蹴りを放った。
“うわああああっ!”
潰されるような重い衝撃に、魔装兵は庭の隅まで転がされていった。
『魔法に頼らぬエネルギー弾なら、俺でも撃てるぞ』
アズライルは倒れたままの
“危ない!”
本能的に危険を察知し、ジルがアズライルの背に体当たりを仕掛けたのと、光球を放ったのが同時だった。押された衝撃で、光球の軌道が魔装兵からわずかにそれた。
光球は地面に着弾すると、わき起こった高エネルギーの熱波が地面を抉り、轟音とともに土砂や瓦礫が嵐となって傍の魔装兵だけでなく、柱の陰に身を潜めていたリリシアも、爆風に呑まれて地面に叩きつけられていた。
「がっ……!」
受け身がとれず、折れている左腕がクッションとなったために、リリシアは苦痛に顔を歪ませた。
“リリシア!”
『他人を案ずる前に、自分の身を考えろ』
レーダーの警告音が鳴り響き、振り向くと同時にアズライルの剛拳が、「お椀」と整備士に呼ばれていた魔装兵の頭部を弾き飛ばしていた。
レジスタンスが操縦士を守るために、急拵えで後付けした部分である。視界も覗き穴が開いている程度で狭く、自然、反応も鈍くなる。
鋼鉄製とはいえ、アズライルの拳をまともに受けてはひとたまりもなかった。 操縦席が剥き出しとなり、機体がドウッと音を立てて崩れ落ちると、操縦席からジルが投げ出された。
「兄さん!」
「来るな、リリシア!」
駆け寄ろうとするリリシアを、ジルが叫んで制した。
「でも……」
「お前は逃げろ」
『人間を、反逆者を逃がすものか。貴様らは人間どもへの見せしめとするのだからな』
アズライルが肩を揺らしながら、リリシアたちに近づいてくる。
“ジルさん!”
残る三体目の魔装兵がアズライルの背後に迫り、組み付こうとしたが、腰を沈めたアズライルに背負い投げの形で投げられ、十トンを超える機械の身体は、背中から地面に叩きつけられた。
『人間はこんなものに頼らなければ、我々とまともに闘えんのか』
アズライルは投げた魔装兵の腕を掴んだまま、関節を極めて二の腕に力を込めた。
バキッと金属が割れる耳障りな音とともに、魔装兵の右腕が破壊された。アズライルはしばらく機械の腕を眺めていたが、つまらなそうな顔をして腕を放り捨てた。
三体の魔装兵があっけなく破れたのを見て、レジスタンス側は完全に浮き足立っていた。
魔装兵のおかげで優位に進んでいたが、失ってしまえば、人数も個々の能力でも劣るレジスタンスが圧されるのは当然と言える。形勢は逆転し、レジスタンス側が今度は追われる立場となりつつあった。
『先ほど、貴様らは何かほざいていたな。そっくりそのまま返してやる』
「……」
『“観念しろ。お前の負けだ”』
言ってから、アズライルは高らかに笑い声をあげた。
『ざまあみろ。人間が、家畜ごときが我々に逆らうなど身の程知らずと知れ。自らの不明さを恥じるがいい』
痛快な気分だった。
一度は不利な状況となりながらも、自分の力で盛り返した。
俺は偉大だと笑いが止まらない。
町の三分の一以上が瓦礫と化し、ミスリードの無差別攻撃により魔族の兵や住民も甚大な被害を受けている。自身が考えるほど偉大でもないのだが、目の前の状況が自分にとって都合よければそれで満足だった。
自身が魔王軍でも無双の肉体を持つために無謀な突撃しか頭に無く、それにより多くの部下を死なせても魔王軍のために死ねて嬉しいだろう、と考えるのがアズライルだった。
『竜族の生き残りと闘えなかったのが名残惜しい。ヴァルタスとはケリをつけたがったがな』
「……」
ヴァルタス。
レジスタンスに加わる際、魔王軍からは別名で呼ばれていると説明したリュウヤのもうひとつの名前だと、ジルは思い出していた。
『だが、まるで音沙汰がないところを見ると、サイナスに討たれたか』
アズライルの言葉は単なる独り言だったらしく、ジルとリリシアに向き直ると『お前らの首領はどこだ』と言ってきた。
アズライルは目の前にいる男がリーダーだと知らないようだった。
「……知らん。もうとっくに逃げたんだろ」
『嘘はいかんな』
「え?」
『お前のその瞳。強い意志を感じさせる瞳。負け犬の目ではない。何かを企んでいるんだろ』
言うなり、アズライルはリリシアの折れた左腕を掴みあげた。尋常でない激痛が全身に奔り、リリシアは悲鳴をあげた。
『さあ、どこだ。レジスタンスのリーダーとやらは』
「やめろ!妹を、リリシアに手を出すな!やめてくれ!」
『妹か。早く本当のことを言わんと、大切な妹の頭が潰れてしまうぞ』
アズライルは邪悪な笑みを浮かべて、リリシアの頭をそっと摘まんだ。ほんのわずか力を込めただけでも、卵を割るように粉砕してしまう。そんな死の力をリリシアは指先から感じていた。
「妹を……妹を助けてくれ」
「駄目、兄さん。どうせコイツは私たちを……」
黙っていろとアズライルがリリシアの腕を揺らし、リリシアの絶叫がジルの胸を突き刺した。リリシアの絶叫はジルを叩きのめし、呵責、後悔、自責、敗北感……。様々な感情に打ちひしがれていた。
ジルを
もう駄目だ。
おしまいだ。
でも、せめて妹だけは。
「……俺だ」
ジルが力無い声を発した。
「俺が、レジスタンスのリーダー、ジル・カートランドだ」
『そうか、やはり貴様がリーダーか。……なら、この小娘は用済みだ。礼に妹の死に様を見せてやろう』
「話が、話が違うぞ」
『馬鹿め。貴様らは喰らわれ、貢ぎ、従うだけの存在だ。何故、人間ごときと約束を守らねばならん』
「……」
『これが反逆者の末路。苦しみぬいて死ね』
リリシアも、無言のまま呆然としていた。死を受け入れたわけではなく、絶対的な力の前に抵抗する気力すらわかなかった。
ジルは数秒後には無残な死を遂げるリリシアを、祈る想いで凝視していた。
誰か助けてくれ。
妹を、リリシアを助けてくれ。
誰か……。
「リュウヤ……」
祈るような言葉とともに、猛狂う風が突如から吹き荒れた。
荒れ狂った風が、剣を振るう兵士たちを薙ぎ倒し、アズライルを吹き抜けた。風は凄まじい殺気を運び、アズライルの総身が悪寒とともに肌が粟立っていく。
アズライルは慌ててリリシアを投げ捨てると、上空を睨み上げるようにして身構えた。
ジルとリリシアが見上げると、鬼のような形相で目と泡をためた口は歯を剥き出しにした一人の男が、アズライルの眼前まで迫り拳を振り上げていた。
ジルが呟いた。声が震えているのが自分でもわかった。
来てくれた。間に合った。
「チクショウ……、格好良すぎるんだよ、リュウヤ」
一方、アズライルには、リュウヤと紅の竜が咆哮して向かってくる姿と重なって映っていた。
瞬間、全身の血が沸騰し、震えるほどの高揚感が闘気になって溢れた。
「アズライル、貴様かあっっ!」
『来たな、紅竜ヴァルタス!』
互いに放った拳同士が激突し、衝撃で二人の身体が弾かれたが、地を蹴った反動を使って打った拳が再び激突した。
何度も激突を繰り返す拳によって生じた高エネルギーの衝撃波が、轟音とともに地面を抉り、周囲の兵士たちを弾き飛ばしていく。
『人間の姿をして、人間どもに肩入れか。堕ちたなヴァルタス!』
「……貴様こそ、猪突猛進だけの男が大将気取りか!」 魔王軍もレジスタンスも戦闘どころではなく、自分の身を守るために、いつしか闘いの手を休めてリュウヤとアズライルとの闘いを見守っていた。
『これだ、このたぎるような感覚。まさしくヴァルタス。バルハムント以来だ。待っていたぞ!』
「やかましい!アイーシャの仇だ!」
『まだ死んだ娘に未練か。女々しい奴め』
「黙れえっ!」
リュウヤはアズライルを知っているわけではないが、アズライルを一目見て、ヴァルタスの記憶がリュウヤの感情や意識と繋がり、まるで自分の娘がアズライルに殺されたような錯覚をしていた。
妻を、娘を殺したのはこの男だと、リュウヤの中でヴァルタスが叫んでいる。 ヴァルタスの妻と娘がリュウヤの中で、セリナと産まれてくるはずだったアイーシャに置き換わっていた。
剣ではなく拳で攻撃を仕掛けたのも、ドラゴンであるヴァルタスの記憶が自然とそうさせていたのだが、怒りを制御できず、頭の中が沸騰しているリュウヤはまだ気がついていない。
リュウヤはアズライルの連続攻撃をウィービングで巧みにかわした。
アズライルが不用意に放った右フックで空いた隙を狙い、ボディブロウでアズライルを苦悶させると、膝が崩れた。
「うらあっ!!」
リュウヤは鋭い気合いとともに、強烈な後ろ回し蹴りをアズライルを頭部にヒットさせると、アズライルの巨体が数十メートル程はね飛ばされ、叩きつけられた場所からもうもうと土煙が立ち上った。
その先には魔王軍の兵士たちが集まっていて、兵士を十何名か下敷きとなって周囲は騒然としている。
「すごい……」
リリシアは圧倒されて、あまりの迫力に思わず震えた。
リュウヤと共に行動して半年以上となる。
何度か助けられ、リュウヤの強さを知っているつもりでいた。
だが、気迫の凄まじさを含め、ここまで「本気」のリュウヤを見たのは初めてだったといい。圧倒されていた。
『……おのれ!』
アズライルは憎悪と怒りに顔を歪めて立ち上がると、猛然とリュウヤに突進を仕掛けた。
まだヴァルタスの記憶と意識が混同しているリュウヤも、咆哮しながらアズライルに向かって駆け、空気を切り裂くような鋭く重い拳を放っていった。
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