第34話 テトラ・カイム対カルダ

 ジクードが変身する少し前、ムルドゥバの試合会場では第一試合の対戦カードが告げられ、観客からどよめきと歓声が起こる中、テトラとカルダがそれぞれ入場口から登場してきた。

 会場は中央には試合用のコートが設置され、入場口から花道まで用意されている。鉄柵を挟んでコートから数メートルほどの位置まで観客席も増設されていた。

 観客席の中央付近にあり、その中心に軍服姿の男たちがテーブル席並び、更に軍服の男たちが周りを囲むように座っている。

 テーブル席に座る髭面の男こそ、この国を統治するアルド将軍だということはテトラにもすぐにわかった。

 対面する場所に、別の花道から入ってきたカルダが立っていた。相変わらずの冷笑を浮かべ、まっすぐにテトラを見ている。


 ――落ち着け。


 テトラは猛りそうになる自分の心を、深呼吸を繰り返して静めた。心を平静にと助言したリュウヤの言葉が過る。

 互いにコートに上がると、審判役の男がアルドに礼を促し、互いに剣を構えさせ、試合開始を合図した。

「始め」と審判役が告げると同時に、カルダが猛然と仕掛けてきた。俊敏な動きであっという間にテトラの目の前に迫った。上段から振り下ろされた攻撃をきっかけに、嵐が吹き荒れたような猛攻を、歯を食いしばりながらテトラは退いた。

 一旦はつばぜり合いに持ち込んだものの、尋常ではない力に押し返されると、再びカルダの猛攻が始まった。


「どうした、どうしたあ!」


 哄笑しながら、カルダは竹刀を振り下ろしてくる。カルダの息つぐ隙も与えないほどの連続攻撃に、会場の観客はカルダの熱がうつったように、叫ぶようなどよめきが起きていた。

 ただ一人、カルダの剣を受けるテトラを除いて。

 カルダの猛攻にも、テトラの体勢は崩れていなかった。


「でやあっ!」


 激しい気合いとともに左斜めからカルダが剣を振り下ろした時、カルダの剣が雑になったのをテトラは見逃さなかった。

 その攻撃をかわして、カルダが上段に構え直して竹刀を振り上げた時、テトラが初めて反撃した。

 駆け抜けるように放った胴打ちが、カルダに決まっていた。長物による派手な打撃音が会場に響き渡る。騒然としていた場内が一瞬にしてシンと静まり返る中、「一本」という審判の声がすると、異様なざわめきが場内を満たしていった。


「……リュウヤ君の言った通りだ」


 冷笑が消え、怒りに満ちたカルダを見つめながら、テトラはリュウヤの助言を思い出していた。


 ――相手は自分の強さに慢心している。最初の仕掛けを凌いで、相手のペースを崩せ。


 リュウヤは六番埠頭に向かう際、そう言い残していた。崩せば、相手の技は更に粗雑になる、と。

 審判が二本目と告げると、騒然としていた場内が静まり返った。テトラの鮮やかな技と思わぬ展開に、観客の誰もが試合に見入ってしまっているようだった。

 カルダはさすがに警戒したのか、攻撃を仕掛けてこず正眼に構えてじっと睨んでいる。しかし、内心では激しく動揺しているのは怒りで歪んだ口元を見ればわかる。よもやの相手にプライドを酷く傷つけられたようだった。


 ――ここからだ。


 テトラは上段に構えてカルダを待った。相手に焦りがあるとはいえ、安易に仕掛ければたちまち鋭い斬撃で逆転される。にじり寄るように前に出ると、カルダは右へ右へと足を運んでいく。容易に撃ち込むことを許さない固い守りの構えだった。

 長い時が過ぎた。

 テトラが横に足を運んで八双に構えを変化させた時、カルダが滑るように間合いを詰めて疾走してきた。カルダの構えは上段に移り、勢いをつかって真っ向から打ってきた。

 テトラは踏み込んでカルダの剣を叩き、巻き上げるようにして構えを崩しにいった。

 カルダの体勢が崩れた――ように観客からは見えただろうが、カルダは身体を反転させ、背中を向けた状態から振り向き様に一気に剣を打ってきた。

 こめかみを狙った横殴りの剣は、回転した勢いを加えて鋭い威力を秘めていたが、テトラは冷静に長物を立てて剣を弾き返した。


「くそ!」


 危険を察したカルダは、猿のように飛びさがった。そのカルダを追って、テトラは地を蹴る。

 長物を下段に構え、身体を縮めるように駆けた。


「……おのれ!」


 足を踏み直したカルダが迎え打つ。カルダとの間合いに近づいた時、テトラの身体が急にのびた。

 思わぬ変化にカルダの動きが一瞬、遅れた。

 その一瞬が決め手となった。

 テトラの強烈な突きの衝撃が、カルダの胸を革胴越しに貫いた。


「が、がは……!」


 胸を突かれたカルダはコート端まで飛ばされ、胸を抑えて悶絶している。

 審判がすかさずテトラに手をあげた。


「一本、それまで!」


 審判の宣告に、観客からは盛大な拍手や歓声が沸き起こった。鳴り響く口笛が場内を満たす。テトラの名を呼ぶコールまで起こり、紙吹雪が舞う。

 まるで、優勝者が決まったかのような騒ぎとなっていた。

 そんな場内を見渡した後、テトラは悶絶してうずくまるカルダの下へと歩いていった。会場の端から医療スタッフ数名が慌ただしく駆けつけてくるのが見えた。


「どう?勝ったのは私。あなたの慢心が、この結果を招いたのよ」

「……」

「今ごろ、私の仲間も助けられているはず。賞金欲しさや仕官に目が眩んだのだろうけど、うまくいかなくて残念だったわね。あなたには法の裁きを受けさせる。本当の後悔を牢屋でしなさい」

 カルダはしばらく、じっとテトラを見上げていたが、いつもの冷笑を浮かべて嘲るように言った。


「……お前に拐われた仲間などおらん」

「何?」

「ジクード様はお前の仲間ではない」

「ジクード“様”?どういう……」


 医療スタッフから手当てを受けているカルダに問い詰めようとした時、爆発音とともに会場が揺れた。一度ではなく二度、三度と会場が爆発で揺れた。


「な、なんなの……!」


 突然の事態で騒然とする場内に、悲痛な叫びにも似たアナウンスが響き渡った。


“現在、六番埠頭において巨大な竜と魔物による戦闘が行われております!場内の皆様は落ち着いて避難をして下さい!落ち着いて、落ち着いて行動して……!”


「なんだ、あの放送は。みっともない。それでもムルドゥバの人間か」


 最後は泣き声となって途切れたマイクに、場内は混乱しきってしまい、アルド将軍が憤然として側近のフレアにマイクを要求した。急いでフレアが持ってきたマイクをもぎ取ると、大声で叱りつけるように怒鳴った。


“場内の諸君、アルドはここにいるぞ!”


 アルドの重々しい声量は場内の観客一人一人に染み渡り、混乱していた場内は一気に静まり返った。


“六番埠頭ならここからまだ距離がある。それに思い出してくれたまえ”

「……?」

“この会場は戦闘時、避難場所にも指定されている施設だ。耐震性耐久性には充分の備えがしてある。そんなところから逃げて、どこへ行こうとするのかね?私はここで大人しく避難しているよ”


 普段は厳めしい印象のあるアルドのくだけた口調に、場内は落ち着きを取り戻すどころか、笑い声さえ生まれる余裕さえ起きた。


“それに君たちは、武を以て鳴らしたムルドゥバの市民ではないか。我々の独立や尊厳を害する者たちに、武を以て毅然と立ち向かおう!”


 アルドの言葉が終わると、場内からは拍手と喝采が起きて、「ムルドゥバ万歳、アルド将軍万歳!」と叫ぶ観客の声が満ちた。

 最早、恐怖の色は無く、観客の女子どもに至るまでも闘いに赴く戦士のような目をアルドに視線を注いでいる。

 それを見て、アルドは素早く周囲の側近に部隊の出動を命じ、採用を条件に選手への戦闘参加の要請、他、場内に不調を訴える者がいないか等細かく指示を素早くだした。


「やはり、アルドは危険だな」


 呻くようなカルダの声にテトラが振り向くと、テトラは息を呑んで目を見開いた。

 金色だったカルダの髪が銀色に変色していく。身体から異様な殺気を放ち始めた。


『あっさり優勝して、授与時に近づいた時、アルドを刺殺する予定だったがこうなれば仕方がない。ここでケリをつけてやる』

「……あ、あなた、まさか」


 危険を察したテトラが、長物を身構えた。カルダが医療スタッフを弾き飛ばし立ち上がる。


『ジクード様!これより不肖カルダ、任務遂行にあたります!』


 カルダがかざした手のひらから、猛烈な炎の嵐が吹き荒れた。

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