第33話

「怖じ気づいて逃げ出したのかと思ったのだがな」


 エントリー締切時間直前に現れたテトラに、カルダが冷笑を浮かべていたた。

 テトラが試合場の選手専用入り口から入ると、ロビーにはエントリーを済ませた選手たちがいて、カルダ他六名の戦士の視線が、テトラへと一斉に注がれる。


「……」


 テトラは無視して荷を卸し、受付係に申告する。カルダは嘲笑をテトラの背中に浴びせかけた。


「貴様らの仲間を見掛けんな。今日はどうした」

「あなたには関係ない。それとも、あなたには関係あるから聞いているの?」

「どう思う?」

「ふざけないで……!」


 頭が沸騰して、もう少しで殴り掛かりそうだった。 入り口に昨日見掛けたカルダの仲間の一人が立っていて、テトラの姿に気がつくと慌てて中に駆け込み、すぐに何処かへ走り去って行っているのを目撃している。

 だが、現段階では単なる状況証拠なだけで、相手もそれを見越して挑発しているのだと覚り、テトラは必死で自分を抑えた。

 テトラが睨み返すと、カルダは笑みを大きくし、だが目は冷ややかにテトラを見ている。張り詰めた空気がロビーに満ちた。周りの選手たちは険悪な二人に息を呑んでいる。

 これまで厳しい鍛練を重ね、予選を勝ち上がってきた彼らでも、実力者なだけに、テトラとカルダの間に生じている異様な気迫に圧倒されていた。


「何もかも忘れて町から逃げればいいのにな。どこかに消えた仲間とともに後悔しろ」

「……後悔するのはアンタだ」

「それは冗談のつもりか、面白いな」


 同時に二人は背を向けて別れた。周りの選手はようやく終わったという解放感で、これから共に闘うにも関わらず、災難を免れたという顔で互いに苦笑いしている。


「……ええと。これより抽選会を行います」


 何とか嵐が治まったのを見て、おずおずと大福餅が法衣をまとったような肥えた説明係の男が、穴の開いた箱を持ったスタッフを連れて選手の前に立ち、手にした紙を読み上げ始める。


「それではAブロック勝者の方から、順次クジを引いて下さい。まずは……」


 説明係が選手の名を告げると、順々に選手が呼ばれクジを引いていく。テトラが呼ばれたのは最後から二番目だった。


「……“A”です」


 テトラが紙を掲示した時、スタッフや選手の間からどよめきが起きた。

 本選一回戦。

 テトラ・カイム対カルダ。

 今大会最大の注目カードに、スタッフからは驚嘆し、選手からは早くも潰し合ってくれるという安堵の息が漏れた。

 ちょうど良かったとカルダは肩をならしながら、視線はテトラを捉えていた。


「目障りな奴は早いうちに叩き潰すに限る」

「そっくりそのまま返すよ」


 狂暴な冷笑で互いを睨み合う二人に、周囲の選手たちは「当たらなくて良かったあ」と、心から安堵していた。

 説明係の男は、うろたえた表情でテトラとカルダを見比べていた。


「あ、あの、本大会はあくまで武を競う大会です。三本先取でも勝ちとなりますから、壊し合い潰し合いではありませんので、KOにはこだわらず……」


 だが、説明係のせっかくの注意も、二人の殺気の前には力なく掻き消されてしまっていた。


  ※  ※  ※


 ジクードの野獣の爪牙を想起させる斬撃を、リュウヤは柔らかく受け止めて後方に退いた。


「退いてろ、リュウヤ!」


 クリューネがリュウヤに怒鳴ると、“雷鞭ザンボルガ”の印を結んで呪文を唱えた。

 雷が鞭のようにしなりジクードに襲い掛かる。何かにつけ不勉強だったクリューネが使える最大級の攻撃魔法。

 だが、倒れ伏す男たちを意識したためか、避けるように波打つ雷には勢いがない。ジクードは雷が身に掛かる前に、結界魔法の印を結んで雷鞭(ザンボルガ)を弾き返す。


「速いの……!」


 弾き返した勢いのまま迫るジクードの圧力に、クリューネは押された拍子に棒立ち状態となっていた。突っ立ったままのクリューネの喉首をジクードの刃が切り裂こうとするが、間一髪でルナシウスの刃が跳ね上げる。

 その反動を利用して身体をひるがえしたジクードが、抉るように鋭い後ろ蹴りを放ったが、リュウヤは素早く退いていた。だが反撃までには至らずクリューネを守るので手一杯だった。

 リュウヤとしては今の室内よりも、若干広い外のフロアに誘い込みたいところだったが、ジクードは追って来ない。

 その場に留まり、俯いてそうかと何度も頷いている。


『リュウヤのその剣、クリスタルソードか』

「……」

『人間にしちゃおかしいと思っていたけど、お前……』


 言うなり、ジクードは印を結ぶと、クリューネと同じ雷鞭(ザンボルガ)の魔法を放った。クリューネのそれより数倍以上のエネルギーを含み、倒れた男たちを焼きながらクリューネに向かって襲い掛かる。


「ちっ!」


 リュウヤは駆け、クリューネの身を抱えて庇いながら結界を張った。魔法陣が浮かび上がり、雷鞭ザンボルガが光の塵となって結界の前に消失する。しかし、リュウヤとクリューネも衝撃で室外まで弾き飛ばされていた。

 その間隙を縫うように風が起こり、ジクードが突進してきた。クリューネを抱えたままで立て直す間もなく、相手に押されて広めのフロアまで下がらなければならなかった。

 広い空間となってことで漸く動きに余裕が生まれ、下から放った剣でジクードを後退させることができた。

 仕留められなかったことで、ジクードは不満そうに鼻を鳴らした。


『イバラ紋様の魔法陣、クリスタルソード……。そうか、君がベルサムとリルジエナを討ったヴァルタスか』

「気づくのがおせえよ」

『僕も間抜けだな。本来の任務への集中と、クリューネのせいで、変な先入観を持って見誤ってしまった』

「……私が何だというのだ」

『竜の姫様というから、もっとおしとやかで理知的な奴かと想像してたんだ。まさか、こんなにがさつで、二日酔いにうならされているような姫様とは思わなかったよ』

「な、なんじゃと……!」


 声を荒げて前に出ようとするクリューネを、リュウヤが手で制した。


「つまらない挑発にのるな。……それよりも“本来の任務”てなんだ。この茶番と何か関係があるのか」

『ま、テトラて少し面倒そうだったから、排除しておきたかっただけさ。お前らに比べればテトラはどうってことない。向こうはカルダに任せるさ』

「どっちも失敗だ。俺たちを舐めるなよ?」


 人間体ではいささか遅れをとっているが、クリューネにはバハムートの力がある。撃ち合いでも魔法でも、ジクードはリュウヤを崩せていない。

 このままならリュウヤたちが優位であるのは明白だった。


『……別に舐めちゃいないよ。お前ら相手なら、なりふり構わずやって切り抜けるだけさ。任務は後回しだ』


 そう言うと、不意にジクードの瞳が紅く染まった。

 肌が浅黒く変色し、細身の肉体が岩のようにゴツゴツと変形し、まとう衣服を破いていった。手足の爪は刃のように鋭く、少年の面影はどこかに消えてしまい、一匹の悪鬼を連想させるものに変わっていた。


「こ、こいつ……!」

『……かつて竜族に人に変身できる者がいたように、魔族にも別のものに変身できるものがいるんだ。僕のようにね。……そして』


 ジクードは指を鳴らした。

 倉庫の扉から、倒したはずのティムティムが這いながら現れた。だがもう一人、ティムティムの背中に被さるように入ってきた。リュウヤたちは知らなかったが、試合会場にいた連絡役の男だった。

 どちらも虚ろな目で涎を垂らしながら唸っている。


『こいつらには、昨晩、酒を飲ませる時、カルダに種を仕込ませたんだよ』


 くぐもった声でジクードが続けた。それは呪文の詠唱だった。


『……闇の王に生け贄を捧げる。王が持つ闇の力をこの地に示せ。生け贄となる者に名を与える。出でよ、“デッドマン”』


 ジクードが名を告げると、ティムティムらの肉体が異様な蠢きを見せた。肉体が溶け始め、混ざりあっていく。液状化した肉塊が再び人の形をつくり、ジクードのように浅黒く、そして巨大化していく。


「幾ら魔法でも無茶苦茶じゃろ……!」


 クリューネが唾を飲んで“デッドマン”を呆然と見上げていた。

 なりふり構わないというジクードの言葉は真実だとリュウヤは思い、ジクードに目を据えた。


 ――町ごと破壊するつもりか。


 リュウヤは目を据えた姿勢のまま、クリューネに言った。


「クリューネ、“デッドマン”を頼めるか」


 低い声で伝えるリュウヤのその言葉に、全てを察したクリューネからわかったという声が背後から聞こえた。


「私も見せ場をつくらんとの」


 小さく笑うと、クリューネの身体が光に覆われていく。

 光の影は急激に増幅していき、やがて竜の姿をつくりだしていった。

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