第31話 せめてヒーローらしく

「……あの倉庫の入口におる男、見覚えないか?」


 あるとリュウヤが言った。視線の先には赤ら顔の大男が倉庫の従業員用扉の前でへい睨して立っている。

 リュウヤたちが潜む倉庫の陰からは一ブロックほど離れており、大男はリュウヤたちの姿に気がついていない。


「昨日、カルダの取り巻きにいた奴だな」

「……となると、中にいるのは五人かの」


 あの時、人相の悪いのが六人ほどいたと、クリューネは思い出している。


「会場付近でテトラの見張りがいるかもしれないから四人かもな」


“りんご亭”を出た時には気配を感じなかったが、カルダとの連絡要員として、一人はいるだろうとリュウヤは推測した。テトラはもちろん、リュウヤの腕前もある程度見越しているだろうから、そこまで人数を割けないはずだ。


「さて、どうするな。時間もあまり無いぞ」


 クリューネは港に設置されていた時計で、午前九時半を廻っていたことを思い出している。あれから十分は経過している。


「……クリューネ、反対側から廻って、奴の注意を引き付けて欲しい。騒がれて中に伝わるのはまずい」

「構わんが、できるだけ殺生は避けろよ。あとが面倒になる」

「任せろ」

「漸く出たなヒーローらしい台詞。では頼むぞ」


 リュウヤが大男を見つめたまま、無言で頷くのを認めると、クリューネは立ち上がり、リュウヤから離れていった。


  ※  ※  ※


「ねーえ、おじたあん。わたしのママどこお?」


 数分後、反対側から身体をクネクネと捩らせ、大男の前に現れたクリューネを見て、リュウヤは思わずずっこけそうになった。


「……もっと他に無かったのかよ」


 リュウヤは苦々しげに舌打ちしてから、気を取り直すつもりで、ため息のように大きく息を吐いた。一瞬弛みを見せた気も既に張り直されて、大男にじっと目を注いでいる。


「ママ?誰のこった」

「だからあ、昨日からママが帰ってこなくてえ、わたちシンパイだから、ここまでさがちにきたの」

「ここにはママはいねえよ。ここは危ないから、早く警察に行きなさい」


 いくら悪漢でも、見るからに気の毒そうな少女には憐憫(れんびん)の情がわくのか、幾分か言葉も和らいでいる。


「どちて、どちて危ないのかなあ?」

「ここには、危険なおじさんがたくさんいるからな」

「おじたんも危ない人なの?」


 おうよと威勢良く言って、一旦は口をつぐんで周囲を神経質そうに見渡したが、傍にいるのが無害そうな少女一人とわかると、急に胸を反らした。


「ムルドゥバでティムティムと言えば、ちったあ知られた極悪人の盗賊よ。ここにはそんな白波男が他に五人もいるんだぜ。ま、一人は外に出ちまっているが」

「ティムティムが極悪人?うっそお、ティムティムなんて可愛いお名前なのにい」

「ふふん、侮っちゃ駄目だぜ。まずは見ろよ、このティムティム様の力瘤(ちからこぶ)」


 両腕に力を込め、上腕二頭筋にコブをつくってみせるティムティムに、すごおいと無邪気を装いながらクリューネはしきりに拍手をしていた。内心では聞きたい情報が獲れたとほくそ笑んでいる。

 クリューネは惚れ惚れした顔で力瘤やティムティムを見比べていたが、急に頬を赤らめ、上目づかいになってティムティムを見上げる。


「……ティムティムおじたんのお、ティムティムもスゴイのかなあ」


 クリューネの一言に、ティムティムの目に欲情の光が宿った。先ほどの気の毒な少女という認識は消え、欲望の捌け口として舐めるようにクリューネの身体を物色し始める。

 男のガキみたいな格好して、背はちっこくて貧相な身体つきだが、ナリは良い。

 よく見れば上玉だとティムティムの口の端から涎(よだれ)か垂れている。


「……おじたん、ズボン脱いで」


 餌が自分から飛び込んできやがった。

 ティムティムはだらしない顔つきでしきりに大きく頷くと、忙しい手つきでズボンを膝下まで下ろした。パンツに手を掛けようとするとクリューネが待って、とためらいがちに言った。


「……後ろ向いて」


 おいおい。いきなり後ろからかよ。

 こいつは変態だとニヤニヤと下卑(げび)た笑みが止まらずヒッヒと声を漏らしながら、ティムティムはよちよち歩くように後ろに方向を変えた。

 後ろを向くと同時だった。

 風がふわりとティムティムを巻き起こり、何かが地を這って迫るのが目に映った。

 ボロボロな布切れだと認識すると、その布切れが突如目の前にせり上がり、ティムティムを覆った。

 闇が布をまとっているように見えた。

 反応しようにも、膝まで下がったズボンのせいで、足が動かせない。金縛りにあったかのようだった。


 ――お化け。


 そこでティムティムの意識が途切れた。

 暗殺の型「水面ノ灯リ」で迫ったリュウヤが、ローブの下からルナシウスの柄を抜いてティムティムの顎を跳ね上げていた。


「……」


 声を出すことも出来ず、意識を奪われたティムティムは完全に気絶して後ろに倒れていった。


「くっ……!」


 両足を揃えたまま、後ろに倒れそうになるティムティムの身体を、クリューネが音を立てさせないように背後から支えた。


「おっもいのう、こやつ……」


 リュウヤはクリューネと協力してティムティムの巨体を地面に寝かせ、ズボンのベルトで両腕を後ろ手に縛った。クリューネはティムティムのズボンで足を縛りながら誇らしげに言った。


「どうじゃ、見事な演技であったろ」

「よくやった、と言いたいけど他になかったのか?」

「し、仕方なかろう。ちゃんと情報もとれた。文句言うな」

「……文句つうか、複雑。“おじたんのティムティム”ねえ。お前もそういうこと言うんだなあ、て」

「バ、バカモン、え、演技だろうが。何を言うか!」


 顔が真っ赤になり、声が高くなっていくクリューネを、リュウヤが自分の口元でしっと指を立てて抑えた。


「連中に気づかれる。静かにしろよ」

「お前が余計なことを言うから……」

「そうだな。人数もわかったし、上手くいったのはお前のおかげだ。助かったよありがとう」


 リュウヤは優しい手つきで、帽子越しにクリューネの頭を撫でた。


「髪が乱れるだろうが……」

「これが終わったら、“ラ・キファ”のケーキを奢ってやるからな」

「も、物に釣られるか。バカモン」


 クリューネはハンチング帽を被り直し、顔を伏せた。本当は誉められた嬉しさで笑みがこぼれそうだったのだが、恥ずかしさもあって、リュウヤに見られたくなかったのだ。


「さあて、ここからだ」


 リュウヤの緊張した声色が、クリューネの意識を闘いの場へと引き戻していく。リュウヤは扉の奥の気配を探った。人の気配はない。


 ――いくぞ。


 リュウヤは意を決するように、大きく鋭く息を吐いてから、ゆっくりとドアノブをまわした。

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