第28話 傲岸なるカルダ
「あっ」
選手用通路に入ると、そこでテトラが突然、小さな声をあげて立ち止まった。
広い通路には試合を間近に控えた選手がそこかしこにたむろし、打ち込みをしたり、瞑想に
そんな通路の奥から、金髪の男カルダが竹刀片手に、試合用の防具をまとって歩いてくるのが見えた。
カルダは試合会場に向かって強い足取りで歩いていたが、テトラたちの姿を認めると一瞬鋭い眼をそそいで通りすぎていった。
「あの人、今から試合なのか」
「ちょうど良い機会だ。奴の試合を観に行こうぜ」
リュウヤはテトラを促すと、二人はカルダの後を追うように試合会場へと戻っていった。
カルダの姿を見て声をあげたのは、テトラだけではなく観客席にいるクリューネも「あっ」と声をあげた。
「あやつ、前にお前と話していた男じゃないか?」
「……ええ、そうですね。他の人とは違う雰囲気があったから話し掛けに行ったんですけど、……やっぱり選手だったんだ」
「他の奴らは詳しく知ってるのに、あいつのことは知らんのか」
「いえ……、僕は今まで見たことも聞いたことも無い選手ですよ」
ジクードは驚いた様子で目を見開き、食い入るようにカルダを凝視している。心から驚いているように見え、何かを隠しているようには思えなかった。
――この表情が演技とも思えんな。
「対戦相手は知ってますよ」
ジクードの声に我に返ると、カルダは既に試合コートに立っていた。カルダの向かい側にはリュウヤと同い年くらいの若者が佇んでいる。
「ムルドゥバの新鋭と言われているそうですよ。今年、他の国でですが、似たようなルールの大会で優勝したとか」
いかにも自信ありげで、全身から若さによるエネルギーが溢れ出ている。少年の名残を残す若者に黄色い声援が飛ぶが、女性にも人気がある選手なのだろう。
始めと審判が試合開始を告げた。若者が正眼の構えに対してカルダはだらりと竹刀を垂れ下げたままだった。
若者が誘いの気合いを発するが、カルダは動かない。じっと若者に目を据えているだけだった。その視線に何かを感じたのか、若者も踏み込めない。
やがて痺れを切らした観客からブーイングや非難の口笛が鳴らされる。それでも両者は動かなかった。
業を煮やした審判が注意のために、「待て」と言い掛けた時だった。
カルダの身体が忽然と消えた。
「え?」と声が会場のどこからか上がった。クリューネたちも他の観客も何が起きたのはわからなかった。
見えていたのは、リュウヤとテトラ、他数名の限られた実力者だけだったろう。
「……速いな」
リュウヤが厳しい表情をして言った。
次の瞬間には、カルダは若者の目の前まで殺到している。カルダは剣を片手で押さえつけ、残る一方で強烈な肘を若者の顎に叩きつけた。
「ガッ……!」
たまらずよろめいた若者をカルダが追った。だが竹刀でケリをつけるのではなく、よろめく若者に、カルダは竹刀で若者の首を引っかけて首相撲のような体勢になって、若者の胴に膝を叩き込む。
革の胴とはいえ綿がクッション代わりとなっているだけで、撃つものが打てば衝撃は充分に伝わる。カルダの膝は鳩尾にヒットし、若者の顔が苦悶に歪む。
だが、カルダの攻撃はそれからだった。
若者の頭を押さえつけると、今度は顔面に膝を放った。
「……!」
鼻が潰れ、鮮血がマットを濡らす。続けてカルダは膝を放つ。若者の膝が揺らいだがカルダが倒れさせない。
そのままカルダは執拗に何度も膝を放つ。ゴツ、ゴツと異様な音が場内に響いた。若者を応援していたファンも悲鳴を上げて泣き叫んでいる。
「早く止めさせろ。セコンドも何してやがる!」
リュウヤは声をあらげて審判に叫んだが、まだ止める気配がない。カルダが巧みに相手の身体を操って、まだ動けているように見せかけているせいだろう。
その間にも、カルダの膝がマットを血に染めさせていく。どれだけ攻撃を加えたのか、不意にカルダが身体を離すと、若者はうつ伏せのままマットに倒れ込んだ。
医療スタッフや選手が駆け寄り顔を見ると、あの爽やかで自信に溢れた若者の姿はなく、キャンバスに描かれた美しい絵をぐちゃぐちゃにしてしまったように、二目と見られない顔となっていた。
テトラが口元を覆っていた。
「酷い……」
「あいつ、もっと簡単に勝てたはずなのに、遊んでやがった」
担架で運ばれる若者を一瞥することもなく、カルダが引き上げてくる。一仕事終えたように、口の端にはわずかに笑みを湛えていた。
いい気になってやがる。
人を人とも思わないカルダの態度が、リュウヤの感情を刺激した。
「気に入らねえなあ」
カルダが通りがかった時、リュウヤが独り言を呟いた。独り言とはいっても、カルダに届くほどの大きな声だった。
カルダが足を止めた。
「気に入らないとは、俺のことか」
「ああ、もっと簡単に終わらせられるのに、痛めつけて楽しいか」
「楽しかったらどうだというのだ。これは試合だぞ。文句があるなら、試合で俺に勝てば良かろう。選手でなければ指をくわえて、俺のすることを大人しくみていろ」
カルダはテトラを一瞥する。
「女にやらせて、自分はのうのうとしている馬鹿の戯れ言など、聞く価値もないがな」
「てめえ……、もう一度言ってみろ」
「何度でも言ってやるぞ、腰ぬけ。もっとも俺に手を出したら、貴様もそ女も失格だ。ほれ、どうした?」
「貴様!」
「駄目だよ、リュウヤ君!」
詰め寄ろうとするリュウヤをテトラが必死で押さえ込む。
リュウヤたちの騒ぎは観客席にいるクリューネたちからも見えた。
「何やっとんじゃあいつは」
クリューネは立ち上がると、客席の間をするすると駆け抜けて行き、手すりから軽々とした身のこなしで、下の会場まで飛び降りた
「よさんか、リュウヤ」
クリューネがリュウヤとカルダの間に割って入り、リュウヤをカルダから離させると、カルダの方に向き直って頭を下げた。
「済まんの。こやつは私の家来なんじゃが、いささか短気者での。扱いには私も困っておる。ここは私に免じて許してくれんか」
「……」
カルダは冷い眼差しでクリューネを見下ろしていたが、周囲に騒ぎを聞きつけて集まってきた選手やスタッフら、そして観客席にいるジクードを見ると嘲るように口を歪め、身を翻して奥の選手控え室へと歩いていった。
「まったく、お主は変なとこで気が短いの。相手を挑発までして」
「……悪かったよ。ホントに迷惑掛けた。テトラもすまん」
「ううん、リュウヤ君の気持ちはよくわかるから」
テトラはリュウヤの手首を掴んでいた手を滑らすと、リュウヤの指先にそっと優しく絡めた。触れる指先が
一方、クリューネはその横でテトラとリュウヤのやりとりに気がつかず、カルダが消えた控え室をじっと見つめている。レジスタンスに協力したいとジクードの言葉が脳裏を過っていた。
――カルダなら良い協力者になれるかもとおもったが……。
この調子じゃリュウヤと上手くいかなくて無理そうだな、とクリューネは小さくため息を吐いた。
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