第1章 ラビエルタ村の少年、ローニ

1-1.最高の友

 「後どんくらいだ、ビード」

 「もうすぐ見えるはずだ」

 「さっきも言ってなかったか、それ?」

 「いやいや、今度こそ間違いないっての」

 「んじゃ、後五分以内に着かなかったら次の飯はビードのおごりな」


 無数の木々が生い茂った森。葉の密度が余り高くないのか、少なくとも視界を確保するには十分な程度の明るさを保っていた。

 そんな森の中を少年が四人、大きな声で談笑しながら歩いていた。年齢は十四、五程であろうか。彼らは皆如何いかにも手作りといった様相でデザインこそバラバラなものの、皆一様に革で作られた鎧を身に付けていた。


 少し訂正がある。正確には談笑している三人と、落ち着きなく辺りを見回しながらその後に続く少年が一人。

 前を行く三人の中の一人がそんな少年の様子に気付いた。


 「おいおいローニ。幾ら怖がりったって、流石にダンジョンに入る前までそんな警戒しなくてもいいだろうよ」


 ローニと呼ばれた少年は声を掛けられたことにすら驚き、身体をビクリとさせる。


 「た、確かにそうだけどさぁ。それでも害獣は出てくるし……」

 「ここらの害獣ったってせいぜいイノシシくらいだろ。そんなもん、防具さえあればどうにでもなるだろ」

 「お前だってこの前何匹か仕留めてただろうに」

 「そうだけどさぁ……」

 「勘弁してくれよ、このままじゃ晩飯を奢ることになっちまう。……それが狙いかっ!」

 「いやいやいや、違うって」


 ここに来てやっとローニが周りの三人に追い付き、並び立つ。決して貧相では無いが、他の三人に比べると厚みが無いのは明白だった。


 「何度も狩りに引っ張り出したっつうのに、そのビビリなとこだけは治んねぇなぁ」

 「ローニのビビりは筋金入りだからな。ガキの頃、向かいのキャシーに怒られて腰抜かしてたぜ」

 「おいおいそれは違うぜ。なんせ、ついこの前も全く同じ光景見たからな」

 「マジかよ。まだキャシーの尻に敷かれてんのか、お前」

 「いや、だって……。キャシー、最近は怒ると箒振り回して延々追いかけてくるし……」

 「キャシーは猪よりも怖いってか。今度ローニがそう言ってたって伝えとくわ」

 「ちょ、やめてくれよ!ただでさえ最近は機嫌悪いってのに」

 「そりゃお前、あんな分かりやすい態度とってんのに猪と同レベルの扱いされたらそりゃ機嫌悪くもなるわ」

 「分かりやすいって、何が……」

 「お、あったあった!」


 ビードのその言葉に、他の三人も口を会話を止めてそちらを見やる。


 その空間は異質だった。


 競うように立ち並んでいた木々がその周囲だけ綺麗に無くなっており、湿り気のある地面はそれの周囲を円柱でくり抜いたかのように唐突に途切れ、代わりに光沢のある白い石のような何かが埋め込まれていた。

 限られた狭い世界むらの中でつちかわれた彼らの知識では、その材質は到底検討も付かなかった。


 そして、何より異質なのはその中心。

 そこにそびえ立つのは小屋が丸ごと入りそうな巨大な長方形の門。それは光を吸い込むかのように不自然に黒く、その表面には傷の一つすら見受けられない。

 輪を掛けて不気味なのは、その四辺に囲まれた門の内側。煙を黒く染め上げたかのような怪しげなヴェールが下りていて、僅か数十センチしか無い筈の向こう側を全く見通すことが出来ない。


 「おいおい、こりゃ……」

 「ああ。実物を見たことは無いが間違いねぇ。こんな意味の分からん存在、正しくダンジョンだ」


 ゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。ダンジョン。その中にはこの世の常識からはかけ離れた神秘が詰まっている。それだけでも少年心をくすぐるこれは、ともすれば一生分を軽く超える財産を一瞬で手に入れられる宝物庫でとあるのだ。


 誰もが希望溢れる未来に思いを馳せる中、一番最初に現実に戻ってきたのはここまでの道を案内してきたビードだった。


 「んで、どうする。ダンジョンには夢がある代わりに未来を失った。そんな話なんて掃いて捨てる程たんまりあるんだ。それでも、入るか?」


 それは、後戻り出来ない場所へ友人達を誘ってしまった彼の胸に刺さる、鋭い針のような罪悪感が口にさせた言葉だった。

 ここまでの道程みちのりを無為にするような言葉を受けた彼等は、れど潔くそれぞれの決意を口にする。


 「今更やめるなんて言うと思ったか?ここにきた時点で覚悟は決まってんだよ」

 「おうよ。でっかい夢に賭けるんだ。でっかいリスクが無きゃ釣り合いが取れないのは当然ってもんだろ」

 「真剣に考えて、真剣に答えを出した。誰かに流されてなんかいない。自分で決めたんだ」

 「お前ら……」


 彼等は自分の胸にうずく罪悪感を無意識に。若しくは理性的に見抜き、綺麗に取り払ってくれた。正しく最高の友だと、そう確信した。

 気付かぬ内に弱気になっていたらしい。パンッ!と頬を張り、その感情を身体から叩き出す。


 「よっしゃ、行くかぁ!」

 「格好つけて仕切ってんじゃねぇよ、ビード」

 「ビビりの称号はローニからビードに移譲するか?」

 「キャシーに叩かれる役を代わってくれるなら喜んで譲渡するよ?」

 「うるせぇぞ!おら、さっさと行こうぜ!」


 そう言って彼等は薄闇のとばりへと足を踏み入れていく。通常であればそこに見えるはずの門の裏側に彼等の姿は無く、まるでその存在が消えてしまったよう。

 彼等のこの決意が吉と出るのか凶と出るのか、その答えはまだ誰も知らない……。

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