第46イヴェ 一般人じゃない、いちヲタクです

 今回の京都でのアニメ・ソングのフェスティヴァルは、二日間・三公演が催されるのだが、それぞれの公演ごとの運営側の出演者の割り振りは、実に絶妙であった。

 特に二日目に関しては、昼の部が、声優や声優アーティスト、夜の部が、アニソンを専門に歌っているアニソンシンガーに割り振られ、かくの如く、声優アーティストのヲタクと、アニソンシンガーのイヴェンターが被らないような配慮がなされているように、秋人には感じられたのである。


 〈一般人〉、殊更アニソンを好きでも嫌いでもなく、〈現場〉に来訪する事は勿論のこと、アニソン関連の〈配信〉を特に視聴する分けでもない人達を、一応、こう呼んでおくことにしよう。


 先日、京都の遠征のことを、大学の〈一般人〉の友人に語った際に、その友人は秋人にこう言ってきた。

「へっ? 〈アニソンシンガー〉って何? そもそも、アニソンって、声優以外も歌ってんの?」

「〈アニソンシンガー〉ってのは、原則、声優ではなく、アニソンを専門に歌っている歌手のことで、TVアニメ勃興期の一九七〇年代から既に、アニソン専門の歌手は存在してきましたし、最近、大ブームの鬼退治のアニメのテーマ・ソングを歌っている方だって、声優さんではなく、アニソンシンガーなのですよ」

 意図的に感情を抑制しながら、にこやかに微笑み、わざとらしい丁寧口調で、秋人は友人に応えたのであった。

「へえ、あの人って、J-POPの歌手じゃないんだ。興味ないんで、どっちでもいいけど」 


 ふぁっ! こんにゃろぉ、アニソンを、なめんなよっ!

 ふぅ~、一回、落ち着こう。

 しかし、まあ、〈一般人〉のアニソンに対する認識なんて、こんなものなのかもしれない。

 そう言えば、「俺、〈一般人〉」と自称するヲタクを、SNSで時折見かけたりもするのだが、秋人は自分を〈一般人〉だとは思っていないし、自分をそう呼ぶつもりもない。

 〈ヲタク〉であること、〈イヴェンター〉であることに、一応のプライドを抱いているからだ。

 〈ヲタク〉、普通と違っていて、個性的で、実に良いではないか。

 そもそもの話、いわゆる〈一般人〉は、ヲタクと一般人という区分法を用いないので、「一般人」という語を用いた時点で、すでに、程度の差こそあれども、〈ヲタク〉であることを暗示している分けなのだが。


 閑話休題


 〈一般人〉、普通の人々には全く理解されないことなのだが、声優アーティストを好きなヲタクが、アニソンシンガーを好きなわけではないし、またその逆に、アニソンシンガーの〈現場〉に行く人が、声優の〈現場〉にも足を運ぶ、という分けでは必ずしもないのだ。

 秋人自身、たしかに、声優系の曲は聴いてはいても、その〈現場〉には、ほとんど行かない。

 そしてこれは、秋人だけの、個人的な趣味趣向ではなく、アニソン・ヲタクという〈種〉の集団的傾向なのだ。


 今回の京都でのフェスの開催と、その構成と出演者が告知された際に、SNSのタイム・ラインでは、声優アーティスト中心の昼の部を究極とする発言があるその一方で、アニソンシンガー中心の夜の部こそを至高とする意見も認められた。

 そして、一部では、どっちが良いか、という局地戦さえ繰り広げられていたのである。

 つまり、声優アーティストが好きな人には、昼が〈強い〉、アニソンシンガー好きの人には、夜が〈強い〉、という事になる分けだ。


 どっちが強いか弱いなんて、まったくもって不毛だ。

 不毛である理由は、結論が結局平行線で、どっちが上か下か、どちらが〈強い〉か〈弱い〉ではなく、単なる、イヴェンターの趣味趣向の問題であるからだ。


 とはいえども、自分の〈おし〉が出演する方が〈弱い〉と言われたり、〈おし〉に関して、「○○って誰? 知らね」なんて声が耳に届いてくると、正直、おもしろくはない。

 フェスには、色んなタイプのイヴェンターが集まって来ているのは分かっている。好みだって、人それぞれだろう。

 だからこそ、こういったフェスの〈現場〉では、常以上に、他人の〈おし〉に敬意を払うべきなのだ。


 たとえ、自分が知らない歌い手であったり、あまり聴かない曲を歌っているアーティストで、さしたる興味を抱いていなかったとしても、そこは、「知らね?」「誰?」「興味ねえ」って、知らぬ存ぜぬを、聞こえよがしに、わざわざ言葉にしなくてもよいのではないか、と秋人は思ってしまうのだ。


 だが、この程度ならばまだマシな方だ。

 関心がないからと言って、他人の〈おし〉の歌唱中に、興味なさげにスマフォをいじっていたり、MCの最中に話を聞かずに、連番者とおしゃべりをしているのは、いくらなんでもあんまりだ。

 それでは問いたいのだが、自分の好きな演者が、他者から、同じような扱いを受けたら、どう思う?

 精神を平静に保ったり、スルー・スキルを発動させることが、果たしてできるのであろうか? 


「今回の俺の〈おし〉たちの歌唱の質は実に高かった。

 観客の前で歌うのが、三月以降初ってこともあって、準備も万全、気合も入っていたんだと思う。俺も楽しみにしていたんだ。

 たしかにさ、声優が好きだとか、アニソンシンガーの方が好み、自分の好きな〈おし〉だとか、興味がない演者だとか、そういうのは、好みの問題だから、まあ仕方がない。

 俺だって、自分の好きを〈おし〉つけるつもりはない。

 だけど、さ。

 たとえ関心がないとしても、演者のパフォーマンス中に、最低限やっちゃいけない行為はあると思うんだ。

 つまり、俺の〈おしごと〉の邪魔をするなって話なんだよ。

 そもそも、他人の〈おし〉に敬意を払えない輩が、はたして、自分の好きな演者を、きちんと〈おせ〉ているのかどうかって、甚だ疑問だね」


 京都から戻った秋人は、少し興奮しながら、弟・冬人にそう語った。 

「シューニーってさ、普段温厚で、あんまり怒ったりはしないんだけど、〈おし〉に関することだけは、ほんと人が変わるよね。まるで、〈スーパー・ヤサイ人〉みたいだよ」

「そうかもな。今回も、動物みたいに本能剥き出しの奴もいて、まさに、フェスあるある過ぎたんだけど、ちなみに、今回はさ」

「『今回は』?」

「ルール違反を犯しまくった輩の中には、〈ドナドナ〉をくらった奴、結構いたらしいよ」

「『どなどな』って何?」

「〈退場〉のことだよ。その様子ってさ、まさに、子牛が曳かれてゆくみたいなんだよな」

 このように、秋人は、冬人にそう説明したのであった。

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