『イヴェダス』を編む

第13イヴェ イヴェンター・クイズ

「なあ、フユ、なあったら、なああああぁぁぁ~~~」


 三月最後の日曜日、リヴィングで、日がな一日ゴロゴロしていた兄・秋人は、ワイヤレス・イヤフォンでアニメ・ソングを聞きながら、タブレットで漫画を読んでいた冬人に、自分の端末の画面を差し出して見せたのであった。


 兄のタブレットの画面の中に現れていたのは、二〇二〇年の一月期に放映されていたアニメのイラストで、それは、京都を活動拠点とする〈ライヴ・アイドル〉を題材にしたアニメの主要作中人物の上半身であった。

 ちなみに、ライヴ・アイドルというのは、地上波TVなどの、いわゆる〈メディア〉を中心に活動しているアイドルとは違って、ライヴ・ハウスを活動拠点に置いて、〈現場〉でのファンとの、より直接的で近接的で、さらに密接なコミュニケーションを活動の中心とする、そのようなタイプのアイドルで、多くのライヴ・ハウスが建物の地下に位置していることから、〈地下アイドル〉とも呼ばれている。


 タブレット上のキャラクターは、アイドルの名前が書かれているタオルを両手で横一杯に広げている、臙脂(えんじ)色のジャージを着ている女性で、彼女は、アイドルではなく、自分の人生を賭けて、そのアイドルを応援、すなわち、〈おし〉ている、いわゆる〈オンナ・ヲタク〉であった。

 冬人は、兄が自分に見せてきたものは、先日、最終回を迎えたばかりのそのアニメに関するツイートなのかしら、と思ったのだが、画面を覗き込んでみると、その予想は外れていて、それは、アイドル・ヲタクに関するカルトクイズの結果であった。


「このクイズ、フォロワーさんがやっていたんだけど、面白そうなんで、ついさっき、俺もやってみたんだ。

 フユ、お前もやってみな。

 俺の結果をSNSでシェアしといたから、そこのリンクからクイズのページにジャンプできるからさ」

 タブレットで、SNSのアプリを起動させてみると、タイム・ラインに「シュージン」さんのツイートが上がっていて、兄は「ドルオタ度・1000パーセント〈神仏の領域〉」と判定されていた。

「あれっ! シューニーって、アイドルにも詳しいんだっけ?」

「まあ、アイドルに関しては、たしなみ程度だよ。でも、このクイズ、ドルヲタについてのクイズっていうよりも、その実、ほとんどの質問がイヴェンターにも当てはまる用語クイズだったんだよね」

「うん、それじゃ、僕もやってみようかな」


 その結果は――


 冬人は、六問中一問しか正解できず、「一般人の領域」という判定が下されていた。

「おおおぉぉぉ~~~い。まじかよ、これは、さすがにあんまりだぞ。イヴェントに行っていれば、どれもこれも普通に耳にするものばっかりなんだけど……」

「でもさ、僕、つい最近イヴェントに行き始めたばっかりだし、そこは知らなくても、仕方ないと思うんだけど。とは言えども、さすがに軽くショックかな……」


 突然、秋人は、胸の前で両の掌を、一拍、強く叩いた。

「よしっ、自粛が明けてイヴェントが再開するまでの間に、イヴェンターのイロハに関して、俺がレクチャーしてやるよ。アニソンの〈現場〉には、一般的な使い方とは違うタームや、造語も実際に多いからな。まあ、こういうのって、状況や文脈から意味を推測したり、〈現場〉に行っているうちに自然に覚えてゆくものなんだけど。今は、状況が状況だしな」


 かくして、秋人による、弟・冬人へのイヴェンター用語の基礎講座が始まる事になった。


 でも、ちょっと待てよ。

 冬人への講義を通して、イヴェンターに関する用語のストックが溜まってきたら、そうしたイヴェンター用語を収蔵し、初心者には判然としない、イヴェンター用語の意味を説明するような、そう、イヴェンター用語辞典みたいな物を編纂してみるのも面白いかもしれない、と秋人は発想してしまった。

 そして、それを、同人誌即売会で売るのもアリヨリのアリだ、とも秋人は思っているのであった。

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