第32話

「陛下。

 今日はアンネの日ですからね。

 くれぐれも一昨日のようにカチュア様の所にはいかれませんように」


「言われなくても、分かっている。

 カチュアにも怒られたし、哀しい顔もさせてしまった。

 もう約束は破らん。

 だが、最初の子はカチュアに生んでもらうからな」


「それほど気になさらなくても、アンネとの子供は六人になることもあるのですから、先にアンネとの子供が生まれても問題はありません。

 いえ、有力貴族の方々は、アンネが先に生むことを望んでおります」


「ふん!

 あいつらのために子を作るのではないわ!

 カチュアと余の愛の結晶だ。

 それにアンネもそれでいいと言っているのだ。

 マリアムは不服なのか?」


「滅相もございません。

 何事も陛下の御心のままに」


 セントウィン王国国王、ウィントン大公国大公、マクリンナット公爵家公配、アレサンドは側室をもうけていた。

 これこそ政略結婚の極致である。

 アレサンドと側近忠臣重臣の激しい駆け引きの果てに、乳母だったマリアムの娘、乳妹となるアンネが側室に選ばれていた。


 だが、アレサンドにも意地がある。

 政略で無理矢理押し付けられた側室が、最初の子供を生むことは納得できない。

 そこで、部屋は訪れるが、抱かないと誓っていた。

 これでもアレサンドは気を使っていたのだ。

 相手は最も信頼する乳母マリアムの娘で乳妹だ。

 恥をかかす気も、傷つける気もない。


 カチュアが子供を生むまでは、幼い頃の思い出を話す。

 お茶と菓子を味わい、笑い興じる心の洗濯時間だ。

 カチュアとの愛の時間と政務の時間で、疲れ果てているアレサンドには、とても大切な時間となっていた。

 アンネを側室に推した側近忠臣は慧眼だった。


「陛下!

 アレサンド陛下!

 人族の軍勢が攻め込んできたそうでございます。

 四カ国が連合して一斉に攻め込んできたそうでございます!」


 後宮で中宮からの連絡を受ける役割の女官が、慌てふためいていた。

 彼女からすれば、四カ国連合による侵攻は一大事なのだろう。

 だがアレサンドから見れば、想定の範囲内の出来事にすぎない。

 しかも人族が失策した場合に行う馬鹿な行動で、実際に行われる可能性は低いと思っていた。

 だから無意識に失笑してしまっていた。


「陛下、笑っておられるのですか」


「ああ、人族がこれほど愚かだとは思っていなかった。

 好機だから、四カ国を併合してやろう。

 人間など滅ぼしたいと思っていたが、滅ぼしたらカチュアが哀しむだろう。

 少しでも哀しみが少ないように、人族が支配していた時よりも善政を敷いてやる」


「陛下。

 これで陛下とカチュア様の御子が当主となられる、分家を創り出すことができるのではないでしょうか?

 陛下のお力で切り取られた領地です。

 有力貴族も文句は言えないでしょう」

 

「よくぞ申した、アンネ!」

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