第30話

「セントウィン王国国王、ウィントン大公国大公、マクリンナット公爵家公配、アレサンド陛下御入場」


「セントウィン王国国妃、ウィントン大公国大公妃、マクリンナット公爵家公主、カチュア殿下御入場」


 前代未聞の出来事だった。

 国王と王妃が手を繋いで入城するなど、大陸の歴史始まって以来だった。

 長い大陸の歴史では、数多の国の興亡が記録されている。

 なかには、つがいの獣人夫婦による大公と大公妃の記録もあったが、正式な戴冠式で手を繋いで入城してくるなど、どこの国の記録にもない。


 人族が獣人族を一段低く見ているので、領土が広く国力も高くても、王国とは記録されずに大公国と記録されている。

 獣人族もあえて訂正せず、大公を名乗って来た。

 だが今回初めて、人族が支配する国が正式に王国を名乗ったのだ。

 周辺国もこれからの虎獣人族の動きに戦々恐々としており、最も信頼する家臣と共に、国王か国王代理の王族がやってきていた。


 いや、ほとんどの国が、国王と王太子は参加しなかった。

 虎獣人族の奇襲を恐れたのだ。

 国王と王太子が殺されたり、人質にされたりした後での開戦を嫌ったのだ。

 だから王弟や第二王子といった国王代理を正使に派遣し、副使に最も信頼する家臣を派遣していた。


 そんな社交界では海千山千の者達が、半数以上口を開けて惚けていた。

 それほど新国王と新王妃の手を繋いでの入場は前代未聞だった。

 期せずしてアレサンドは周辺国を圧倒した?

 もしかしたら呆れさせたかもしれないが、警戒と恐怖を与えたのは確かった。

 何をしでかすか分からない国王だとは、確実に思われた。


 それでなくても史上初めての獣人族による王国宣言だ。

 周辺国と波風立てずにやっていこうとすれば、人間の王国を併合したとしても、大公国を名乗るものだ。

 長い大陸の歴史では、そういう前例は幾つもあった。

 今回もそうなるだろうと周辺国は考えていたのに、挑発的に王国を名乗ったのだ。

 周辺国がピリピリと警戒するのは当然だった。


 確かに、カチュアに出会う前のアレサンドは、大陸の長い歴史に自分の名を燦然と輝かそうという気持ちがあった。

 獣人による大陸初の王国宣言。

 そこからの更なる侵攻。

 数々の人族王国を併合してからの大王宣言、そして皇帝宣言。

 忠臣側近重臣とある程度の話をしていた。


 だが今のアレサンドにはそんな気持ちなど全くなかった。

 今のアレサンドにあるのは、カチュアへの愛情と、独占欲だけだった。

 少しでもカチュアと過ごす時間を長くするために、周辺国への侵攻など面倒なだけで、こんな戴冠式も開催したくなかった。

 だが、元傅役で股肱之臣シャノン侯爵エリック卿に、カチュア一世一代の晴れ姿で、それを肖像画に残しましょうと言われて、あっさりと考えを変え、よろこび勇んで手を繋いで参加していた。


 

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